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 週末の昼下がり、昭人と羽田は市内にある動植物園の中にいた。昭人がどこかへ行こうと誘い、それならと羽田が提案してきた場所だった。全体的に雲が多い天候だったが、ふさぎ込みたくなるような薄暗さではない。時折太陽が雲間から顔をのぞかせると、辺りの風景は一気に色鮮やかに映えた。休日ということもあって園内は子供を連れたファミリー層が多く、高校生二人の方がどこか浮いているようにも感じられた。


「動物園に行きたいなんて意外だな」


 園内にある庭園を並んで歩きながら、昭人がそう話しかけると、羽田は「いい気分転換になるんだよね」と横髪を耳にかけながら答えた。


「ねえ?」

「なんだよ」

「なんで急に遊びに誘ってきたの? まあ、暇だったからよかったけどさ」


 自分から誰かを遊びに誘うタイプではない。そんな自分がなんで突然、羽田を誘ったのかはわからなかった。思い出話に花を咲かせるわけでもない。あの日のようなことを期待しているわけでもない。それでも来なきゃよかったとまでは思わなかった。こうして羽田と並んで歩いているだけで、自分が今ここにいるということを実感できるような気がした。


「なんとなくだよ」


 羽田は納得いかない表情を浮かべたが、それ以上追及してくることはなかった。


「なあ、羽田って誰かと付き合ったりしてるの?」

「何、突然?」


 突然の昭人の言葉に、羽田は不思議そうな目で見つめ返した。


「俺たち、付き合わない?」


 昭人の言葉に二人は立ち止まる。羽田はぽかんとした表情で昭人を見つめた後、声を押し殺しながら笑い始める。昭人も彼女の笑い声につられて、顔が緩む。長い間切り離されていた線と線が、ちょっとした偶然で、再びつながったような感じがした。


「それは絶対にないわ」


 羽田の言葉に昭人もうなづく。微笑みを浮かべながら。


「俺もそう言うと思ってた」


 二人は一時間ほど歩き回った後、園内にある小さな喫茶店へと入った。冷房の利いた店内にはそれほど客はおらず、子供のはしゃぎまわる声で満ちる店外とは対照的にとても静かだった。小さな丸いテーブルを囲むようにして、二人は腰かけた。お互いに冷たい飲み物を注文し、当たり障りのない会話をしながらそれをちびちびと飲む。


 昭人が顔を羽田の方に向けると、彼女は右上の方へと視線を向けていた。視線の先を追うと、そこには壁にかけられたテレビがあり、画面には毎週昼過ぎにやっている情報番組が映されていた。やりとりを行う番組司会者とコメンテーターが深刻そうな表情で話しているのは、ちょうど一昨日に捕まった、連続殺人事件の犯人の生い立ちについてだった。


「なんか、あっさり捕まっちゃったね。濱野くんを殺した犯人」

「ああ」


 昭人が住む地域を恐怖のどん底に陥れた連続殺人事件。最後の事件から二年あまり経過し、迷宮入りかと思われていた矢先の電撃的な逮捕劇だった。テレビやネット、そして犯行が行われたこの地域では連日この話題でもちきりだった。家の近所にはカメラを携えたマスコミ関係者の姿を目にすることが多く、特に昭人が通う高校でも、昭人を含め、被害者が知り合いにいるという人間も多くいることから何人もの生徒が彼らから取材を受けていた。


 昭人は羽田と一緒に、テレビの画面をじっと眺めた。番組ではちょうど逮捕された犯人の職業や生い立ちについてテロップで紹介されている場面だった。犯人は厳格な両親のもとで育てられ、進学校を中退し、引きこもりへ。その後、工場で派遣社員として働き始めるが、周囲との軋轢が絶えず、職を転々とする生活を送っていた。何度も繰り返し放送された警察署への輸送場面での、押しかけるマスコミ関係者を鋭く睨み付ける犯人の姿を思い出す。それはまさにすべてを敵だと思っているかのような警戒と怒りを宿した目つきだった。


 昭人はテレビを見ながら、ふと昔の記憶を思い出す。ずっと前、自分がこの事件について憑りつかれていたかのように調べていたあの日のことを。


「何笑ってるの?」

「ちょっと昔のことを思い出しちゃってさ」

「思い出し笑い? 気持ち悪い」


 昭人はコップをつかみ、解けた氷を喉に流し込んだ。冷たい空気が口の中に広がっていく。


「目の見えないヤドカリの話って知ってる?」

「何それ?」


 昭人はコップをテーブルの上に置き、羽田は自分の少しだけ中身が残っているコップを手に取った。


「目の見えないヤドカリがいてさ、ずっと周りからいじめられていたわけ。そいつがある日、月の光の存在に気が付いて、その光の指す方角へと旅を始めるんだ。そして、途方もない時間をかけてついに、そのヤドカリは月にたどり着くんだ」

「で、月に着いたヤドカリはどうなったわけ?」

「その後?」


 昭人は意味もなく、目の前のコップに手を伸ばした。コップの表面には水滴がついていて、指先がそのしずくで濡れる。


「ヤドカリが月にたどり着いたその瞬間、月が大きな口を開けて、そのヤドカリを食べちゃったんだ。それでこの話はお終い」

「何それ? わけわかんない」


 羽田は呆れた表情で言った。


「それって、テレビか何かでやってたの?」


 昭人はゆっくりと首を横にふる。 


「いや、本で読んだんだ。面白くもなんともないけど、なんだか妙に記憶に残ってるんだ」


 ふーんと、羽田は興味なさげな相槌をうつ。


「でもさ、そのヤドカリはさ、月を目指して歩き続けたんだよ。目が見えなくても、周りからいじめられてても、自分の殻に閉じこもってしまわないでさ」


 昭人は店の外へと視線を移した。ちょうどそのタイミングで雲から太陽が再び顔をのぞかせ、園内が一気に明るく照った。

次回、最終話です。

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