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昼下がりの喧騒が一瞬だけぴたりと止まった。昭人はその静けさの中、新藤の言葉を反芻した。新藤の言っている意味がいまいち理解できなかったし、根拠をすっ飛ばして事実だけを伝えられても、正直困惑の感情しか湧いてこなかったのだ。
「何を根拠に言ってるんだ?」
昭人は思い浮かんだ言葉を一言一句変えずにそのまま口にした。
「根拠って言ったらちょっと違うかもね。僕の場合はそう考えたら、つじつまが合うってことだけだから」
新藤は茶化すようにそう答える。そして、理由を急かそうとする昭人を制止し、タイ焼きを包装していた紙の包みをわざとゆっくりと折りたたんだ。昭人は新藤の悠長な態度に苛立ちを募らせる。
「犯人はさ、子供を殺したかったんだ。そして、子供であれば誰だっていい。それは変わらないと思う。そして、可能であれば一人ずつ殺したい。その方が殺しやすいし、色々と後始末も簡単だしね。だけどそれはできない。だからこそ彼、もしくは彼女は仕方なく二人、つまり一人の次に殺すのに簡単な数の子供をターゲットにしたんだ」
「ちょっと待って、なんで一人だとダメだって決めつけんるんだよ」
新藤は昭人の目をじっと覗き込んだ。
「昭人君が目の見えない犯人だったらさ、どうやってターゲットとなる子供を見つける? 僕たちならさ、夕方以降をあてもなくぶらぶらと歩けば、そういった子供なんて簡単に見つかるさ。でも、目が見えなければ、そんな簡単にいくもんじゃない。人の気配を感じ取ることができたとしても、それが子供かどうかは確証が持てないしね。目で見えないとしたら………昭人君はどうやって判断する?」
新藤は満足そうに微笑んだ。まるでそれは、生徒を問題の答えにうまく誘導することに成功した教師の表情だった。
「そうか、だから二人なのか。いや、違う。だからこそ、一人だとダメなんだ。一人だとダメで、二人以上じゃなきゃダメ。二人以上じゃないと、会話がない。そして、声が聞こえない。犯人は声で、子供かどうかを判断していたのか……」
一つの答えにたどり着いた昭人はさらにもう一つの可能性に気が付く。興奮により昭人の脳内からはアドレナリンが分泌していた。
「犯人がナイフでめった刺しにしていたのも同じ理由なのかもしれない。犯人は別に死ぬほど憎たらしかったわけじゃない。急所がわからないから、確実に殺すためにめった刺しにしなければならなかった?」
「僕もそう思うよ」
新藤は昭人の言葉にうなづく。
「目が見えるのであれば、心臓を一突きすればいい。もっと確実に殺したいのなら、首を切ればいい。だけど、犯人はそれができない。できる限り素早く、それも確実に殺すためにはただ、ひたすら胸のあたりを指すしかないよね。もし生き残られたらそれこそ一巻の終わりだよね。知らない相手だったとしても、自分が視覚障碍者だということは相手にばれてしまっているんだからさ」
昭人は頭の中で、犯人が小さな子供の身体にナイフをめった刺しにする光景を思い浮かべた。今まではその様子を頭で再現する際、男は狂気に満ちた表情をし、罵詈雑言を被害者に向けながらナイフを突き刺していた。しかし、今回は違った。頭の中の男は、無表情で、そしてまるで事務作業を淡々とこなすかのような手つきで、子供の身体にナイフを突き刺していた。
「そして、視覚障碍者であると言うことは犯人側に、有利に働いた点もある。視覚障碍者であるということは、子供たちの警戒を緩める一つのメリットになった。多分、必要以上に視覚障碍者であることをアピールしてたんじゃないかな。わざと転んで、杖を遠くに転がしたりしてさ。そしたらさ、犯人側からではなく、ターゲット側から近づいてきてくれるかもしれない。自分たちよりも立場が弱い人間。そんな可哀そうな人間に手を指し伸ばそうとね」
「で、でも………視覚障碍者が犯人だなんて信じられない」
昭人の言葉に新藤は氷のような冷えて固まった表情を浮かべた。昭人は今まで見たことのない新藤の顔に、思わずたじろいでしまった。しかし、それは一瞬のことでいつもの飄々としている顔つきに代わり、新藤は諭すような口調で問い返した。
「なぜそう思うんだい?」
「な、なぜって……」
「視覚障碍者の人は僕たちと同じ人間なんだよ。違いと言えば、目が見えていないだけということ。それ以外に、僕たちと彼らを分けるものはない。彼らの中にもクズみたいな性格の人間はいるし、人を殺したいと思って、それを実行してしまう人間もいる。なぜ目が見えないからと言って、彼ら全員が善良なる人間で、私たちが手を指し伸ばすべき憐れむべき弱者だと決めつけてしまうんだい?」
新藤の言葉に昭人は何も言い返さなかった。もちろん、視覚障碍者全員が悪い人間だと言っているわけではない。しかし、それと同じように、視覚障碍者あるいはその他弱者だと見なされている類の人間すべてが天使のようにやさしく、憐れむべき人間ではない。ただそうあって欲しいとこちら側が勝手に思っているだけ。昭人はその事実に反駁することは到底できなかった。
「そして、残された問題が一つあったね。濱野太志くんがなぜ殺されたのかという問題だ」
昭人は新藤の答えを聞くまでもなく、納得した様子でうなづいた。
「昭人君もわかったみたいだね。まあ、僕がこの推論ができたのは、今日昭人君から新しい情報を得たからなんだけどね。なぜ濱野君は、中学生なのに、そしだれかと一緒にいたわけでもないのに、殺されたのか。中学生であることはここでは問題ではないよね。濱野君は声変わりをしていない可愛らしい声をしていた。それを買って劇の主役に抜擢されたほどだ。そして、誰かと一緒にいたわけでもない彼がターゲットにされたこと、いや、彼をターゲットにすることができた理由。昭人君はわかるよね?」
昭人は新藤の目をじっと見つめた。そして、濱野が殺された日、それ以前の彼の様子を思い出す。クラスメイトの面前で濱野が罵倒される光景。悔しげに教室を飛び出していく光景。悔しさとやりきれなさを抱えながら、たった一人で帰り道を歩く光景。そして、濱野の右手に見える公園。昭人は唇をかみしめ、ゆっくりと返事をした。
「濱野は………そこの公園で、たった一人で劇の練習をしてたんだ………。あんなに怒られた後でも………」