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突き刺すような冷たい言葉に滝川の表情は一瞬で険しくなる。滝川はきっと声の主を睨み付ける。滝川にそのように鋭い敵意を向けられてもなお、注意した張本人、羽田香織は顔色一つ変えないまま、黙々と小道具の色付けを行っていた。
皮肉を言われ、プライドを傷つけられた滝川は羽田に食って掛かろうとする。しかし、昭人が「羽田の言うことにも一理あるだろ」となだめすかすと、滝川は不満そうな表情を浮かべながらも、羽田につっかかるような真似はしなかった。それでも、そのままこの場に留まることは嫌だったのか、おもむろに立ちあがり、作業を放り出して別のグループの元へと歩いて行った。昭人は羽田の方を見る。羽田はまるで何もなかったかのように淡々と作業を続けている。昭人も彼女にならい、自分の作業へと戻った。
静かになった教室で昭人は黙々と作業を続けた。作業に一区切りついたところでふと昭人が窓を見ると、外はすっかり暗くなっていた。周りを見ると、教室に残っているのは昭人と羽田を含めた数人だけだった。残っていたクラスメイトもちょうど同じタイミングで顔を上げたため、昭人と目が合う。そして、「さすがにそろそろ帰るか」とクラスメイトが提案し、片付けにかかる。羽田も昭人たちと同じように片付けを行い、みんなでそろって教室を後にする。
冬も近づき、日が暮れるのも早い。中心街からは離れた住宅街であるため、まだ七時すぎであるにもかかわらず、人通りは少ない。最後まで残っていた他のクラスメイトと別れ、昭人は羽田と二人っきりで帰路に着く。同じ校区に住むため帰る方向が同じだったからだ。
「注意するにしてもさ、もうちょっと言い方ってもんがあるんじゃないか?」
帰り道、昭人は羽田にそう切り出す。羽田は昭人の注意に露骨に嫌な顔をする。
「なんで田辺にそんなこと言われなきゃいけないの?」
「なんでって………そりゃ見てられないからだよ」
小学校時代からの腐れ縁ではあったものの、昭人と羽田はそこまで仲がいいというわけでもなかった。こうやって帰り道に二人っきりで歩くのも、知り合って以来初めての経験だった。
「私が誰になんと言おうが、田辺には関係なくない?」
「関係なくはないだろ。そのまま放っておいたら、ますます空気が悪くなるし。それに、なんでそんな突っかかってくんだよ?」
「は? 別に突っかかってないし」
羽田はそういうと、昭人を睨み付ける。辺りが暗くなっているからか、羽田の茶色い瞳が一瞬、猫のように鋭く瞬いた。昭人はその眼光に思わず気後れしてしまう。