23
「おはよう、昭人君」
新藤が待ち合わせ場所に指定したのは、一番最初に連続殺人事件が発生した場所、昭人の小学生の同級生の死体が発見された場所だった。昭人が通っていた小学校のすぐ近くにある自然公園。傾斜のある土地に作られた公園は、遊具等が設置されている上段スペースと、中央に小川が流れる下段スペースの二つに大きく分けられている。公園の北口、上段スペースに面した入口に、新藤は少しだけ遅れて到着した。新藤はこじゃれた紺色のジャケットにベージュのチノパンという格好で、見かけよりもずっと若々しい服装をしていた。
「なんでここで待ち合わせなんだよ」
「言っただろ、事件について僕たちなりに調べるって。そのためにはやはり、事件を一番最初から、それも自分の目で確認しないとね」
そう言うと、新藤はそのまま公園の中へと入っていく。昭人も新藤の後ろについて歩き出す。週末の公園には家族連れが多く、子供のはしゃぐ声が園内には響き渡っていた。
「被害者はどこで発見されたんだっけ?」
新藤が後ろを歩く昭人に顔だけを向け、問いかける。
「下の小池だよ。帰りが遅い子供を心配した家族がここまで探しに来て、小川の上流で死体になった姿が発見されたらしい」
「殺害場所もここであってるのかい?」
犯人がどうやって二人を同時に殺したのかというのは、警察の捜査によってある程度明らかにされている。子供とは言え友達が殺されたら、大声で叫ぶし、逃げ出すに決まっている。犯行現場の調査により、少しだけ離れた二つの場所に血痕が見つかったことで、片方が激しく抵抗したり、逃げ出そうとしていたわけではないということがわかっている。おそらく犯人は言葉巧みに二人を少しの間だけ遠ざけ、別々に殺害した。その後で、警察への目くらましとして二人を同じ場所に遺棄したという説が有力だ。そして、この激しい抵抗の跡が見られないという点はそれ以降の事件にも共通している。
「最初の二人はそれでいいんだと思うんだけどさ」
上段と下段のスペースをつなぐスロープを下りながら昭人は自分の意見を述べる。
「最初の事件が起きた後はさ、やっぱり周りに誰もいない環境で話しかけてきた大人を警戒すると思うんだよ。たとえ一年のスパンがあったとしてもさ。それなのに、同じような手法でやすやすと殺せたっていうのが不思議なんだ」
昭人は新藤に、自分が濱野太志の死体を発見したあの日のことを語った。二人っきりで羽田と下校し、羽田が誰かからつけられていると言い始めたこと。そして、それが結局は自意識過剰だったことなど。中学生の自分たちでさえ、あれほどまでの不安感を覚えたのだ。まして、実際の標的とされていた小学生が警戒心は並大抵のものではない。
「本当にそうかな?」
新藤と昭人は下段のスペースまで降り、中央を流れる小川に沿って公園内を散策する。岩陰に潜むザリガニを捕まえようと、虫取り網を持った子供たちが水遊びに興じていた。
「結局なんで昭人君たちは自意識過剰だったって結論付けたのさ」
「そりゃさ、単に帰り道を急いでいた女性のことを殺人犯だと勘違いしてただけだって気付いたからで……」
「その女の人がもしかしたら連続殺人犯だったかもしれないんだよ?」
昭人は足を止めた。確かに新藤の言う通りだった。あの職場帰りの女性が本当に俺たち二人をつけていたという可能性だってゼロではない。俺と羽田が自分たちの勘違いだったと結論付けたのは、殺人犯が残忍で恐ろしいサイコパスだと勝手に想像していたからだった。時にそれは中肉中背の中年であり、時にそれは小児性愛をこじらせた若者だった。しかし、昭人を含めた大勢の人間が、犯人が男であると勝手に思い込んでいる。それには何の根拠も存在しないにもかかわらず。
「もちろん、その女性が犯人だったとは僕も思えないよ。でもね、昭人君の言う警戒心というものがあまり当てにならないっていうのはわかるよね」
新藤の言葉に昭人は黙ってうなづいた。新藤と昭人はは小川を辿っていった先、公園の奥にある小川の上流まで来ていた。新藤が座って小川の様子を細々と確認し、そして、周囲を見渡し始める。
「何かわかった?」
「いや、何も。ただ、確かに人目につかない場所で、殺人にはうってつけだなってことはわかったよ」
公園の奥地であり、周囲は木々に囲まれている。陽の光は木々の葉に遮られ、周囲は薄っすらと暗い。下流ではしゃぐ子供たちの騒ぎ声もどこか遠く聞こえるような気がした。
「今日は週末の昼だから無理だけどさ、平日の夕方以降なら、ここで僕が昭人君を殺してもばれなさそうだ」
新藤はおかしそうに笑う。なんでそんな不謹慎な冗談が言えるのかと昭人は呆れたが、新藤は以前からこういう人間だと思いなおす。新藤は次の現場に行こうと提案し、二人はそのまま次の殺人現場へと歩き出した。
二番目の遺体発見現場は住宅街から少し離れた場所にある用水路。下校途中の女児二人の遺体がそこで発見された。発見時間は、行方不明になった翌朝。殺害はその前日の夕方以降だと推定されている。
「で、殺されたのもこの用水路付近。さっきの場所と同じように、ここも人通りは少ないし、目撃者はいない」
「ふーん、犯人はここらへんの土地に詳しい人間なんだね」
「あんまりここで得られる情報はないね。次に行こうか。昭人君のクラスメイトが殺された場所に」
その言葉に昭人は眉をひそめる。
「やっぱり、濱野もその連続殺人犯のしわざって考えてるのか」
「まあね、でも、そうでないかどうかを見極めるためには、現場を知っておく必要はあるよね」
新藤は不敵に微笑む。最初からその場所に行くことは想定していたため、昭人は反発することもなく、第二犯行現場からはそれほど遠くない場所にある公園へと案内することにした。単なる勘からそう結論付けているのか、それとも何か根拠があってなのか。いまだ昭人にはわからなかった。しかし新藤の性格上、そのどちらでもあっても不思議ではないのも事実だった。