05、カボチャのジャック
たしかギルバートとか呼ばれていたゴーストに乗っ取られた男がこちらを振り向いたが、こちらに向かってくるにはまだ猶予がある。この際それは無視して神へ祈りをささげた。狙いは倒れている男を中心とした範囲だ。
「彼らに癒しを、ヒール・スフィア」
範囲回復系神希魔法ヒール・スフィアによって光のクリスタルが男達を覆うように現れると、そこかしこに出来ていた傷が完全にではないが癒え、男達がやっと俺達に気がついた。
さらに毎度お馴染みのファイアアローが2発飛び、ゾンビドックの一匹が燃え尽きる。
「あ、お前らはっ」
「なんでお前らが」
「ありがとう、助かった!」
反応は二つに分かれた。3人の中で唯一見覚えのない赤毛の男が礼を言う。どうやらマトモな奴が混ざっていたようでなによりだ。
「そんなことより、状況を教えて!」
セリーヌが怒鳴るが返事が返ってくる前にギルバートがこちらに突っ込んできた。神希魔法はアンデットにとって天敵だ。ある程度知能があるアンデットは神希魔法使いを狙って攻撃してくる傾向がある。つまり狙いは俺だろう。こちらからも迎え撃つべく前に出ると勢いのままに長剣を振りおろしてきた。
思っていたよりもその斬撃が鋭かったので多少驚いたが、マントの端をもった左腕で払い受けるとマントの表面を滑り長剣は地面を叩いた。サファイアスネークの表皮を使ったこのマントには高度な防御魔法が付与されており、今のように剣を滑らせるように使えば盾の変わりにもなるし、なんなら下級魔法くらいならば同じように防御することも出来る。マントの端には特性の握りを付けてあり、より扱い安いように工夫もしていた。
「ギルがゴーストに捕まっているんだ!」
男の返事は逸らされた剣の勢いに寄って一瞬動きの止まったギルバートのその顎を右拳で打ち抜くのと同時だった、正気を失い血走った目がそれでも揺れるのが見えた。ゴーストは憑依した肉体を自由に操ることが出来るが、肉体の持ち主が研鑽してきた技術を完全に使いこなせるわけではないし、肉体の限界を超えることも出来ない。先ほどのギルバートの一撃は一流と言ってよいだけの技術の片鱗を感じさせはしたが、その攻めは単調で肉体の能力に操る技術が追いついていないので、対処は容易かった。
「セリーヌ、追い出した後は頼んだ!」
それでも気絶させなければならないとなれば苦労もするのだろうが、俺には他の手がある。ギルバートの左手首を取り持ち上げ、脇の下を潜るとすれ違いざまに膝の裏を踏みつけた。ラージャへの祈りを捧げつつ、思わず膝をついたギルバードの後ろ頭を鷲掴みにする。
「悪霊よ、この男から去れ! ターン・アンデット」
解呪系神希魔法ターン・アンデット。弱点である神聖属性の魔力でアンデットを強制的に追い散らす魔法だが、人の肉体に入り込んでいる場合は肉体の中に隠れてしまう為追い出す人物に直接触れ、その肉体に魔力を流し込む必要がある。普通は魔法を使うのならそれなりの集中をすることが必要で、移動しながらの発動でもそれなりの熟練を必要とする。ましてや白兵戦をしながらの発動などかなり難しいのだが、1人での行動を念頭において鍛錬を行ったきた俺にはこの程度の魔法ならば問題なく発動できる。俺の手から放たれた魔力がギルバートの体に入り込んでいくと耳障りな悲鳴を上げながら白い影がギルバートの肉体に重なりそして離れた。
「光よ撃ち抜け、エネルギーストライク!」
苦しんでいるのか次の標的を探す為なのか、激しく明滅するその白い影をセリーヌの放った魔力の光線が貫いた。俺が知らない魔法だが、ゴーストを一撃で倒すとなるとおそらくは中級以上の純魔力攻撃魔法だろう。ゴーストは断末魔の叫びを残し消え去った。
「ごめん、ちょっと遅れた」
地面に倒れこむギルバードが生きていることを確認したところにアーサーが戻ってきた。こうなれば数の上でもこちらが優勢だ。ありがたいことに敵は下級アンデットのみ。元々倒れていた男とギルバートと2人を守りながらなのでそれなりに苦労はしたが大きな傷を負うこともなく、残りの敵を倒すことが出来た。
「本当に助かったよ。私は戦団『カイラスの剣』のセシルだ。……どうやらギルも無事なようだな」
戦闘も終わり怪我人の治療をしていると、相変わらず気絶したままのギルバードの無事を確かめた男は安心したらしく笑みを浮かべた。
「ギルバートとそこの2人だけならともかく、セシルさんがいてこんな状況は珍しいですね?」
アーサーの何気ない質問に倒れていた男の介抱をしていた2人が顔をしかめた。言い返したいのだが、状況的にそれをするとあまりに情けないので言えないのだろう。そしてセシルは表情を引き締めた。厳しい視線を渓谷の奥に向ける。
「下級アンデットだけならこんなことにはならないさ。もっと大物が奥がいるんだ」
セシルは年齢20前後だろうか? ギルバートたちとさほど変わらないように見えるが、彼らよりもよほど知性を感じさせる独特の落ち着いた雰囲気を持っていた。やわらかな話し言葉と相まって冒険者というよりは騎士だと言われた方がしっくりくるだろう。
だが、今はその雰囲気が厳しいものに変わっていた。むしろ、何かを恐れているように思える。
「大物?」
「中級魔法を操り先に神官を仕留めると、ギルバートの隙をついてゴーストに乗っ取らせた……カボチャ頭のアンデットだ」
倒れていた神官は、胸が陥没するほど強い衝撃を受けたようでよく生きていたと驚くくらいの重傷だった。魔法で怪我は治したが気絶から覚めはしなかった。目覚めた後も十分な休息が必要だろう。
「カボチャ頭ていうと、ジャック・ランタン? 確かに中級アンデットですが、セシルさんとギルバートが揃っていて勝てない相手ですか?」
特徴から相手の正体を推察してセリーヌが言う。博識というか下調べバッチリというか、色々便利な人だ。しかしこの言い分からするとギルバートも腕は立つようだな。いや、さっきの一撃からそれなりなんだろうとは思っていたがね。
「ただのジャック・ランタンならどうにかなったんだけどね、あれはおそらくその上だ」
「その上って……まさか!」
セシルの言葉にセリーヌが驚きの声をあげたその時、俺とアーサーは同時に皆を背にかばうように前に出た。アーサーはおそらくは勘で、俺は……大きな悪意を感じたからだ。
「ほう、そこの男の観察眼もなかなかものですが、神官はともかくお嬢さんまで私に気がつきましたか、素晴らしい」
ウフフフフッ、落ち着いた男の声と低い笑い、さらにパチパチと乾いたはく手の音が周囲に響いた。音の出所がどこなのか分からない。
「ここですよ?」
突然、耳のすぐ後ろから声が聞こえた。背に冷たい汗が吹き出る。急いで振り向いたがそこには誰もいなかった。そして初めに俺が悪意を感じたその場所に、いつの間にか一人の男が立っていた。
「おやおや、どこを見ているのですか?」
黒いタキシードをまとった細見の男だった。いやに手足が長く右手にはステッキを持っている。そして頭部は鮮やかな黄色のカボチャになっており、暗く掘られた目と口の奥からチラチラと青い炎の色が漏れていた。
「……ジャック・プリンス」
セリーヌのささやくような悲鳴が聞こえた。彼女は知識をもって相手の正体に気づいたのだろう。俺も肌に感じる確かな力によって感じさせられた。間違いなく上級の力を持っていた。
思わず舌打ちしたくなった。さすがに上級の相手をするのはまだ早いはずだ。切り札を使わなければならないかもしれない。俺は右手人差し指に嵌めた指輪に意識を向ける。
「ウフフフフッ正解です、お嬢さん。正解の証になにかプレゼントをあげたいのですが……邪魔ですね」
ジャック・プリンスはセリーヌに笑いかけていたが、めんどくさそうに呟き俺を見つめる。急激に空気が張り詰め、誰も声を出すことも出来なかった。そして……。
……。
「ほう、なるほど。どうにかなるとは思いますが、せっかくここまで貯めた力を失うのも面白くありません。ここはご挨拶できたことに満足して引くといたしましょう」
カボチャ頭は優雅に頭を下げた。
「わたくしはジャックと申します。さて、神官殿、貴方のお名前をお聞かせいただけますか?」
「……ラージャ神の神官リーンだ」
愕然としている俺にジャックが聞いてきた。正直に答える必要があったのかどうか分からないが、とっさに嘘はつかないほうが良いと思い、この世界での俺の名を告げるとジャックはうれしそうに笑い、頷いた。
「正直は美徳ですね。これでわれらは友誼を結べました。それではいつかどこかで再び相まみえましょう。……その時には存分に友情を深めましょうぞ」
ふいに何かに掴まれたような感覚があり俺は自分の体を見下ろした。だが、その感覚はほんの一瞬にして消え去る。そして「消えた?」誰かの呟きに顔をあげると、そこにはすでにカボチャ頭は居なかった。