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「なんでそんなことしてんの?」
二人の間の雰囲気が若干ほぐれて後、昭人は胸にためていた問いを羽田にぶつけた。羽田は少しの間だけ押し黙り、昭人から顔をそむけると窓の外を眺め始めた。休日ということもあり、地方の街にしては人の波が絶えることなく流れていく。
「お金のために決まってるじゃん。田辺は私がボランティアでやってるとでも思ってるの?」
昭人はかける言葉を見つけられないまま、羽田と同じように窓の外へと視線を移した。照り付ける夏の日差しを白いアスファルトが反射してまぶしい。行きかう人々はみなが半袖で、首筋や額にうっすらと汗が浮かんでいる。冷房の利いた店内から観察していると、それはまるで映画を見ているかのようだった。肘掛け椅子に座り、背もたれにもたれかかりながら、遠い異国で起きた戦争の話を新聞で知っているような気がした。昭人は羽田の方をちらりと一瞥した。羽田は頬杖をつきながら、まだ窓の外を眺め続けている。
「別に欲しいものがあるからとか、寂しいからしてるってわけじゃないから」
「知ってるよ」
羽田が同じ姿勢のままつぶやいた言葉に、昭人はそう返すことしかできなかった。
「同情とか、励ましの言葉とか、家族の愛とか、友情とか。私はそんなもの要らない。別にそれらがくだらないものって思ってるわけじゃないけどさ。仲のいい家族って素敵だし、揺るぎない友情って素敵だし、誰かから無料でもらえる優しい言葉って素敵でしょ?」
「じゃあ、なんでそんなに意地っ張りになってんだよ」
羽田はそこでようやく窓から視線を外したが、別に昭人の顔を見つめるわけでもなく、目の前に置いてあるカフェオレに口をつけただけだった。しかし、グラスの中にはもう飲みものは入っていなかった。氷が解けたわずかな水が飲みたいわけではないことを昭人はわかっていた。自分が彼女の立場なら、きっと同じことしただろう。
「でもさ、そんなもの馬鹿らしいと思わない?」
昭人は羽田の表情をじっと見つめた。ストローをいじくり、グラスの中の氷を所在なくくるくる回す羽田の伏し目を見た。すると、羽田は目だけを動かし、上目遣いで昭人を見つめ返す。昭人はそのまなざしに気後れし、思わず目をそらしてしまう。昭人はなぜ見慣れているはずの羽田のまなざしにどぎまぎしたのかわからなかった。しかし、羽田はその昭人の瞬時の反応を見逃さず、からかうように微笑む。
「ねえ、田辺。やらせてあげよっか」
昭人は顔を上げた。最初は冗談を言っているのかと思った。しかし、顔を上げた時に見えた羽田の表情は
確かに笑っていたものの、目つきは真剣そのものだった。
「それって、どういう……」
「サービスしてあげる。一万円でいいよ」
そう言うと、羽田は立ち上がり、テーブルの端にいつの間にか置かれてあった伝票をひょいと手に取った。伝票の中身を一瞥しながら、羽田はカウンターへと歩いてく。その途中で羽田は振り返り、「連絡待ってるわ」という言葉だけを残していった。残された昭人は立ち上がることもできずに、ただ羽田の背中を見送ることしかできない。羽田が残していったコップの中の氷だけが、名残惜しそうにカラリと音を立てた。