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昭人が302号室に入ると、中央の机に腰掛けていた柊が、手元の文庫本から目を上げる。一方、窓際で外の景色を眺めていた弦巻は昭人の方をちらりと一瞥し、再び目の前の景色へと視線を戻した。静寂が満ちる廃アパートに足音を響かせながら、昭人はゆっくりと部屋の中へと進み、開いていた椅子へと腰掛ける。誰も何も話さない静かな部屋の中に、開けた窓枠から乾燥した秋風が吹き込む。柊の制服の胸元についたリボンが小さくそよいだ。
「あの事件から今日でもう一年だね」
向かいの席に腰掛けていた柊がそう昭人に話しかける。昭人が曖昧な返事をすると、弦巻が大きく背伸びをしながら大きくため息をついた。シャツの上へと引っ張られ、脂肪の厚い腹回りへと否応なしに視線が向いてしまう。
「中学の同級生が殺されて、しかも、それの第一発見者。一年そっとじゃなかなか忘れられないでしょ?」
弦巻の口調はどこかおどけているようで、昭人にどこか気遣っているようなものだった。昭人はそんな弦巻の心遣いを敏感に感じ取り、「もう大丈夫だよ」と口元を意識的に緩ませながら返事をした。昭人自身にとって大丈夫という言葉自体に嘘偽りはなかった。嘘偽りがあるとすれば、それはかつては大丈夫じゃなかったということ自体にあった。
濱野太志の遺体を発見した後、昭人は警察からの事情聴取、学校からのヒアリング、そして何より同級生からの嫌らしい好奇心にさらされる羽目になった。現場の状況や発見直前まで一緒にいた羽田の証言もあり、昭人自身が事件に何らかの関わりがあるのではないかという言われなき疑いをかけられることはなかった。ニュースの情報や警察からの事情聴取を通じて昭人が感じたのは、事件の争点はむしろ濱野太志の事件が、連続殺人事件の延長線上にあるのかということだった。
刃物でめった刺しにされるという殺され方は共通している。しかし一方で、濱野太志が若干の幼さを残してはいたものの、黒い制服を身にまとった中学生である点、そして何よりも二人ではなく、一人でいるところを狙われた点が連続殺人事件と大きく異なっていた。
模倣犯による殺人なのではないか。警察やマスコミがそのような判断を下すのも、それほどおかしなことではない。実際、親が警察官だという同級生の話によると、警察内部でも、今回の事件は連続殺人事件と直接の関わりはないのではないかという意見が強いらしい。
「新藤くんは連続殺人犯の仕業だって言ってるけどね」