君のいない街
君のいる街。僕はこの街が好きだった。理由は簡単。"君がいるから"
君がこの世から離れてはや5年。僕はこの5年の間に少しでも君に近づけただろうか。君に見合う男なれただろうか。
中学からの同級生で何かと一緒に帰ったり、一緒にいることが多かった。
それはごく自然なことで、彼女と僕は互いに惹かれあい、付き合うことになった。
いろいろな経験もしたし、いろんな思い出がある。君といることで僕は変わっていったと感じている。
さて。ここからが本当の物語の始まり。
付き合い始めて2年目の春、彼女は元々患っていた持病が悪化して入院したんだ。彼女はいくらつらくても僕に弱音を吐いたりしなかった。
僕がいつも通りお見舞いに行くと、彼女がひとり病室の中で静かに涙を流していた。
僕は何もすることが出来なかった。
「来たよ、京子」
「いつもいつもごめんね、たっくん」
彼女は目尻を赤くし、少し鼻水が詰まっているようにも感じた。
「いいよいいよ、僕が会いたいだけだし。それより、ケーキ買ってきたよ、一緒に食べよう」
「太っちゃうよ-、そんなにケーキ食べてたら」
「大丈夫!京子なら平気だよ」
「なにそれー」
日に日に細くなっていく彼女のことが見ていられなくなり、何日か会いに行けなかったこともあった。それでも目を背けちゃいけないと思い、こうして病室に毎日通っている。
「学校はどう?たっくんちゃんとやってる?私がいないからって浮気とかしてないでしょうね-?」
「してるわけないじゃないか。僕には京子しかいないよ。学校はみんな元気だよ」
「ならいいけどねー」
彼女はここ数ヶ月の間にとても心配性になってしまったみたいだ。
「あのね、もうお見舞い来ないで」
ある日、いつも通り会いに行くと、彼女は静かにそう言い放った。
「え、どうして」
「もうこんな惨めな姿見られたくないの。だから来ないで」
「また悪化したの?」
僕がそう言うと彼女は泣き崩れてしまった。彼女の癖で、つらい時ほどただただ涙を流し、静かに泣くのだった。
「僕は京子が良くなって、退院するまでお見舞いはくるっていったでしょ。大丈夫、京子は必ず良くなるよ」
「……」
それからの毎日、彼女は僕が病室に行くたび泣いてしまった。主治医に余命は長くて半年だといわれてしまったらしい。
「まだ生きたいよ。たっくんともっと一緒にいたいもん。学校だって行きたい。やってないことたくさんあるもの。でもそんなわがまま無理だよね」
その時の彼女の顔は一生忘れることはないだろう。夕日に照らされ、彼女の頬をひとつ雫が伝い、切ない表情で僕のことを見てきた。
「僕は君に少しは追いつくことが出来たかな」
「いきなりどうしたの?」
彼女は僕と付き合う前に「君はまだ私に見合う男じゃないけど、私が育ててあげる」と必死に照れ隠しをしていた。
「なんでもないよ」
「私ね、この街が大好き」
「そっちこそいきなりどうしたのさ」
「だってね、たっくんがいるから。それにこんなに思い出が沢山な街、嫌いになれるわけ無いの。たっくんはこの街が好き?」
このとき僕の心の中では彼女を完治させることが出来ない病院ばかりがあるこんな街…。と思う気持ちと彼女がいるだけで良いじゃないか、それ以上の幸せはないのではないか。という気持ちも確かにあった。
「そうだね、嫌いじゃないかな」
「そう、よかった」
「どうして?」
彼女は優しく微笑み、こう言った。
「私がいなくなった後、たっくんがこの街のこと嫌いになっちゃったら、思い出とか、一緒に過ごした時間のことも嫌いになっちゃうのかなって思ったから。それに、この街で一緒に過ごせてよかったから。最初にたっくんと一緒に行った映画館も、中学の時の登下校の道も、高校での登下校の道も、全部私にとっては宝物で、かけがえのない思い出だから」
どうして彼女はいつも僕の心を温かくしてくれるんだろう。どうして彼女は僕の涙腺を刺激するのだろう。
「泣かないで、お願い」
「泣いてなんか無いよ」
「泣いてるじゃん」
「泣いてないよ」
「嘘つき」
「ははは」
僕は笑ってごまかすことしかできなかった。
好きな子が日に日に細くなってしまい、弱々しくなることがこんなにもつらいことだったなんて。
いつ訪れるかも分からない彼女との別れ。いつ来たっておかしくない時期にまで来てるんだ。余命半年と言われたあの日から既に8ヶ月が経っていた。
それから3日後、彼女は静かに息を引き取った。相変わらず最後の最後までこれといった弱音を吐くことはなかった。彼女からの解答は無かったが、僕はひたすら彼女が一人で涙を流すことがないようにと祈った。
そして現在、僕は彼女のお墓の前で手を合わせている。
「僕はこの5年の間に少しでも君に近づけただろうか。君に見合う男なれただろうか。どうかな」
もちろん返事などはなかった。空耳でも聞こえないだろうかと思っていたが、それも叶わずだ。
「今年で22だね。もう5年が経つなんて信じられないよ。君だってそうだろう?僕がそっちに行くのにはまだまだ時間が掛かりそうだけど、遠距離恋愛だと思って待っててよ。僕だっていつか必ずそっちに行くはずだからね」
僕はもう一度手を合わせ、立ち上がった。
僕はこの街がやっぱり好きだ。京子との思い出がたくさんあるこの街がとても好きだ。
日々移ろいゆく景色の中に君の姿を探して。
「ありがとう、京子」
…FIN…
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
この話はこれまでの作風とちょっと変えて、しっとりとした感じで読めるようにしました。