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二人っきり。常識的に考えれば、そこまで恐怖を感じる必要もない状態。しかし、それは昭人や羽田がいる日常の外に住む人々にとっての常識だった。昭人の頭の中に、数年前に参列した葬式の光景が浮かんでくる。押し寄せるマスコミ、泣き崩れる母親、屈託なくこちらへ笑いかけてくる二枚の遺影。気が付けば、昭人と羽田の足取りは早くなっていた。
「単に自意識過剰になってるだけだと思う?」
羽田が昭人に尋ねて来る。昭人はそうだと答えてやりたかった。確かに、単に羽田が付けられている感じがするというだけで、確証があるわけではない。それでも先ほどから胸には濃い霧がかかっているかのような漠とした不安が広がっていた。しかし、そんなことがありえるのだろうか。いかに、自分たちの身の回りで起きた事件であったとしても、それが自分自身に降りかかることなど。
昭人は立ち止まる。羽田は急に止まることなどできずに、一歩二歩踏み出し、ようやく立ち止まった。羽田は昭人を非難するような目で睨み付ける。しかし、昭人はそんなものには気が付かないと言わんばかりに羽田を無視し、自分たちが通ってきた道へと振り返った。
「交番なり、近くの家なりに駆けこもう。別に後で私の勘違いだったってことでも全然いいからさ」
羽田の言葉には確かに一理あった。それでも昭人は彼女の声が聞こえていないかのように、自分が歩いてきた道を戻り始めた。昭人の腕が羽田の手から滑り抜ける。後ろの方で羽田が昭人を呼び戻そうとする声が聞こえてくる。それでも昭人は歩みを止めようとしない。昭人はそっと耳を澄ました。羽田の声と自分の乱れた呼吸の音に覆いかぶさるようにして、かつっかつっという足音が聞こえてくる。しかし、それは昭人が進んでいく方向から聞こえてくるものではなく、昭人の頭の中で、昭人自身が作り出していた音だった。
殺人犯なんていない。まやかしだ。昭人は自分に言い聞かせる。そうすればそうするだけ、頭の中の足音が大きくなっていく。それでも昭人は立ち止まろうとはしなかったし、立ち止まるという考えそのものを忘れてしまっていた。先ほど通ったばかりの十字路に差し掛かる。足音に混じり、どこかで誰かがすすり泣く声が頭の中に再生され始める。殺人犯なんていない。あんなものは初めから存在しなかったんだ。昭人の頭の中に一瞬だけ、白い火花が散る。そして、それに閃光に促されるまま、さらに足を前に踏み出した。
「田辺!!」