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 柊が昭人に話しかけたその時、入口から「何の話してるの」という声が聞こえる。昭人がそちらのほうへ顔を向けると、そこにはなつみが季節外れの半袖の姿で立っていた。興味深そうに部屋にいる三人を見つめ、昭人と目が合うといたずらっぽく微笑んで見せた。


「はい、柊。お願いね」


 なつみはポケットから数枚の硬貨を取り出し、それを柊に手渡す。柊は受け取ったお金を数えた後、テーブルの上に置いてあった郵便ポストの形をした貯金箱へと入れていく。あとどれくらいかとなつみが尋ねると、柊はまだまだ目標には遠い遠いと笑いながら答えた。


「あれ、柊ちゃん。なつみちゃんからお金を巻き上げてるの? 駄目だよ、小学四年生相手に」


 二人のやりとりを不思議そうに眺めていた弦巻が茶化すように聞く。


「来年、めっちゃ豪華に花火をしたいからさ、それに向けてみんなでコツコツ貯金してんだ。もちろんなつみの提案でさ。.......目指せ一万円とのことだけど」


 昭人が二人に変わって説明すると、弦巻はハハハと快活に笑い声をあげる。私も混ぜてねと弦巻が言うと、柊はお金をちゃんと出してくれるならと笑いながら返す。その返答に弦巻はもう一度高らかに笑い、その声が部屋の壁に跳ね返ってこだまする。


「ね、昭人。下の水くみ場で遊ぼうよ」


 なつみの提案に昭人は面倒くさそうな表情を浮かべた。小学六年生にもなった今、いくら昔からの友達とは言え、年下の女の子と遊ぶことは彼にとって若干恥ずかしいことだった。なつみはそんな昭人の消極的な態度を見かね、さっと昭人の元へと駆け寄り、手を握った。柊がそんないじらしいなつみの行動を茶化すと、なつみではなく昭人の方がそのからかいに敏感に反応してしまう。


「これあげるからさ。一緒に遊んでよ」


 そういうと、なつみは右のポケットから何かを取り出し、それを昭人に握らせた。昭人が手を開いて中身を確認すると、それは一昔前に流行っていたアニメキャラクターのストラップだった。いらないと昭人は突き返そうとするが、なつみはひょいと軽やかにかわす。ストラップを返そうとする昭人に、逃げるなつみ。いつの間にか二人は柊と弦巻がいた部屋を出て、外へと飛び出していく。傍から見るとそれは、まさに仲睦まじげに追いかけっこをしているかのようだった。


「はい、タッチ!」


 201号室の水汲み場の中でようやく昭人がなつみの背中にタッチする。なつみは「残念」と舌を突き出し、この上なく楽しそうに笑い声をあげた。昭人もつられるようにして笑い声をあげた後、なぜなつみを追いかけていたかの理由を思い出し、持っていたストラップをなつみに押し付けようとした。しかし、なつみは首を横に振り、受け取ろうとしない。


「持ってて。いつかのために」

「いつかっていつだよ」


 昭人がしかめっ面で言うと、なつみは子供らしからぬ艶っぽく笑った。こぶし二つ分ほど背の低い女子に昭人は思わずどきっとし、何も言えなくなる。なつみもまるで昭人の反応を楽しむかのように何も言わずに顔を上げ、じっと昭人の目を見つめた。二人は無言のまま見つめあっていた。静寂の中、外からは梢が風に吹かれてこすれ合う音が聞こえ、耳を澄ますと、遠くから弦巻と柊の会話さえ聞こえるような気がした。いつもは小学生らしいあどけなさを感じさせるなつみの白い腕も、なぜだか今日に限っては、琥珀色に透き通り、どこか大人びた印象を与えていた。


「ずっと持ってる代わりにさ、昭人の好きなことして遊んでいいよ」


 そういうとなつみは昭人に歩み寄り、そっと両手で昭人の顔を包んだ。昭人はそれを払いのけることもで、照れを隠すために突っぱねることもできなかった。恥ずかしさを超え、どこか焦燥感のようなものさえ感じ始めていた。なつみは昭人の胸に寄り掛かり、そのまま身体全体で昭人の身体にもたれかかる。昭人は一、二歩後ろに退いた後、観念したかのように仰向けになって倒れた。固いコンクリートであったため、鈍い衝撃が背中に走る。それでも昭人はなつみを両腕で抱きしめ、彼女が床にたたきつけられないようにしてあげた。


 なつみは昭人に覆いかぶさるような形となり、ぐっと身体全体を前方にずらし、昭人の顔の正面に自分の顔を持ってくる。二人はなお無言のままじっとお互いに見つめあうだけだった。


「誰か来ちゃうよ」


 沈黙に耐え兼ねた昭人がかろうじてそうつぶやいた。


「誰が来るの?」

「誰って……そりゃ柊とか……」


 なつみはその言葉を聞いた瞬間、少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。しかし、すぐさまなつみは自分の表情を悟られまいとして、自分の唇を昭人の唇を近づける。ぎこちなく、こすれる程度に唇を触れ合わせた後、二人は再び見つめあった。昭人は突然の出来事に困惑の表情を浮かべることしかできなかった。しかし、両手は倒れた時からずっと優しくなつみの身体を抱きしめていた。


 二人は身体をさらに密着させ、もう一度だけキスをした。そして、おもむろになつみは身体を離し、立ち上がる。昭人もわけがわからないまま立ち上がり、なつみの方へと視線を向けた。しかし、なつみは先ほどまでの行動をけろりと忘れたかのように、上に戻ろうとだけつぶやく。昭人は小さくうなづき、二人はそのまま一言も言葉を発すること無く201号室を後にした。

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