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 新藤は自分をからかっているのだろうか。昭人はあまりに突拍子もない言葉に言葉を失い、そして疑うような表情で新藤を見つめた。しかし、新藤が何を考えているのかなんて昔から昭人には全く理解できなかったし、何よりこのような何の脈略もない言葉は考えてみれば今まで通りのことでもあった。


 昭人はわけがわからぬままゆっくりと首を縦に振る。別に土曜に何の予定も入っていないが、かといって新藤に付き合わなければならない理由もない。それでも昭人は一日程度なら何かの話のタネにもなるかもしれないと考えた。新藤は昭人の返事に心を良くしたのか、鼻をつまんだ時のような声で笑い声をあげる。


「柊も一緒?」

「昭人君がそうしたいなら僕は構わないよ。聞いてみたらどうだい?」


 昭人は柊がどこにいるかを新藤に尋ねてみたが、自分がいつ何時も彼女の居場所を把握しているわけじゃないと茶化すような返事が返ってくるだけだった。別に今すぐに聞く必要はないが、このまま新藤と話していたら、相手の話術に絡めとられてしまいそうだったこともあり、昭人はやおら椅子から立ち上がり、302号室の外へと出た。

 

 隣の303号室、304号室の様子を昭人は入り口からうかがう。しかし、どの部屋にも人っ子一人おらず、ただ窓から吹き込む風が物寂し気な音を立てているだけだった。昭人は少しだけ逡巡した後、新藤がいつもいる301号室へと向かう。その部屋の中で、柊は中央に置かれた座椅子に腰かけ、新藤がコレクションしている本のうちの一冊を熱心に読み込んでいた。柊はいつものように高校の制服を着ていて、右の耳に髪の毛をかけていた。


 柊がいつも新藤が座る場所に座り、新藤がいつも読んでいる本を読んでいるという事実が、昭人の胸を無性にざわつかせた。昭人はただ黙ったまま、部屋の入り口から柊の様子を眺め続ける。すると、柊がふいに顔を上げた。入口に立つ昭人に気が付くと、無邪気に微笑む。その笑顔を前に昭人は一瞬だけ呼吸の仕方を忘れた。


「何してんの?」


 昭人は自分でも呆れるほどのあたりさわりのない質問をぶつけた。そして、昭人の質問に対し、柊も昭人が見たままの答えを返す。


「新藤さんが、面白いからってこの本を勧めてくれたんだ。嬉しくって、嬉しくって、ついつい何度も読み返しちゃうんだよね」


 柊は嬉しそうに目を細め、本の背表紙を優しく撫で回した。昭人は「そうなんだ」と相槌をうつ。しかし、昭人はそのことをあまり知りたくはなかった。


「で、どうしたの? 何か用事?」


 柊が昭人の心の機微に気が付くはずもなかった。柊は弟に優しく語りかける姉のような声色でそう尋ねる。


「いや」


 昭人は首をふった。


「別に……何でもないよ」


 胸のざわめきと外から吹きこむ風の音が共振し、昭人の胸の中で一つの小さな渦巻になった。

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