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歩行中、昭人の頭の中にとりとめのない考え事や記憶が浮かんでは消えていく。初めて事件について知らされた小学校の教室。全校生徒に対する説明が行われた体育館。そして、濱野大志の死体、羽田との帰り道。欠落のない鮮やかな記憶が一つの映画のように流れていく。人通りの少ない路地へと入る。派手な電飾をとりつけたホテルの横目に、身体をくっつけた数組の男女がすれ違っていく。そこで昭人はやっと普通の高校生なら知らない人などいないホテル街を自分が歩いていることに気がつく。別にここを歩いてはいけないという決まりはないが、制服姿の自分にはあまりにふさわしくない路地の雰囲気に気圧され、横道から路地を出ていこうとする。
しかし、横道に入ったその時。昭人の視界に、自動販売機の前に立つ見知った顔の人物が映った。昭人は突然の遭遇に驚き、はたと歩みを止める。気配を察したその人物がこちらを振り返り、昭人の姿を認めると、驚きの表情を顔に浮かべた。
「なんでこんなところにいるんだよ?」
昭人の裏返った問に、羽田は「それはこっちのセリフなんだけど」と噛み付くように返事をする。数年ぶりに出会う羽田はうっすらと顔に化粧をし、どこか大人びた雰囲気を漂わせていた。虚をつかれた昭人が冷静さを取り戻し、もう一度なんでここにいるのかと尋ねようとした。
「ごめんね、待たせちゃって」
向こうの通りからやってきたスーツ姿の男が羽田に声をかける。羽田は昭人から視線を離し、現れた男へと小さく返事をした。胡散臭気な笑みを浮かべたスーツ姿の男が羽田の肩越しに、道の真中で立ち止まる昭人の姿を見て一瞬固まった。そして、明らかに動揺した口調で「もしかして……知り合い?」と羽田に聞くと、羽田は「知らない人」と答えながら首を振る。
「それに、知り合いだとしても、大丈夫だから」
羽田は安心させるように男にいうと、一瞬だけ昭人の方を振り返る。わかってるよね。その昭人の目を真っ直ぐにみつめる視線にはそのような意味が込められているような気がした。羽田はそれからおもむろに男の手を握り、昭人がやってきた方向へと歩き出す。二人が自分の横を通り過ぎる時、昭人は視線だけを彼女に向けた。しかし、羽田は、まるでそこに知り合いの人間など存在していないかのように、ただまっすぐと前を見つめていた。