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俺は不愛想に返事をしながら入口のそばにランドセルを下し、三人が座るテーブルへと歩いて行った。なつみが机ごとこちらに向きおなり、むき出しのコンクリートと木製の椅子の脚がこすれる音がした。なつみは夏らしい水色ボーダーのタンクトップを着ており、履いている茶色のハーフパンツには英単語のアップリケが縫い付けられていた。
「何してんの?」
「いつもと一緒。大富豪」
俺はテーブルを囲む四つの椅子の、一つだけ空いていた椅子に座る。
「ねえねえ、俺もまぜてよ」
「あー、そこ柊の椅子だよ!」
なつみの抗議に、同じように座っていた大人二人が笑い声をあげる。麗香さんが「いいじゃんいいじゃん、柊はさっき負けちゃったんだからさ」と、自分の手持ちを切りながら言うと、右手に持っていた煙草をおいしそうに一吸いした。麗香さんとその右に座る弦巻との間には灰皿が置いてあり、その中に煙草の灰がうずたかく積もっていた。
「今日はなんで学校が早く終わったんだい? 学校の行事かなにか?」
弦巻さんがスペードの3を出しながら、俺に尋ねてきた。弦巻さんはよれよれのyシャツの襟元をつかみ、パタパタと動かして服の中に空気を送っている。メタボリックな身体にYシャツがぴったりと張り付き、腹回りのボタンは今にもはち切れそうになっていた。
「いや、それがよくわからないんだよ。急に担任がさあ、今日は午前中だけで学校が終わりです、今から帰りの支度を始めてくださいって言うんだもん。しかも、すごくばたばたしててさ。友達もみんな、なんでだろうって言ってたよ」
「へー、確かに変だね」
麗香さんがカードを切りながら相槌を打った。右隣に座っているなつみは自分が出すカードを眉をひそめながら選んでいる。俺はちらりとなつみの手持ちを盗み見すると「やめてよ、変態」と笑いながらカードを自分の胸の方へと寄せた。その時、隣の部屋から何かの音楽が流れ始めた。俺となつみは反射的に隣の号室と面した壁へと視線を向ける。塗装も何もされていない灰色の壁の向こう側から、外人の美しい英語のメロディが聞こえている。曲名はわからないが、そのメロディ自体はどっかの店で聞いたことのあるものだった。
「スティービー・ワンダーか。懐かしいねぇ。新藤さんも、こういうポップな音楽も聞くんだ。意外だねぇ」
「あ、名前だけは知ってる」
弦巻さんの独り言になつみが食いつく。俺がそれは誰なのかと尋ねると、玲奈さんがアメリカの有名なミュージシャンだと教えてくれた。隣の部屋から聞こえてくる音楽に耳を澄まし、ゲームが一時的に中断する。
「新藤って、いっつも小難しい本を読んでるか、クラシック音楽を聴いてるってイメージだわ。私には、何がいいのか全く理解できないけどね。もっと頭空っぽにして楽しめる推理小説とかjポップの方が好きだね」
麗香さんが煙草の灰を灰皿に落としながら笑った。麗香さんの方へ目をやると、胸元が開けた黒いキャミソールからちらりと谷間がのぞいていた。俺はなんだか見てはいけないものを見ているような気がして、反射的に目をそらす。麗香さんがそんな俺の仕草に気が付いたのか、大人っぽい笑い声をあげ、恥ずかしさのあまり俺の耳が真っ赤になる。なんとか言い訳しないと、と口を開こうとしたその時だった。
「あー、私だけ仲間外れにされてる!」
入口から柊の快活な声が響き渡った。柊は手にしていた満杯のバケツを、入口のそば、俺のランドセルのすぐ横に起き、俺たちが座っているテーブルへと近づいてきた。