13 家に帰りました
王宮から侯爵家までの道のりは慣れ親しんだものではあったが、今となっては感慨深いものがある。
「そんなに熱心に外を見て、どうしたんだい?珍しいものでもあった?」
馬車に揺られながら窓の外をずっと眺めているわたくしの隣で、お兄様はそう尋ねる。
「いえ……なんだか、懐かしいと思ってしまって。まだ10日程しか経っていないのに、おかしいですわよね」
極力明るく言って振り返ったつもりだったのだけれど、わたくしを見るお父様とお兄様はまたぶるぶると震えてしまった。お父様は悲しみで、お兄様は怒りで。
また2人の殿下許すまじスイッチを不用意に押してしまったわたくしは、馬車の中で2人を慰めたり宥めたり大変だった。
(あれ?わたくしが一番酷い目にあったはずなのに……)
そうして10分程度の道のりを何とか乗り越え、お父様たちと共に家へ入った時、エントランスで出迎えたのはうちに仕える全ての使用人だった。
執事長を筆頭に、執事や侍女、メイドに料理人、果ては庭師のボブさんまでもが左右に別れて並び、一糸乱れずに礼をとる様は壮観だ。
「お帰りなさいませ、旦那様、シルヴィオ様。……それに、ディアナ様」
そう話すのは、執事長だ。わたくしを見る目が優しげに細められる。
「ああ。このとおり、ディアナは無事だ。昨晩からバタバタしていて話が出来なかったが、執事長、あとで私の部屋に来るように」
それから、とお父様がわたくしを見る。
「ディアナ、久しぶりの我が家だ。今日はゆっくり自由に過ごしなさい。ああ、晩餐は皆でとろう」
「分かりましたわ。お部屋で休ませていただきます」
未明からの馬車での移動がとても疲れるものだった上に、なぜか高貴なオトナたちに囲まれたのだもの。
正直言って肉体的にも精神的にも疲れているわ。
お父様のお言葉に甘えて、綺麗に整えられたままの自室に戻ったわたくしは、メイドにサササッとお着替えを手伝ってもらい、そのままベッドに突っ伏したのだった。
―――――
――……
「お嬢様、お目覚めでしょうか?」
控えめなノックのあと、聞き慣れた侍女の声がする。
「……ええ、起きているわ」
まだ微睡みの中に居たわたくしは、そう言いながら身を起こした。窓からの光は橙色に変わっている。もうすっかり夕方のようだ。
「晩餐の前に、準備をさせていただいても宜しいでしょうか?」
「ありがとう。お願い」
その言葉を聞いて部屋に入ってきた侍女たちはわたくしの顔を見て、真剣な表情で話し出した。
「――本当に、お変わりなくて安心しました。旦那様たちが不在の折、ディアナ様がパーティから帰って来なかった日のことを思うと、未だに肝が冷える思いがします」
グラスに入った果実水を侍女から手渡されて口に含むと、渇いた身体に染み渡るようだった。
「そうね、あなたたちにお別れは言わなかったものね」
「執事長がジュラル様を問い詰めて、その所業を皆が知ったときは、思わず使用人一丸となって坊っちゃまを別邸に押し込んだものです」
「えっ、ジュラルはその日から別邸なの?!」
何食わぬ顔でわたくしの支度を進めながら、侍女が爆弾を落とした。「当然です」と着替えの為に現れた他のメイドたちも侍女と足並みをそろえる。
皆忠誠心が高く、わたくしもそれなりに良好な関係を築けていたとは思っていたけれど、まさか弟が即日シメられているとは。
「私たちにも説明してくださらないなんて、ディアナ様、ひどいです!」
「ぐっ!」
コルセット締め上げ担当のメイドが、恨みごとを言いながら力を込めたため、変な声が出てしまった。
そんなに締められてしまっては、折角の晩餐がたくさん食べられないわ。というか、正装するのね。
「ご、ごめんなさいね。わたくしも本当にそのような結果になるのか半信半疑な部分もあったものだから……」
きっと侍女たちは、どこからかわたくしが娼館を買収した話を聞いて、そんな事を言うのだろう。
ゲームのディアナは、確かにあの子に嫌がらせをしていたけれど、追放されるほどでは無かったと思う。
でも彼女は、お父様とお兄様と言う溺愛の双璧がありながら、呆気なく娼館に送られるのだ。
だからわたくしは、前世の公務員力と、今世の財力を使って1人で何とかしようとしたわけなのだけれど……。
同じ屋根の下で生活していた以上、いくらわたくしがコッソリしていたと言っても、露見してしまったのだわ。
(――でも、何て説明したら良いか)
頭の中でぐるぐると考えながら俯いていた顔をあげると、侍女たちはみなにんまりしていた。
「ジュラル様を追い出した後、すぐに屋敷にラズライト家の使いが来て執事長にお手紙を渡していたんですから!そのお手紙をみてみんな安心しました」
「お嬢様、いつからアレクシス様と禁断の関係に……?!ですからバカ殿下がバカな振る舞いをしても涼しい顔をしてらしたのですね!」
「その数分後には、聞き慣れない"コール子爵"からもお手紙が届いているのですよ!よく知りませんが、お嬢様に声をかける勇者です。きっと素敵な方なのでしょうね」
「お嬢様、なかなかやりますねっ。どうして先に説明しててくれなかったんですか〜そんな楽しそうな話!」
「どっちが本命なんですか?」
(説明って、何を?! アレクさま、バート、なんかとんでもない勘違いをされていますわ!)
なんだか違う方向に楽しそうな侍女以下メイドたちにせっせと尋問と支度をされ、晩餐の場にたどり着いたわたくしは、たくさん寝たのにまた疲労困憊になっていた。
侍女たちにはちゃんと否定しましたわ。
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