◇黒髪子爵は動きました
バート視点
「――して、アレクシス。本当に良いのか」
「はい。僕は、大事な時に判断を誤りました。ディアナ嬢が無事だったのは、バート……ランベルト殿が機転を利かせてくれたからであって、結果論ですので」
「しかしな……」
言い澱む陛下と、頭を下げているアレクシスを見ながら、私はどうしたものかと思案していた。
先程の非公式での陛下たちとディアナの謁見を終え、アメティス侯爵家の一行が帰路に着いた頃。
陛下の私室に、宰相閣下とアレクシス、そして私ランベルトが招かれていた。
おそらくは明日行われる謁見の場での殿下たち以下側近たちの処遇の最終確認といったところだろうが。
ディアナが娼館のオーナーになっていたことは、ディアナとアレクシスと3人で話し合った時に、陛下たちには話さないこととしていた。何故かと聞かれても答えられないからだ。
ディアナ本人に聞いても微笑むだけで詳細は話さなかったため、便宜上そういう事にしておいた。
(確かにアレクシスは、あのパーティーの場に居合わせながら、殿下を止めることは無かった。そこは反省すべきではあるが……)
殿下の従者として、側近たちとも付き合いがあった私は、アレクシスのこともよく見ていたからわかる――同じだと。
あの泥棒猫のことについて彼が殿下に苦言を呈していた場面は何度も見た。
学園の中のことは従者である私には分からなかったが、その内容を聞いていれば容易に想像はできる。
そもそもあの男爵令嬢は、殿下と恋仲にありながらも、他の側近たちとも親密な仲にあったというし、私にも親しげに話しかけて来たときには鳥肌が立った。
初対面なのに、殿下が少し席を立った隙に「あなたの悩んでいること、わかりますよぉ〜?」という猫撫で声を出された時はゾッとした。
(こんな女に殿下は惚れたのか。ディアナの方が全然いいだろう)
ディアナは確かに完璧すぎて、一見すると近寄りがたい雰囲気があった。殿下がそのことに劣等感を持っていたことも知っている。
ただ、話してみるとディアナはただの少女だった。
面白い話をすれば笑うし、一介の従者に過ぎないはずの私の話を真剣に聞いてくれていた。本当に貴族のご令嬢なのか疑わしいほどに。
アドルフ家の教育方針は貴族社会においてもなかなか異質なもので、何故か幼い頃から身分を隠して市井で生活させる。
殿下に従者にされたせいで予定は狂ったが、穏やかで丁寧な従者という外面は案外便利だったので、助かっていた。
あと半年務めて18歳になれば、もうさっさと自国に帰ろうと考えていた時だった。
あのパーティーの日を迎えたのは。
◇◇◇
『ーーはい?なんと仰いましたか?』
『だから、今夜のパーティの後でディアナが馬車に乗ったら、お前が御者として娼館まで連れて行け。前に話していたあの娼館だ。確実に引き渡して、書類を取り交わしてこい。分かったな』
殿下から、ピラ、と契約書のようなものを渡される。
いや、聞こえなかったわけではない。言っている意味が分からないから聞き直したんだが。
その後、いつもの側近たちの集まりの中で、殿下は彼女に婚約破棄を言い渡すことを説明していた。
ちら、とアレクシスを盗み見る。
彼は何も知らされていなかったようで、パーティーの場で言い渡す必要性について食い下がっていた。
そして彼がパーティーの最終調整の為に立ち去った後、殿下と残りの側近メンバーたちとの話で、彼らの謀略の全貌が明らかとなった。
婚約破棄どころか、断罪して娼館送りにすることを言い渡すつもりらしい。尤も、娼館とは言わずに、"相応しい場所"と言葉を濁してはいたが。
(何とかしなければ……)
パーティーの開始まで残された時間は僅かしかない。
そのままディアナを自国に連れ帰ることも考えたが、ディアナを逃した事に気付いた奴らがもっと過激なことをしないとも言えない。
何故なら今は陛下たちが不在で、第1王子である殿下がこの国一番の権力者なのだから。
(準備が整うまでは、娼館に匿ってもらう形を取るか)
ディアナが娼館へ送られた。その事実さえあれば奴らは満足だろう。その後のことは、関知しないはずだ。
逸る気持ちを抑えながら、私はコール子爵としての身分を使い、ペンを走らせたのだった。
◇◇◇
「考え直す気はないのか?我が愚息のために、お前まで身を滅ぼすことはないのだ」
「ですが、1番の側近として殿下と共にあったのは僕です。市井に流した噂でも、僕を例外にはしていません。僕だけが罰を受けないことは、民衆も納得しないでしょう」
「アレクシス……お前が愚かにも婚約破棄を止めなかったのは、ディアナ嬢のことを慕っていたからではないのですか。もう会えなくなっても良いと?」
「……それでも、僕が彼女の身を危険に晒した事実が無くなる訳ではありません」
頑ななアレクシスを説得しようと、陛下と宰相閣下が言葉を紡ぐ。
彼にとって、彼女が娼館に送られてから自力で見つけるまでの日々は、後悔と苦悶に満ちたものだっただろう。
私もあの役目を殿下に与えられなければ、手を打てなかったかもしれない。
同じ気持ちを抱く者として、その気持ちは痛いほどよくわかる。
そんな私たちの苦悩をよそに、あっさりと殿下の思惑を振り切って日々を満喫していたあの銀髪の少女を頭に思い浮かべると、不思議とため息が出る。
無事で良かった。それは本心だ。しかし、誰の力も借りずに乗り越えたことを寂しく思ったことは事実だ。
――まだまだだな。
彼女にとって、私は"従者のバート"のままなのだ。
いち貴族子息として意識してもらうにはまだ遠い。時間がまだかかるのだ。
それはきっと、眼前の青年にも言えることだろう。
「……陛下、宰相閣下。差し出がましいようですが、私から提案があります」
そうして私は、平行線を辿る会話に一石を投じた。
(同志として、フェアに行こうじゃないか。アレクシス)
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