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それはどういう意味なのかと昭人が尋ね返す前に、羽田は険しい表情を浮かべて言い放った。


「田辺はさ、別世界の人間みたいな感じがするんだよね。なんていうか、夢の中の出来事程度にしか私たちのことを考えていないんじゃない?」


 羽田は昭人に背を向け、玄関の扉を開いた。錆びついた金属音が不快に反響する。羽田は「また明日ね」と聞こえるか聞こえないかの音量でつぶやいた後、そっと音も立てずに家の中に入っていった。


 昭人は狐に包まれたような気分のまま、羽田家の前で立ち尽くしていた。しかし、そのままじっとしているわけにはいかない。昭人は石のように重たくなった足を動かし、羽田の家を後にした。


 昭人歩きながら、羽田の言葉を繰り返し繰り返し頭の中で思い浮かべた。羽田は別に深い意味で言っているわけではないのかもしれない。俺が単にひねくれていることだけを遠まわしに批判しているだけなのかもしれない。そう考える方が、よっぽど羽田の真意に近づけるだろう。それでも昭人は、羽田の言葉に何かそれ以上に大切な意味が含まれているような気がしてならなかった。


 昭人は近道のため、左手にあった公園を突っ切っていく。夜だけでもなく、昼もあまり子供が集まらないわびしい公園だった。当然のように人気はなく、一本しかない外灯だけが公園内で唯一存在感を放っている。塗装が剥がれ落ちた遊具の間を縫うように進み、最近の子供からは見放されてた小さな砂場を避けて歩く。


 羽田は俺のどこを見て、そういうことを考えたんだろう。しかし、昭人の考えは決してまとまることはなく、捕まえようとすればするだけ、靄のように薄れていった。


そして、ふと蛍光灯がちかちかと点滅している汚い公衆トイレに目がいく。昭人は立ち止まり、じっとそのトイレに眼差しを向けた。そのまま、自分でも理由はわからなかったが、吸い込まれるように昭人はゆっくりと公衆トイレへと近づいていく。掃除が行き届いていないせいか、トイレからはきついアンモニア臭が臭ってくる。それでも、昭人は立ち止まることなく、男子トイレの中に入っていった。


 足を踏み入れた瞬間、足もとでぴちゃりと液体が跳ねる音がした。昭人が床に目をやると、蛍光灯に照らされて、赤い液体の溜まりが磨かれた金属のような光沢を放っていた。昭人は赤い液体の流れをたどり、奥から二番目の個室の扉を開く。そこには洋式便座にもたれかかった人間の死体があった。


死体は昭人と同じ中学校の制服を着ており、それがナイフか何かでずたずたに引き裂かれ、裂かれた部分に赤黒い染みができていた。トイレを根城とする蠅が遺体の上で弧を描くように飛びまわり、時折タイル張りの壁とぶつかって鈍い音を奏でていた。遺体の両手は力なく左右に垂れ下がっていたが、頭は後ろへのけぞり、被害者の顔だけはきちんと認識することができた。昭人は目の前の遺体の顔を観察する。見覚えのある顔。目の前の人間は同じクラスの濱野太志だった。


 昭人は右手を顔に当て、それが本物であるかを確かめる。触れた個所を通して、ぞっとするような冷たさが伝わってくる。しかし、昭人は目の前の冷たくなった人間にどうしても現実感を抱くことができなかった。警察に知らせなくてはいけない。昭人の頭の中でそのような考えが浮かんでくる。しかし、昭人はその場から離れることも、濱野太志の遺体から手を離すこともできなかった。それは恐怖からでも、混乱からでもなかった。金縛りにあったかのように身動き一つ取れない昭人の頭の中で、羽田が言った言葉がアラームのように鳴り響いていた。

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