〜プロローグ〜 絶望の始まり
絶望
希望を全く失うこと。望みが絶えること。
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その日は唐突に訪れた。
ただ普通に祖母に作ってもらった桐の弁当箱から白米を取り出そうとした時だった、
廊下のほうから硝子を引っ掻いたような音と肉を断つ鈍い音が同時に聞こえたのは。
その音と共に『クラスメイト』と呼ぶべき者たちが巣穴を壊された蟻のように騒ぎ始めた、ある者は驚き、ある者は教室を出て行き、ある者はまだ状況を理解できずに狼狽えている。
またある者は桐の弁当箱から祖母が漬けている漬物の食感を楽しんでいた。
–––––あぁ…またこれか–––––
一度弁当箱を閉じると、怯える『クラスメイト』を脇目に教室を後にした。
教室から出て最初に感じたのは異臭だった。
硫黄のような卵が腐ったような匂いではなく
火属性魔法の失敗の際の煙のような匂いでなく
肉食獣が好む流血の匂い––––––––––
少し歩くと男子生徒が壁にもたれかかっていた
否、息もしないでもたれかかっていた。
見事に心臓のみをえぐられていて胸のあたりにしか血が付いていない。そういえば全く悲鳴が聞こえなくなっていた、きっと彼のように悲鳴をあげる暇もなく殺されたんだろう。
–––––なぜこうなったんだろう–––––
血の匂いと無数の死体を通り抜けた先には大男と少女がいた。
大男の方は黒い服に黒いズボンに顔全体を覆い隠す仮面をしていて顔が判らないが服の上からでもわかる筋肉量だ、少女は薄い金髪に学園指定の制服を着ていて一目で学園生であることがわかる。
自分は恋愛に歳の差は関係無いと思っている、こんなところでいちゃいちゃしてても決して文句は言わないそう、大男が右手で少女の胸を貫くなんてことをしていなければ俺はこの大男を蹴ることなんてないのだ。
「『ガスト』」
覚えている最速の風魔法を脚に纏わせて男の顔をめがけて視認すらできない蹴りを入れる。しかし風の魔力を纏った脚は男の顔に届かなかった。
少女の心臓を掴んでる右手とは違う左手で殴られた、そのままろくに受け身もとれずに落下する、脳からアドレナリンが放出されているのがわかる、
後ろで大きな落下音が聞こえた、そちらを向くと少し前まで自分の右足だったものが見える。
–––––そうか…これが–––––
少女の方に目を移すと何か口を動かしているのがわかった。
だが、もう俺が話を聞けるような余力は無いし、彼女が俺に声を届ける時間もない。
–––––これが絶望か–––––
薄れゆく意識の中そんなことを思いながら闇に沈んでいった。