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04、腐食の渓谷

 腐食の沼地を奥へ進むと徐々に渓谷のようになってきた。左右を山に挟まれたその場所は木々も減り遠くまで見渡せるはずなのに、常にうっすらと霧がかり昼間でも薄暗いので、視界はむしろ悪くなっている。所々に深く大きな沼があるものの、そこ以外ならば足元が多少は良くなったのが救いか。


「奥へ行くほど減ってるな」

「うーん、変よね」


 木々の間をぬけてここにくるまでには、さらに5体のゾンビを倒したのに、いざ渓谷に入るとそこにはグールが1体いるだけでその1体も目の前でアーサーが問題なく叩きのめしている。

 グールは下級アンデットのなかではもっとも厄介な相手だと言われている。ゾンビに似ているが比べると動きが速くて力も強い。爪と牙には毒があり、駆け出し冒険者がゾンビと間違って戦い大怪我をしたり、命を落とすことも多いらしい。

 グールはアーサーに殴りかかり、体当たりを仕掛け、とそれなりに早い動きで攻撃をしているのだがアーサーは危なげなくその攻撃をかわし、隙を見ては細剣で攻撃を加えている。死人だけに急所らしい急所もなく首をおとされてもなお動き続けるアンデットは打撃力に劣る細剣との相性はあまり良くないのだが、その細剣はほんのりと白い輝きを宿しており、ニ撃目三撃目と確実にグールにダメージを与え、四撃目でトドメをさしていた。


「いやー、ほんと神希魔法てすごいね! ホーリーウェポンだっけ?」

「ああ、アンデットと悪魔に対してはかなりの威力を発揮するからな。もっともそれ以外には光ってる以外何の意味もないわけだが」

「それでも十分よ。普段はファイアウェポンを使ってるけど倍近く威力が変わってるんじゃない?」

「ほんとほんと、斬るってよりただ当てるだけでも十分に利きそう。なによりファイアウェポンだと匂いがなぁ」

「……気に入らないならニ度とアンタにはかけてあげないわよ」

「いやだなあ、冗談にきまってるでしょ。いつも助かってるよセリーヌ」


 神聖属性付与系神希魔法ホーリーウェポン。火炎属性付与系黒魔法ファイアウェポン。どちらも付与系と呼ばれる人や物の能力を上昇させたり属性を付けくわえたりする魔法だ。今回はアーサーの細剣にホーリーウェポンをかけて神聖属性を付けくわえたことでそれを弱点とするアンデットに対して効果的な武器にした。ちなみに付与魔法は威力の上昇値が使い手に寄らず一定であり、味方にかけるということもあって失敗が少ない。そのため地味ながらも安定して効果を得られる使いやすい魔法だ。

 効果時間も数分~10分程度はもつものが多いので魔力の消費を抑えることも出来、自分にも他者にも使えるのでそこもなかなか便利だったりする。


「まあ、二人の痴話喧嘩はともかく……」

「痴話喧嘩じゃない!」

「なんでこうも敵が少ないんだ?」


 楽しげに言い争う二人だが、ようするにそれだけの余裕があるということだ。周囲のアンデットの気配を探ってもかなり離れた場所にポツリポツリと点在しているのが感じとれるくらいで見える範囲には1体もいない。


「普段からこんなってことはないんだろ?」

「前に来たときはもうちょっといたよ」

「さっきの所でアレだけいたから、もっと多いはずなんだけど。もしかして先を越されたかもしれない?」

「先をっていうと他の冒険者が狩りをして後ってことか」

「ええ、それもこれだけ少ないとなるとほんとにちょっと前に通って行ったんじゃないかな?」


 アンデットモンスターの生まれ方は特殊だ。世界には魔法にも使われる力、魔力が空気と同じようにそこらじゅうに満ちているのだが、それらは一定ではなく特別に魔力の多い場所が存在する。西の大森林は全体的に魔力の多い場所なのだが、その中でもこの腐食の沼地は特別魔力が濃くなっている。そして特別魔力が多い場所で多くの命が奪われると、その怨念が魔力を集めてアンデットとして蘇ってくると言われている。 

 なので怨念が晴れればアンデットが現れることはないはずなのだが、有史以来この地のアンデットがいなくなったことはなく、いまではそもそもの怨念の原因すらわからなくなっている。

 セリーヌによるとこの渓谷ではアンデットを根こそぎに倒したとしても1時間もすれば数体が発生しはじめ、半日もすると元通りになるらしい。通常時では常に視界内にアンデットがいる状態らしく、1体を倒している内にまた1体集まってくるという状況で休む間が取れないので時間を決めて、ある程度したら後退し森の中で休憩をとるのがここでの一般的な戦法になる。


「なるほど、それならほんとにちょっと前に先客がいたってことか」

「そうなるわね、沼地なら広いから見かけてなくても不思議はないけど、渓谷の入り口は狭いわ。すれ違ってないことを考えるとこのまま進んでも狩り残しがいるだけかもしれない」

「こういうときはどうするんだ?」

「広い場所ならともかくこういう狭い所なら先に着いたほうに優先権があるわ。まあ、今日は本格的な狩りに来たわけでもないし、素直に帰りましょうか?」


 すでに十分な戦果は確保しているし、探さないと獲物がいないような状態で無理に狩りをする必要はない。確かにその通りだし、俺としても保護者なしで冒険者としてパーティとして初めての実践を経験出来たことで十分に目的は達成している。それじゃあ、帰ろうかと2人で相談していると、ずっと黙っていたアーサーが手を挙げた。


「あのー、ちょっといい?」

「どうしたの?」

「奥のほうで闘ってる音がするんだけど、男の悲鳴が混じってる」


 そうしてアーサーは渓谷の奥を指差した。……俺にはなにも聞こえないんだが、その表情は真剣だ。セリーヌをうかがうと俺に向かってうなづいた。


「アーサーのこういう感覚は信じて良いわ。集中するとものすごく五感が鋭くなるのよ」

「となると、一応様子を見に行ったほうが良いってことか?」


 アーサーがどうしたいのか聞くと迷いなく頷いた。


「うん、たぶんまずい感じになってる。助けに行かないと全滅するかも」

「なら助けに行こうか」


 こちらもすぐに頷きそちらに向かおうとすると、セリーヌに腕を掴んで留められた。


「ちょっと待った! 状況は分かってるの?」

「やばそうなやつらがいるから助けにいく、それだけだろ」

「そのやばそうなやつらはここにいたグールやスケルトンソルジャーくらいなら全滅させられる実力をもっているのよ? つまり敵は少なくとも中級以上の脅威度のおそらくはアンデット、それも複数いるかもしれない」

「俺の神希魔法が役にたつな」

「命の危険があると言ってるの、わかってる?」

「少なくとも俺達3人が揃ってれば中級に2~3体いても問題ないと思ってるだけだよ」

「そうだよ、早く行かないと手遅れになる!」


 すぐにでも動きたいと思っているのが見て取れるアーサーだが、最終判断はセリーヌに任せているのだろう。その場を動くことはなかった。セリーヌは一瞬眉に皺をよせ考えるそぶりを見せたが即断した。


「わかったわ、助けにいくわよ。ただし、私が引くといったら素直に従うこと、良いわね」

「うん、わかってるよ」

「了解だ」


 中級の脅威度というのは1体を倒すためには一人前の冒険者4~6人のパーティが必要だと言われている相手だが、客観的に見てアーサーもセリーヌも一流と言ってよい腕だと思う。

 ラージャが言っていた「汝の心にさからうことなかれ」ってやつだ。助けられる奴は助ける。危険な異世界に来たからといって自分の信条を曲げる気は俺にはない。

 俺達はアーサーを先導にして走り出した。そして異変はすぐに感じ取れた、僅かな戦いの音はしだいに大きくなり霧の向こうにいくつもの影が見えてきた次の瞬間、アーサーが叫ぶ。


「立ってる人は3人、倒れているのが1人。敵はグール3、ゾンビドック5、それと……人が暴れている?」


 もう見えるのか、凄いな。しかし人が暴れているってのはなんだ? そう思った時、セリーヌが息を切らさないように言う。


「多分、ゴーストに、憑依、されてる、人」

「なるほど、それは俺の領分だな」


 ゴーストは非実体で物理的な接触が互いに出来ないのだが、心を乱している人間の体を乗っ取ることがあり、それを「憑依」という。

 憑依を解くにはゴースト自らが出ていくか、神希魔法で追い出すかしかない。大抵は憑依している肉体を気絶させて動けなくさせてゴーストが出てくるように仕向けるのだが、どうしてもやりすぎて殺してしまう事故もおこるので厄介な相手だ。


「まずはグールとゾンビドックを倒す、そのあとでゴーストを追い出す」 

「わかった」


 こちらに気づいたのだろうゾンビドックが2体ほどこちらに向かってきたところで立ち止まり方針を伝えると2人とも同意してくれた。ちなみに返事はアーサーのものでセリーヌは息を整えているので声には出さないが頷いている。

 すかさず細剣を抜き前に出たアーサーにホーリーウェポンをかけると、セリーヌが討ちだした2本の炎の矢がアーサーを追い越し一匹のゾンビドッグに突き刺さった。息を整えてると思っていたらいつの間にか呪文を詠唱していたらしいかなりの早業だ。残念ながら一撃で倒すにはいたらなかったが、動きの止まったその一匹にすかさずアーサーがトドメをさした。

 残るゾンビドックの相手はアーサーにまかせ、俺とセリーヌはさらに前えと進んだ。


「ちょっと、なんであいつらが?!」


 そうして倒れた一人を守るように闘っている3人とそれを囲むアンデットたちの姿が良く見えるところまでくるとセリーヌが声が上げた。どうしたのかと思ったが、ゴーストに操られているらしい暴れる男がこちらへと振り向いたことで俺も納得した。


「バカだとは思ってたが、迂闊なバカだったみたいだな」


 冒険者ギルド前で俺たちに絡んできた3人組、その中の嫌味な色男が正気を失った目で俺たちを見つめていた。

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