一握りの勇気と抱えきれない恥
祖母から渡された弁当を鞄に詰め込み、この辺りでは珍しい和風の造りの家を出た。
季節は新学期、すぐ近くでは同じ学校の制服の女子たちがはしゃいでたり、男女が手をつないで歩いていたり…本当にイライラするなぁ。
「なにあの人…なんか怖い…」
「お母さーんあれなに?」
「見たら駄目よ目が腐るから」
周囲の目が痛い…ついでに腹も痛い…
もうさっさと学園に行こう、そして日が暮れるまで一人で本を漁ってよう、そのまま孤独死しよう。そう孤独死覚悟を決めかけた瞬間頭に衝撃が走る、ぼんやりと頭の中に映し出されたそれは一瞬で彼の決意を破り現実へ引き戻す。
どこだ!?これはいつ起こる!?あれは俺で救えるのか!?
いくつもいくつも考えた結果彼は見つけた頭を走った衝撃の原因を。
「ちょっと良いですか?」
そう言いながらこの世界ではメジャーな種族ケットシーの女性にさっきした覚悟以上の覚悟をして声をかける
「あらそんなに息を切らせてどうしたの?」
さっきまであれだけ目立ってたからか声をかけただけで全員の目が珍しいものを見る目だ、もしくは道端のゴミを見る目だ。
「どーしたの?何も用がないなら行くよ?」
「えっと…その…」
一言発するたびに周りの視線が重くなっていく、もう押し潰されそうな気分だ…だけどここで諦めたら大切な何かが壊れてしまうことを感じた。
「この辺は竜車や馬車がよく通るので気をつけた方がいいですよ…」
少年の言葉にこの場が凍りつく、少年が気付いた時にはもう周りの目は珍しいものを見る目から敗者を見る目にシフトチェンジしていた。
「じゃ、じゃあ僕はこれで」
少年が去った後には少年の奇行についての恐怖の共有と罵詈雑言だった。
「なかなか面白いじゃん今の子!」
そう喜びながら自分の学園と同じことをやり喜ぶ希望を見る少女がそこにはいた。
「とても勇気に溢れた少年だね」
そう喜びながら路地裏に消えていったフードの男がそこにいた。
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「あああああ、もう駄目だー生きてけないー」
あの後目に止まらない速さで脱兎のごとく逃げ出した彼はハイリトゥーム王国学園1のB組にいた。
「そ、そんなこと言わないでくださいディスペア君にもこれからいいことがあります」
今も落ち込んでいるロークを慰めているのは数日前に知り合ったエルフ、リーズ=コンシアン
少し垂れた眼に金髪、そしてエルフ特有の横に長い耳、そして何より全てを許容する性格、
小さい頃から常に孤立してきたロークにとってはまさに女神のような女性である。
「それで…なんでそんなことを言ったんですか?」
「…ただ竜車の通りが多かったから注意しただけだよ」
「嘘ですよね」
一瞬でバレてしまった。
どうやら俺はポーカーフェイスは子供の時以上に駄目になってるようだ。
「無理にとは言いません、でも…いつか話せる時が来たら話してくださいね」
「だから、嘘なんかついてねーよ…」
たった数日前に初めて会ったいわゆる赤の他人みたいな奴にここまで親身になってくれる人に嘘以外の言葉を吐けない自分をとても情けないと思った。
そんなことが頭をよぎると同時に始業のベルが鳴り響いた。
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それは二時間目の終わりを告げるベルが鳴った瞬間だった。
「パンパカパーン!私とーじょー!」
三人用のファンファーレをたった一人で奏でる白髪の少女が乱入してきたのだ。
「ホープちゃんどうしたのこんな時間に!?」
「いやーちょっと寄り道してたらこんな時間にねー」
一番後ろの席からも聞こえる大きな声に軽く嫌悪感を覚える。
「リーズ、あれ誰か知ってるか」
「カプリースさんのことですか?」
カプリースサン
駄目だ喉元まで出かかっているのにあと一つ思い出せない。
「ほら、自己紹介の時にすごいこと言ってた人ですよ」
そうだ、確かまだ俺がリーズと会って本当に間もない頃新学期特有の自己紹介の時に
『夢は世界を変えることです』とか輝いた目でほざいてた奴だ。
「珍しいですね。ディスペア君が人に興味を持つなんて」
白髪の少女に目を奪われてたロークを見ていたリーズはまるで聖母のように笑いかける。
「まぁ俺と対極の位置を生きてるあいつと関わるわけがないんだけどな」
「そんなこと言わないでよ、悲しくなるよ」
その声は自分の頭上から聞こえた。そちらを向くと隣の机の上で仁王立ちを決めているホープ=カプリースがいた。
「ローク=ディスペア!私と一緒に…」
「パンツ見えてるぞ」
「ひゃん!」
持っていた紙袋の遠心力と落下エネルギーをフルに使って頭上から殴られた。
「きゃぁぁ!?ディスペア君!?」
遠くからリーズの声が聞こえてくる、
______今日だけでどんだけひどい眼あってんだよ______
自分で自分にツッコミながら目を閉じた。