01.プロローグ
どうぞよろしくお願いします!
皆様、はじめまして。
ぼくの名前はよしおです。戸籍では「九条院あきら」になっていますが、敬愛するお嬢様がぼくを「よしお」と呼ぶのですから、それ以外の名前があるはずがないのです。
ええ、この目の前の男が、なんと言おうとも・・・・・・。
「九条院!お前も由緒ある九条院家の次期当主として、そろそろ目をさませ!
この女は・・・ありさを階段から突き落とした極悪人だぞ!!!」
そう言って、目の前の男・桐生は、あろうことかぼくのお嬢様を指差した。
ぼくはその瞬間、戦慄した。
お嬢様の可愛らしいお顔に桐生の・・・いや、ブタ男の、つばが飛んだからだ。
「お嬢様!すぐに顔をお拭きします」
「・・・・・・」
ぼくは、あわてて九条院(実家)系列の会社が近日発売する予定の、四次元○ケットならぬ四次元腕輪を操作し、ホログラムを起動。
ホログラムに書かれている文字列から「肌にやさしいウエットティッシュ(価格一万円)」を見つけると、空間内に収めてあるそれを取り出した。
「よしお・・・・・・」
可哀そうに。お嬢様は青ざめ、かすかに震えている。
ぼくはお嬢様に潤んだ瞳で見つめられ、不遜にも理性が崩壊しそうになる。
ぐっとウエットティッシュを握る手に力をこめ、心の中でいつもの呪文を唱える。
(ぼくはお嬢様の犬。犬にして下僕。下僕ごときが、美しいお嬢様に欲情するなど言語道断・・・ぼくはお嬢様の犬・・・・・・・・・・)
お嬢様の存在は、ぼくにとって破壊力がありすぎる。
お嬢様とは違う意味で震えつつ、白く整ったお嬢様のお顔に、ウエットティッシュでそっと触れる。
(ああっ、今日もさりげなくお嬢様に触れてしまった(ウエットティッシュの上から)。
幸せだ・・・。やはり実家の反対にあっても、お嬢様のお宅に下僕・・・いや、執事として仕えて正解だったな)
ぼくがそう浸っていると、ブタ男のわめき声が近くから聞こえてきた。
「くっ!この無表情極悪女のどこがいいんだ!そんなに好きなら、お前にくれてやる!!!
綾小路美織、今日をもってお前との婚約を破棄させてもらう!!
オレの方が、家格が上だ。反対などさせない!!オレはお前ではなく、ありさと結婚する」
ブタ男は、わめき散らすと、隣にいるありさと呼ばれているブタ女を胸元に引き寄せた。
「・・・桐生様」
ブタ女が潤んだ瞳でブタ男を見つめている。
可憐なお嬢様と同じカテゴリー(女性)には思えない、そのさまにぼくは一気に、心が廃れた気分になった。
いまの状況を説明するなら、ブタによるブタのための、お嬢様への「婚約破棄断罪イベント中」といったところだ。
お嬢様と桐生(ブタ男)は幼少期に、家同士が決めた婚約者。
にもかかわらず、高校に入った途端、このブタ男はブタ女に懸想したあげく、ありもしない罪をでっち上げ、お嬢様を貶めているのだ。
お嬢様の通う高校の文化祭の終了式という耳目の集まる中で!
それも、婚約破棄という、お嬢様のお宅も困るようなことを言って!!
(ん?婚約・・・破棄・・・?)
ぼくは思わず、その言葉に目を見開いた。
ぼくがお嬢様に出会ったのは、9歳のとき。
すぐに恋をして、お嬢様に婚約を申し込もうとしたのだが、すでに時は遅く、お嬢様はブタ男と婚約していたのだ。
いかにぼくの実家が九条院家という世界有数の企業を抱える家柄とはいえ、名家同士の婚約を破棄するのは難しく、こうしてお嬢様の下僕・・・いや、執事になることにしたのだが・・・・・・。
(一度は諦めたお嬢様との婚姻。もしかして・・・ぼくはお嬢様と、け・・・結婚できるのか!?)
思わず魅惑的な未来を想像したぼくは、なんて悪い犬なのだろう。
鼻から大量の血が噴出して流れ出る。
「よ・・・よしお!?」
いつも、家族とぼく以外には無表情と言われるお嬢様が、他の人も分かるくらいに驚愕している。
ぼくはその可愛らしい表情を見て、いつもの呪文を心の中で唱える。
(ぼくはお嬢様の犬。犬にして下僕。下僕ごときが、美しいお嬢様とけ・・・結婚するなど言語道断・・・ぼくはお嬢様の犬・・・・・・・・・・)
だから、気づかなかった。
ぼくとお嬢様の足元がまばゆいばかりに光り輝いていることに。
その光の形が、この世界にはない<勇者召還の魔方陣>であることに・・・。