07、週の終わり
目が覚めるとそこは白い清潔なベッドだった。左右にもベットが並んでおり、病院の大部屋や学校の保健室を思いださせる。頭側に窓があるがカーテンが引かれており、外からの明かりが入ってこないことを考えるとどうやら今は夜のようだ。
ゆっくりと体を起こすと薄暗い室内で唯一明かりのついた机にいた人物がこちらを振り向いた。
「あ、目が覚めたみたいですね」
そこにいたのは昨日受付をしていた女性、サヤさんだった。制服をピシッと着こなしていた昨日に比べて幾分ラフな格好をしており、金髪を頭の後ろでまとめて眼鏡をかけているので、一瞬誰だか分らなかった。
「私しかいなくてゴメンネ。ギルドに運び込まれてしばらくはアサちゃんとセリちゃんも待っていたんだけど、もう夜中だしね」
申し訳なさそうに言うサヤさんが状況を説明してくれた。俺は気絶したままカイラスの冒険者ギルドにある医務室に運び込まれたようだ。そしてちょうど夜勤だったサヤさんが様子を見てくれていたらしい。
「新人初日にして上級アンデットに遭遇するとは不運でしたね。気分が悪かったりはしないかな? ……大丈夫? それなら問題ないと思いますが、特に神官の方は瘴気にあてられやすいから、しばらくは気をつけてくださいね」
瘴気というのは要するにアンデットなどを生み出す悪意に満ちた場所にある魔力のことだ。普段から魔力をその体に取りこんでいる魔法使いや神官は取りこんだ魔力に溜まっている悪意などの影響を受けて体調を崩すことがあり、今回の俺の気絶もそのたぐいだと思われたんだろう。
「ずいぶん休んでしまったようで、ありがとうございます」
「いえいえ、その為の施設だから気にしないで」
「それで俺が気絶していた間のことなんですが……」
「うん、それじゃあちょっと説明しちゃおうか」
サヤさんによると、ジャックが引いた後、残された皆は気絶している俺達を抱えて即座に撤退してきたらしい。上手いこと帰り道のアンデットたちはほぼ倒していたので、お荷物があっても何とかなったとのこと。
馬車の停車場に常駐している冒険者ギルド職員に状況を伝えた後、セシル達はカイラスの剣の戦団本部へ向かい、俺はアーサーとセリーヌによってギルドの医務室に運び込まれ検査を受けたが特に問題は無かったのでここで休まされていた。サヤさんは元百花所属の冒険者だったらしく、アーサーとセリーヌに頼まれて俺の様子を見ていたとのこと。
なお、報告を受けた冒険者ギルドによって腐食の沼地一帯は危険地域に指定された。上級以上のモンスターが出る地域は危険地域とされ、立ち入るには申請が必要になる。今回は普段新人の冒険者も立ち入る場所な為、早ければ明日にも討伐隊が組まれるだろうとサヤさんは予想している。
「たぶんですが、もうあそこには居ないと思います」
「え? どうして?」
「いえ、ただの感なんですが……」
そう、ジャックはもうこの辺りにはいないだろうと妙な確信があった。いつか再び出会うことになるだろうが、それはまだまだ先になるだろう。
カイラスに来て早々、厭な因縁が出来たと思う。神の加護をもつアンデットなんてアリなのか? など疑問もつきないが、そのあたりは追々調べてみれば良いだろう。
「ふうん? まあ、それならそれで居ないのを確認しないと危険地帯の指定を解くことも出来ないから、どちらにしろ討伐隊は派遣されると思うわ。……セリちゃんによるとリーンさんはかなり優秀な神官さんらしいし、討伐隊に加わってくれると助かるんだけど、どうかしら?」
「……その討伐隊って来週期とかじゃないですよね?
「ええ、明日か明後日になると思うけど」
「だと難しいですね、色々あって俺が冒険者を出来るのは週末の二日だけなんです」
この世界の暦は火の日、水の日、木の日、金の日、土の日、太陽の日、月の日の7日で1周期、52周期と神の日が一日の合計365日で一年となっている。なんというか俺みたいなのからすると色々と便利だ。ちなみに俺がカイラスに入った日は太陽の日だった。そこから二日たったとすると今日は火の日だ。
「へ? それじゃあ、その他の日はどうするの?」
「街を出て外で神官としての修行です」
「……聞いたことない修行ね」
そりゃあ嘘ではないにしろ、ほとんど方便なので聞いたことないだろう。心の中で頭を下げて謝っておく。
「……それはどうしても必要なことなの?」
「はい、ってそういえば今何時なんでしょう?」
「えっとそろそろ日が昇る頃だから5刻は過ぎてるかしら」
5刻、つまり5時か? ベットを降りカーテンを開けるとそろそろ東の空が明けてきている。うーむ、時計を持ってきてないからあれだけどそむしろろそろ6時なる頃だろうか? ちょっと急がないとまずいかもしれない。
「えっと、そうすると次の太陽の日にはまたカイラスに来るのかしら?」
「ええ、そのつもりです。なのでこれからよろしくお願いしますね」
数少ない荷物を確認していると本当にこのまま出ていくと感じたのだろう、あせったようにサヤさんが確認してきた。
「せめてアサちゃんたちが来るまで待てないかしら」
「あー、すみません。ちょっと急がないとまずいっぽくて」
そう、急がないと学校に遅れてしまう。
「というわけで、失礼しますね。ずっと看ていてくれてありがとうございます。お礼はまた来週期に、アーサーとセリーヌ、セシルさんにもよろしく言っておいてください」
そう言って俺はサヤさんに頭を下げると医療室を出た。転移にちょうど良い場所は来た日に見つけておいたので、街を出てさっさとそこに向かうつもりだ。
冒険者初日から色々と事件が起きた。良いこと悪いこと色々あったが結果的に死ぬこともなく無事に冒険者としてデビュー出来たのでまあ上々だろう。
色々あった出来ごとを思い出しながら、冒険者リーンから学生の鈴木りんへと戻る為に俺は走り出した。