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 その声に昭人ははっと我に返った。振り返ると羽田が昭人の手をつかみ、心配そうな表情を浮かべていた。昭人がかけるべき言葉を考えようとする間、十字路で立ち尽くしていた二人の横を、スーツ姿の女性が足早に通り過ぎていく。ハイヒールの足音が少しづつ小さくなっていくのがわかった。羽田と昭人は何も言えないまま、ただ気まずそうに見つめあう。それから、羽田は何事もなかったかのように手を離すと、十字路を左に曲がり、自分の家がある方へと歩き出す。昭人は少しだけ迷った後、羽田の後を追いかける。


「別にいいよ、気にしなくて。私の勘違いだったんだし」

「いや、もうすっかり暗くなってるしさ。送ってくよ」


 そのまま二人は歩き続けた。相変わらず人の気配は無く、等間隔で設置されている薄橙色の電灯で周囲はどことなく人をソワソワとさせる雰囲気を醸し出していた。昭人はそんな雰囲気にのまれそうになりながらも、先ほどの自分たちの慌てっぷりを思い出し、苦笑してしまう。羽田はその昭人の押し殺した笑いを見逃さず、不機嫌そうな表情を浮かべる。それでも、昭人に喧嘩をふっかけることはなかった。羽田もまた自分自身のあまりに自意識過剰っぷりに恥ずかしさを感じていたからだった。


 羽田が住む家の前までは五分とかからなかった。所々メッキが剥がれ落ちたトタン屋根に雑草が生い茂る中庭。表札の羽田という文字はかすれて見えなくなっていて、庭に面した窓の奥は、カーテンで遮られていないにもかかわらず真っ暗だった。形式的なお礼の言葉を述べた後、羽田はまた明日といって、家の中に入ろうとする。


「ちょっと待って」


 羽田はドアノブを握った状態で振り返った。


「さっきのことでなんかからかうつもり?」

「いや、そういうわけじゃないんだ……。ちょうどいまさ、前から聞きたかったことを思い出しちゃって」

「何?」

「小学校の時のことなんだけどさ」


 なんでそんな前のことを引っ張り出してくるのかと言わんばかりに羽田は眉をひそめる。昭人はその表情を見て少しだけ決心が揺らいだ。自分にとっては深く心に根差したことであっても、相手もまた同じようにそれを重要なものだと認識しているとは限らないからだった。


「うちの学校で殺人鬼の被害者が出た時、羽田は俺に『よくそんなに他人事でいられるね』って言ってきたよな。あれって……いったいどういうつもりで言ったんだ?」


 羽田がその言葉を覚えているとは到底思えなかった。むしろ昭人はそのような期待をしていたわけではなかったし、納得のいく答えが返ってくるとは思ってもいなかった。しかし、羽田は少しだけ考え込んだ後、合点したように「あのことね」とため息交じりにつぶやいた。


「そんな風な言葉を言ったことはなんとなくだけど覚えてる。そんなに気にしてたんなら謝るわ。ごめん」


 羽田の言葉に昭人は少しだけたじろぐ。別に、昭人を気遣って嘘を言っているわけではなさそうだった。


「だけどね、それは今の田辺にも言えることだと思うよ」

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