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「それ本当?」


 太一の言葉に、左後ろに座っていた柏木茉奈が会話に入ってきた。柏木は不安におびえており、顔色がすこぶる悪い。太一は反応の薄い昭人に見切りをつけたのか、柏木の方に向き直り、自分が今朝見たニュースについて声色をわざと変えながら説明し始めた。


 昭人は太一の言動を一歩引いて観察しつつも、今回発生した殺人事件のことについて考えを巡らせる。誰が何のためにやったのかはまだわからない。小学四年の女子二人が、めった刺しをされるような恨みを誰かから買ったとは到底思えなかったし、もしかすると映画で出てくるような殺人鬼の仕業かもしれない。昭人はその殺人鬼の姿を頭の中で想像してみる。刃渡りの長いナイフを片手に子供を追いかける仮面の男。男が同じ学校の女子二人を追いかけ回し、捕まえる。女子を地面に組み伏せ、狂ったように刃物を突き刺す。つんざくような悲鳴、吹き出す鮮血。殺人鬼はうっすらと微笑みを浮かべている。


「よくそんなに他人事でいられるね」


 突然かけられた小さな言葉に、昭人ははっと空想の世界から引き戻される。昭人は声のする方へ振り向く。昭人にだけ聞こえるような言葉を発したのは、隣に座っていた羽田香織だった。羽田は昭人の顔を薄茶色の透き通った瞳でじっと覗き込んでいた。「なんだよ」と昭人が反射的に言い返すと、羽田は「別に」とだけ答えて再び体育館前方へと視線を戻す。話したことなど数えるくらいしかない。いつも教室の隅でひとりぼっちでいて、いつも汚れた服を着ている女子。昭人にとって、羽田はそれ以上でもそれ以下でもない存在だった。先程の言葉も不謹慎な話題で盛り上がる太一や自分に向けた何気ない言葉だったのかもしれない。しかし、羽田のその言葉は昭人の心の中で鈍く反響した。他人事。それって一体どういうことだよ。昭人はそう問いただそうと口を開く。


「で、犯人は捕まると思うか、昭人?」


 太一の言葉に昭人は喉元まで出かかっていた言葉を慌てて飲み込み、振り返った。


「捕まるに決まってるだろ。馬鹿馬鹿しい」


 太一は頬角をあげ、大げさに首を頷かせた。警察だって馬鹿ではないし、なにより今回の事件がマスコミから注目を浴びている以上、メンツを保とうと必死になって探し回るはずだ。それに、目撃者だって、あるいは今の時代には防犯カメラだってある。捕まるのも時間の問題だ。太一は演説をしているかのように身振り手振りを交えてそう語った。太一の空気を読めない態度には若干たじろいだが、その言葉には説得力があった。昭人と柏木はそうだと同意を示す。


 犯人は近い内に捕まるだろう。昭人は、ちらりと羽田の方を一瞥する。しかし、羽田はまるで初めから関心などなかったかのように、ただ一人、誰とも話すこともなく前を見ているだけだった。昭人は自分だけが羽田のことを気にしているような気がして、恥ずかしくなる。体育館のステージ上に校長が登壇し、今回の騒動についての話が始まった。

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