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 遺体が見つかった公園は、中学時代と比べずっと寂れていた。遊具のペンキは剥がれ、生け垣の下には空き缶やたばこの吸い殻が散乱している。週末の昼だと言うのに、公園には人っ子一人いない。そのわびし気な雰囲気が、妙に遺体を発見したあの日の様子と似ていた。昭人の脳裏に忌々しい記憶がよみがえる。トイレの床に広がる血。めった刺しにされた濱野太志の遺体。そして、羽田との会話。


「ここで昭人君はその濱野君って子の死体を発見したんだね」


 新藤が遺体の発見されたトイレの個室を外側から眺めている。昭人がまさに濱野の死体を発見した時と全く同じ位置、同じ角度から。濱野の死体は刃物で身体中をめった刺しにされていた。昭人が遺体を発見した時もまだ血は流れ続けており、蛍光灯に照らされた真っ赤な鮮血が今でも目に浮かんでくる。


「ということは、昭人君は濱野君が殺されてからそんなに時間が経たないうちに発見したということかな?」

「濱野が劇の練習で監督から怒られて、そのまま逃げだすようにして帰っていったのが……俺が学校を出る二時間前くらい。でも、あの時の血の流れ具合から考えると、一時間も経っていないのかもしれない」


 新藤は顎に手をやり探偵のように考えるしぐさをして見せる。


「昭人君が遺体を発見した時はさ、死後硬直をしきってはいないよね、もちろん」

「うーん、便座の背もたれにもたれかかったような態勢だったのは覚えているんだけど」

「なるほどね」


 新藤はその言葉に納得したような表情を浮かべ、そして少しだけ微笑んだ。何かつかんだのかと昭人が尋ねると、新藤は俺の方をちらりと一瞥した。


「単なる推測だけどね。答えがあってるかどうかは別問題」


 自分をからかっているのだろうか。一体何がわかったのかと聞いても、新藤はもう少しだけ考えをまとめてから話すと言ってはぐらかす。


「帰宅途中に濱野君が殺されたんだとするとさ、昭人君が発見した時にはもう血が止まっていてもおかしくないよね」


 新藤は公園を歩きながらそれだけを口にした。昭人は新藤の言葉を自分なりに考えてみる。確かに言われてみればそうだが、それに何の意味があるのだろうか。一時間以上の空白があるとしても別におかしいことはない。濱野が帰宅途中に寄り道をしたり、この公園でぼんやりとしていただけなのかもしれない。しかし、新藤はそれが重要だという調子でつぶやいた。昭人はそれに混乱してしまう。


「もう現場を見るのはいいか。どこかで甘いものでも食べよう」


 新藤はそれだけ言うと、公園の外へと歩き出す。拍子抜けしたものの、昭人もその後ろをついていく。二人はそのまま商店街へ向かって歩いていった。そして、新藤は商店街の入り口にあるタイ焼き屋に目を止め、おいしそうだねと昭人の方を振り返ると、その店へと近づいていく。昭人が後ろから見守る中、新藤は財布を取り出し、昭人と自分の分の二つのタイ焼きを注文する。出来上がったものを店員から受け取り、片方を昭人に手渡す。


「ところで昭人君は、どんなやつが犯人だと思う?」

「どんな奴って……そりゃあ、あんだけ人を殺してるんだから、相当に狂った人間だってことは確かでしょ」


 昭人の煮詰まった様子に意地悪そうに微笑みながら、新藤はタイ焼きにかぶりついた。


「殺し方だって、何がそんなに憎いんだっていうくらいにめった刺しにしているし、子供を二人同時に殺してる。理屈じゃ説明できないだけのおぞましい過去やら性癖があるんじゃないの」

「理屈で説明できないこともあるけど、理屈で説明できることはそれよりたくさんある。理屈で説明できてきるようなものなんて、数え切れないほどあるのさ。昭人君ももう少し大人になったらわかるよ」

「なんだよ、その言い方」


 昭人は新藤の口調にむっとしながら、手に持ったタイ焼きにかぶりつく。上品な甘味が口の中に広がっていく。二人は無言のままあてもなく並んで歩道を歩いていった。新藤はちらりと横を歩く、昭人の方を一瞥した。その表情には、どこか人をからかうような、それでいて心底今の状況を楽しんでいるかのような心情が現れていた。


「あくまで僕の考えではさ、犯人は昭人君が思っているような狂人ではないと思うな。もちろん、人を殺せるという点ではどこかおかしいのかもしれないけれど、僕個人としてはどうしても、非合理的な人間ではないような気がするんだよ」

「どこが合理的なのか説明してもらえませんかね」


 昭人の皮肉たっぷりの言葉にも新藤は一切動じず、ただ愉快そうに微笑むだけだった。新藤は尻尾だけになっていたタイ焼きを口の中に放り込む。


「一番のこの事件の謎はさ。なんで犯人は一人っきりの子供ではなく、二人でいた子供を狙ったかだよね」


 新藤の言葉に昭人は何をいまさらと眉をひそめる。普通の人間ならば、一人で歩いている子供を狙う。数は多くないとしても、そのような子供など探せば見つかるはず。それなのに犯人は二人組で歩いている子供を狙った。そこには理屈では語れない、偏執的な何かがあるとしか考えられなかった。


「違うよ、昭人くん。逆に考えてみるんだ」


しかし、新藤は昭人の主張を退ける。


「一人だと駄目だったから二人なんだよ。三人でも四人でもなく、二人。二人組が犯人が殺すのに最も適した人数なんだ」

「そんなことあるわけないだろ。どんな奴が一人より二人の方が殺しやすいんだよ」

「大抵の人間にとっては一人の方が殺しやすいだろうね。でもさ、世の中にはそうじゃない人もいるんだよ。そして犯人は偶然にも人間だったということ」


昭人は結論から喋ってくれとうんざりした様子で新藤に要求する。新藤は大げさに肩をすくめると、人をはぐらかすような微笑みを浮かべた。


「昭人くんはさ、ずっと前に聞かせてあげたヤドカリの話を覚えてる?」


 新藤の脈絡のない言葉に昭人は虚をつかれる。それでも、なんとか記憶の紐をたどっていき、はるか昔に行った、廃マンションでの新藤の会話を思い出す。


「あぁ、あのよくわかんない童話ね。確か、目が見えないヤドカリが最後月に食べられたって話だろ。昔のことだけど、妙に覚えてるよ」

「その話通りだよ」

「何が」


 新藤はもったいぶる様子もなく、あっけらかんとした口調で答えた。


「犯人はさ、きっと視覚障碍者なんだよ。可哀そうなヤドカリと同じようにね」

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