番外編 アドルフ侯爵家の戸惑いの日
ランベルトがエンブルク王国に到着したあたり。
軽めです。
その日、アドルフ侯爵家の使用人たちはどきどきワクワクてかてかしていた。
掃除もいつもより念入りに、料理の下ごしらえも完璧。
花壇の花も、ちょうどいいタイミングで咲き乱れている。
これならきっと気に入ってもらえるはず。
嫡男であるランベルトがユエール王国での用務を終え、正式に帰国するのは夕方だと聞いている。
『船旅は疲れただろうから、先に湯あみの準備がいいかしら?』
『大丈夫、ぬかりないわ!』
『まさか初日から同室なんてことはないわよね?』
『それはダメよ。既成事実なんて……』
なお、この間使用人たちは一言も発していない。
目配せと頷きとサムズアップで全て察していた。
「どうしても助けたい人がいるから、子爵と侯爵家の名を使います。それに伴い、全てが終わったら18歳になるのを待たずにすぐ帰国します」
ランベルトからそう緊急の連絡があったのはひと月程前のことであったと聞いている。
この家の習わしで、ランベルトがユエール王国に向かったのはわずか10歳の時。数人の使用人と侍従を連れ、ユエール王国で市井に紛れるのだ。
それから7年。一体どんな青年になっているのだろう。
向こうにいる使用人たちから定期的に送られる手紙や絵姿で状況は知っていたが、本人に会うのは暫くぶりだ。
執事長は使用人たちに指示を出しながらも、ランベルトから送られてきた直近の手紙の内容に思いを馳せる。
「"事情があり、ユエール王国の友人をひとり連れ帰ります。部屋の準備をお願いします"ですか……」
思わず独りごちた声は、玄関ホールの高い天井に吸い込まれる。
執事長が手紙の内容を報告したとき、侯爵夫妻は目を白黒させており、メイドたちはわあきゃあと興奮してメイド長に叱られていた。
「一体、どんなお嬢さんなんでしょうね。ランベルト様の御心を射止めた方というのは……」
ふ、と口の端から笑みをこぼして、執事長は残りの業務の確認に向かった。
大切なお方をお迎えするのだ。万に1つも不備があっては、アドルフ侯爵家の名が廃る。
執事長のやる気に満ちたその表情に、それを見ていた使用人たちもますますやる気になったという。
――そう。
ランベルトがしたためた簡潔な文章のせいで、アドルフ侯爵家一同 盛大に誤解していた。
「「おかえりなさいませ!!!」」
先触れの後、ようやく到着した侯爵家嫡男を使用人一同深い礼をして出迎える。
「ああ、皆久しいな。ただいま戻った」
その声はあの頃と違って声変わりしていて、立派な青年のものになっている。
ロマンスグレーの執事長は、それだけでなんだか泣きそうになった。歳を取ると涙脆くなってしまって困る。
(おや……?客人はどこだ)
顔を上げてランベルトの周りを見ても、妙齢の女性らしき姿はない。
ランベルトに負けず劣らず美麗な顔をした紺色の髪の見慣れぬ青年が側に控えているだけだ。
そんな執事長の不思議そうな視線に気がついたのか、ランベルトは「ああ」と話し出す。
「手紙で先に知らせていたと思うが、友人のアレクだ。訳あってユエール王国を出ることになったんだが、私の所に来てもらうことにしたんだ。部屋の用意は出来ているか?」
「!」
「アレク=ブラウと申します。厚かましくも、お世話になる事にしました。これからご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「!!!!」
礼儀正しく腰を折る紺色眼鏡の青年を見て、使用人一同は凍り付く。
そして目配せで合図をした。
((き、き、緊急集合〜〜!この人を部屋に案内したら、みんな一旦使用人部屋に集合〜〜!))
さすが侯爵家の使用人。動揺や混乱などおくびにも出さず、「こちらへどうぞ」「湯浴みになさいます?」と冷静にいつもの使用人業をこなしている。
ただし、全員の脳内はパニックモードだった。
「ランベルト様……そういうこと?」
「確かに綺麗な方だったわ。眼鏡も素敵で。でも……男性よ?!」
「愛に性別など関係ないわ。自由なのよ。私は応援するわ」
「そうね、坊っちゃまの初恋ですもの。皆で見守りましょう」
「ええ!障害が多い恋ですもの。私たちだけは味方だわ!」
使用人部屋では、そんな会話が飛び交ったという。
その日の夜、執事長は侯爵の部屋に招かれていた。
夫人も、ランベルトも同席している。
そしてそこで詳細についてランベルトから説明を受けた。
なんとあの紺色の青年は、ユエール王国の宰相子息であり、第1王子が起こしたとんでもない事件の責任をとって平民になり国外追放となったという。
あの佇まいと所作から只者ではないと思っていたが、まさか元高位貴族の嫡男だったとは。
これからはランベルトの従者として行動を共にするが、侯爵家の中では友人として扱って欲しいとの事だった。
「この執事長……どんなことがあっても、おふたりを応援しますっ……!」
執事長は、自室に戻ってそう熱く決意した。
それから暫くしてランベルトに招かれたディアナが侯爵家に足を踏み入れ、使用人たちに紹介されるまで。
侯爵家ではランベルトとアレクシスが2人で喋る度に生暖かい視線が送られていたという。
「アドルフ侯爵家の戸惑いの日」おわり
お読みいただきありがとうございます。
番外編は気楽で楽しいです。 アドルフ侯爵家はとっても平和。
ブックマーク、評価、感想ありがとうございます!やる気が出ますね。嬉しいです(^^)
番外編はあとふたつです!




