花は咲ら…君は美し
「陛下っ…陛下ぁ〜っゔぅ〜くそっ…久々やられたっ」
華やかな謁見の間の裏、100m走ができそうな廊下に響き渡る秘書官 カール・コンラート子爵の声。
カーテンの裏や花器の下、明らかに居るはずのない窓の外枠を探しながら叫ぶ。
「これからあの変人を俺一人で相手させる気かよっ…くそっ…あぁーゔぅー誰か陛下連れてこいっ」
怒っている…怒っているようだが、それ以上に焦りと悲愴感を伺わせる様子に、見かけた侍女や政務官は皆、目を合わさずそそくさとその場を退散する。
「あぁ〜これはこれはコンラート子爵!お久しぶりでございます。しばらくお会いしない間にまたお美しくなられましたなぁ〜。ふぅ〜」
叫ぶ気力より、イラつきが勝りその場で行き場のない怒りの拳を震わせていたところ、後ろから気配を消しつつ、掛けられた声にビクッと振り返ろうとしたカールの耳に生温かい息が…
「⁈っぅ@#&〜⁈っウェっ、ウェラー卿っ⁈」
「はい、コンラート子爵。謁見の間でお待ちしていたのですが、なかなか面白そうな予感がしまして…ちょっと本能に素直になってみました」
アーネスト・ウェラー辺境伯は肩までの髪を上品にまとめ、武術に秀でているとは思えない爽やかで細身の色気を無駄にふり巻きつつ、笑顔で答えた。
「ウェラー卿っ‼︎毎回毎回っ、耳に息を吹きかけるなどやめていただきたいっ‼︎有事以外、気配も消さないでください‼︎」
猫の威嚇のように、しかし冷静さを装って答えた声が、思いもよらず早口になっていることに気づいていないカールだが、その様子がアーネストにとっては至極満足するものだったらしい。
「申し訳ない。コンラート殿にお会いできると思うと…抑えきれない衝動が「抑えてくださいっ」あははは〜お元気そうで何よりです。ところで、陛下はどちらに?」
「っあっへっ陛下は、別件で急に謁見がはいってしまいましてっ」
先程までの勢い…威嚇が嘘のように焦りつつ誤魔化した顔になってしまった。
「それは残念…王妃様に、我が妻から新作の香水を預かっておりましたので…陛下で遊ゴホっ失礼。陛下に直接お渡ししたかったのですが…」
「あぁっ私がお渡し致しますよっ?へっ陛下も王妃様もお喜びになるでしょう。ウェラー卿たっ立ち話もなんですし、こちらの部屋へ…王妃様から新作の茶葉をお預かりしておりますので…」
「お気遣いありがとうございます。妻も王妃様のハーブティーを毎回楽しみにしておりますので…毎回土産話に陛下とコンラート殿の慌てぶゴホゴホっ失礼。お元気な様子を肩を震わせゴッホン、キラキラした目で急かしてくるので妬いてしまいます」
やれやれと言った様子に、怒りを抑えるのに必死なカール。
「ウェラー卿っどうぞこちらです」
精一杯の笑顔で部屋に通すが目が笑っていない。
アーネストにとっては面白くて楽しくてしかたがないのだが…
辺境伯アーネスト・ウェラーは執務や領地経営、有事の際には基本真面目、優秀なので早く本題に入って欲しい。
〜くそっあいつっ…後で覚えてろよっっあぁーくそっ〜
カール・コンラート子爵。実家は公爵…オレ公爵継ぐ前にハゲんじゃねーかなぁ…が悩みの28歳。妻子持ちであった…。
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【離宮庭園】
王宮には数々の庭園が存在する。
大きいものは1つしかないが、小さな庭園がいくつも存在し、季節を感じさせるとともに憩いの場となっている。
離宮庭園は大きくはないものの、王家一家と限られたものしか入れない場であり明るくもひっそりとしていた。
「やはり、今日咲き始めたか…」
王自ら手折ったのは、丸みを帯びた花びらがかわいらしい薄いピンク色のチューリップ。
「やはり、植えておいて良かったな…」
小さな囁きは誰にも聞こえはしないが、その柔らかい表情に誰を想っているかは遠くからでもわかる。
「王妃は部屋で大人しくしているかな?」
くっくっと笑いながら王妃宮へと足を向ける。
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「王妃様っお待ちくださいっ」
「ローズ様っ危のうございますっあぁっそんなパタパタと…あぁおやめください」
「ローズ様、お散歩でしたら転ばれないよう、丈が短いものにしましょう」
あたふたする侍女2人リサ、リルに対し、明らかに落ち着いている少々つり目の女官アリアは締め付けの少ないワンピースを見せた。
「リサ、リル大丈夫〜まだ産まれないわ〜アリアったらさすがね〜それ採用!すぐ着替えるわっ」
「「ローズ様〜」」
「母上〜落ち着いてください。ゆっくりでも晩餐まではたくさん時間がありますよ〜」
茶色いちょっと癖のある髪がひょこっとかわいらしいが4歳にしては冷静だ。
「ルーったら賢い!かわいいっ‼︎でもルーと早く遊びたいんだもの〜早く外に行きたいんだもの〜」
「ローズ様、こちらに。ルードヴィッヒ殿下ははどうぞお座りください。リサ、リル、殿下にお茶を」
「 「はーい」」
「母上、こちらでお待ちしていますね」
コンコンっという音とともに声が掛かる。
「王妃様。陛下が起こしになりました」
ピキッっという音が聞こえそうに固まったのは、王妃とリサ、リル。
「どうしましょう〜っなんでわかっちゃったのかしらっ⁈」
「ローズ様っっ陛下がっ‼︎アリアどうしましょう⁈」
「ルードヴィッヒ殿下お隠れになって⁈」
「ローズ様落ち着いてください。バレたら行けませんわ。リサ、リル、落ち着いて。ルードヴィッヒ殿下は隠れなくてよろしいですわ」
「そうねっアリア。いつも平常心でね。ルーもよ?陛下をお通しして」
リサが扉を開けると、暗めの金髪に少し癖のある髪の王ウォルフガング・ツヴァイサーが笑顔で入ってきた。
「やぁ。ローズマリー。なかなか楽しそうな声が聞こえていたね。ルー、今日もマリーに似ていてかわいいね。」
ギクっとピキッが同時に聞こえる空気にそれでも皆、笑顔だから気持ち悪い。
「父上。ごきげんよう。僕は基本父上似です。髪色しか母上には似ていませんよ〜」
「そんなことはないよ。ルーは母上にそっくりさ。例えば楽しいことがあると目がいつもよりよく開くところとか?な」
な、に力が入りすぎっ⁈まさかバレてる⁈
ウォルフガング以外の笑顔が引きつったのを楽しそうに見て追い討ちをかける。
「ねぇ。マリー?今日は天気がとてもいいよね?私がこんな晴天の中、執務をしているのに、まさかルーと遊びになんて行かないよね?」
もう…王の後ろにブリザードが見える王妃たち…
「さすが陛下でございます。その通りです。ローズ様はこれから庭にお散歩に「きゃーきゃーアリア言わないで〜」」
……。
……。
「ローズマリー。君はもうすぐ臨月なんだよ?侍女たちを困らせたり心配させてはいけないよ。もちろん私も心配している」
しょぼんという様子でローズマリーは「ごめんなさい」と弱弱しく呟いた。
「仕方ないなぁ。ほらルーも元気を出して。今日は君たちがきっと散歩したいと言い出すだろうと思って、カールにお願いして執務を休んだんだ。」
「よろしいのですか⁈陛下⁈わぁルーお父様も一緒よ?おやつも用意しましょ?」
「母上。料理長におやつはパイにしてって言ってあるので持っていけますよ〜」
「まぁ‼︎さすがルーね‼︎抜かりないわ〜陛下も好きなレモンパイだといいわね〜」
「ね〜」と2人できゃっきゃしながら計画を立てている。
「でもローズマリー。勝手な行動はいけない。君は王妃なのだから。どうしても行きたいなら私に言って?ね?」
再びしょぼんと肩を落とすローズマリーにくすっと笑いながら目の前にサッと差し出した。
「マリー。わかってくれればいいんだよ?君が外に出たいっていうと思って手折ってきたんだ」
「わぁっ‼︎ピンクダイヤモンド‼︎私の好きな花を覚えていてくださったのですね⁈」
花が開いたような笑顔を向け、喜ぶ姿は少女のようだ。
「花びらがわずかに開いて…まるで「妖精のドレスみたい」⁈」
クスクス
「君が昔からよく言っていたじゃないか。」
「もう。陛下には敵いませんわ〜」
「でも、カールを囮にして執務をお休みしたのを私も知っていますのよ?今日はあなたたちが苦手な、ウェラー辺境伯がいらっしゃる日だもの」
「ね?アリア」
「はい。そのように聞いております。カールも今日散々嫌だ嫌だ行きたくないとうるさかったですから」
「陛下?逃げていらっしゃったのでしょう?これで今日はおあいこですわ。」
「う〜ん。ウェラーはちょっと苦手でね…遊ばれてる感がね。アリアごめんね?君の旦那さんを囮にして」
「いいえ。陛下。自宅で私が甘やかしますから大丈夫ですわ」
アリアの黒い微笑みが一番怖い‼︎
「じゃマリー。ルー行こうか?離宮庭園にしよう。ここから近いし…ピンクダイヤモンドをたくさん植えてもらってるんだ。」
「皆も一緒にピクニックとしよう」
ツヴァイサー王家のほのぼのした春は過ぎて行く。
王妃の間のチェストにはかわいらしいピンク色の花が微笑んだ。
はじめて書いたので読みにくくて申し訳ないです。
陛下は27歳で、王妃は25歳です。