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02、戦団

 この世界の朝は早い。明かりの魔術具が普及しているとはいえ無料じゃあない。一般的には日の出とともに起き、日の入りとともに寝るわけだ。ということで俺もそれにならって早朝から冒険者ギルドへとやってきた。やってきたのだけれど……。


「さすがにこの中には入りたくないな」


 冒険者ギルドの中は多くの冒険者で賑わっていた。賑わっているのは良いのだが鎧や剣で武装した大男やら、猫耳などど生易しいものではないまんま虎が人型になって直立している獣人、頭からスッポリと黒いフードをかぶった謎の人、などなどが押し合いへしあいしているのを見て、その中に入っていきたいとは思えなかった。

 昨日サヤさんに聞いた話によればより良い依頼を求めて朝が一番混むという話だったが事実その通りだったわけだ。

 周りを見ると俺と同じ気持ちなのか多くの女性冒険者や一部の男性冒険者もギルド前で思い思いに集まり一段落つくのを待っていた。どうするかと考えていると近くにいた身長差のある二人組の女性冒険者と目があった。


「入らないの?」


 背が高く軽鎧に細剣という戦士らしい女の子がトコトコとこちらに近づき声をかけてくる。もう一人の背が低い子もこちらを見てはいるが話に加わる気はない様子だ。


「丁度、あの中に入りたくはないと思っていたところでしてね」

「あははっ、わかるわかる。でも見たところ新人さんでしょ? 空くのをまっていたら低ランクの良い依頼はなくなっちゃうよ?」

「新人なのはその通りですが、新人すぎて良い依頼の基準がわかませんし、だったら残りものでも構わないだろうということでして」

「若いのにガツガツしてないんだねぇ~」

「まあ、のんびりしている自覚はありますよ。それでそちらこそ良いんですか?」

「私たちは戦団の仲間が依頼を取りに言ってくれてるからそれを待ってるんだ」

「戦団?」


 よほど人懐っこいのか臆せずに話し続ける少女の言葉に引っかかった。冒険者についてはそれなりに調べたつもりだったやはり情報が古いのか戦団というのは聞いたことがない。つい疑問が口をついて出たのだけれど、少女は得に疑問を感じることもなく「あっ、他から来た人は知らないよね?」と戦団について教えてくれた。

 もともと冒険者は数人の仲間でパーティという小集団を作り、パーティ単位で行動することが多い。一人で行動するよりも戦力的にも優れ、出来ることも多くなるので自然とそうなったのだが、人が限られている上に魔術などの特殊な技術が使えるものは少ないのでバランスの良いパーティを組むのは案外難しい。それはカイラスの冒険者ギルドも同じで、所属している冒険者が1000人以上もいるとはいえ、便利な技能を持つ人材は取り合いになってしまう。他にも様々な要因はあるが人材の確保のこともあり、ある種の派閥のようなものが出来上がっていった。時を経てそれらがより発展して数人~数十人の冒険者同士が協力関係を結ぶ特別な集団を作るようになったらしい。それがいつしか戦団と呼ばれるようになったとのこと。


「なるほど、カイラス独自の文化なわけですね」

「最近は帝都とかの規模の大きいところでは取り入れ始めたみたいだけどね。うちの戦団はカイラスでも実力派で有名だから色々便利なんだよ? そうだ、よかったらアナタも入らない?」

「なるほど、それは入れれば便利そうですね」

「そうでしょ!」


 おっと? ぐいっと近づいてきた少女に押されるように俺はつい一歩下がってしまったが、少女はさらにその一歩を詰めてきた。


「君ならそう言ってくれると思ってたんだ、是非一緒にやろうよ!」


 社交辞令だと思ったのだけれど、やけに熱心だな。何が彼女をそこまで熱心にさせるんだ?


「そう言ってくれるのはありがたいですが、実力派なのでしょう? 俺みたいな新人には荷が重そうですよ」

「ううん、そんなことないって!」

「そんなことないと言われても……」

「だって、回復の神希魔法が使えるなんて将来有望だよ! ……あっ」


 少女が回復の神希魔法と言った瞬間、周囲から視線が集まった。それまでも何気なく気にはされていたのだろうけれど、なぜかそれがあからさまになっていた。

 しかも、先ほどまで注目されていたのは少女たちのほうだったのだが、今は俺のことを熱心に見詰め、ひそひそと話しをしている。


「アーサー」

「ううっ、ごめん。セリーヌ」


 困惑する俺をよそに後ろから見守っていた背の低い少女がため息交じりに背の高い少女に声をかけると、軽くやり取りをしてから俺へと向き直った。


「ごめんね。私はセリーヌ、今日はアナタと知り合いになれれば十分と思っていたのだけれど、この子が早まってしまって」

「……その口ぶりだと初めから俺に声をかけるつもりだったわけですか?」

「ええ、この際だから詳しく話すけど……ここじゃ人目がうるさいわ、お茶でもしながらでどうかしら」


 どうかしら、と言われてもこの状況で詳しい話も聞かずにバイバイじゃ気持ちが悪い。

 俺はセリーヌとアーサーの後についていくことにしたのだが、冒険者ギルド前から移動しようとした俺達の前を3人の男達が塞いだ。何事かとそいつらを見て、俺は口出ししないことにした。それぞれがしっかりと武装しているので冒険者なのだろうが、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべているその雰囲気はまるっきりチンピラだ。


「悪いけど邪魔だから退いてくれる?」

「おいおい、挨拶も無しにいきなり邪魔者扱いか」


 アーサーは女性にしては背が高く170cm近い身長があるのだが、答えて前に出てきた男は彼女でさえ見上げなければならない長身の持ち主だった。身なりが良く顔も整っている色男だが、いかんせん顔つきから下品さ傲慢さが溢れている。他の奴らがコイツに従っている様子なので、それなりに腕が立つのか、金があるのか、どちらにしろ進んで仲良くしたいとは思えないタイプだ。


「邪魔だから邪魔だって言ってるだけでしょ? 用が無いなら行くわよ」

「ちっ、百花の女どもは礼儀がなっちゃいねえな。まあ良い、用があるのはそっちのガキだ。おい、宗派はどこだ?」

「……ラージャ神、俺の故郷の小神だ」


 俺をじろじろと見ながらの不躾な物言いに返事をする気が遥か彼方へと飛び去っていくのをぐっと堪えた。何処にでもバカはいる。いちいち腹を立てていたら面倒でしょうがない。

 だがバカはどうやってもバカなのだろう。こちらの内心など考えもせず、もう一歩踏み込んできた。


「なんだ小神か、大した戦力にはなんねえな」

「しかも聞いたこともない名前ですよ。どうせ田舎で畑をカラスから守ってるとかじゃないんですか?」

「そうそう、こんなガキが神官になれる程度じゃギルバートさんが気にする必要ありませんよ」


 バカの子分はやはりバカなんだろう。バカの台詞に追従してへらへらと笑っている。

 まあなんだ、僅かでもバカに人間らしいコミュニケーションを期待していたのが間違いだったのだろう。バカにはバカに相応しい対応をするべきだな。


「さて、それでは行きましょうか」


 二人の少女を促しバカ達は無視して脇を抜けていくことにした。


「おい、ギルバートさんの話はまだ終わって、うわあっ?!」


 取り巻きの1人が邪魔をしようとしたが、差し出された手を軽く押したら退いてくれた。運悪く俺の足に引っ掛かり勢いあまってバカ達のほうに頭からダイブしたあげく、3人そろって転んだのは神のお導きかもしれない。


「えっ、えっ?!」

「ほらほら、今のうちに」


 突然のことで唖然としている少女達の背を押し、その場を後にする。後ろから覚えてろだのなんのと聞こえてくるがそんなものは気にしない。バカ相手にはスルーが一番だ。

 ……。

 うんまあ、なんだ、ラージャよ、短気な俺を許したまえ。 


 ◇


 黄色い花をクチバシに咥えている青い小鳥。そんな看板がかかっている菜の花亭は冒険者ギルドから歩いて5分ほどのところにあった。道中に聞いた話だと彼女たちの所属している戦団「百花」を引退した元冒険者が営んでいるそうで、戦団の本部とは別に彼女たちのたまり場になっている為、周りを気にせずにゆっくり話せるらしい。


 中に入るとまだ開店したばかりだからか客はいないようだが、優しげな女性店主が奥の席へと案内してくれた。

 それぞれに注文した飲み物が来たところで自己紹介から始めることになった。


「それでは改めて、私はセリーヌ。戦団「百花」に所属している黒魔法使いよ」


 セリーヌは濃い茶色の髪をツインテールにしており、丈夫そうな服装にマントで防具は身につけず、先端に魔結晶の付いた杖を持つ、典型的な魔術師の格好をしている。現在の魔術は攻撃に優れた黒魔術と援護に優れた白魔術の二系統に分かれており、基本的にはどちらか適正の高い方を学ぶ。二系統を学ぶことも出来るがその分成長が遅くなると言われており、なんでも出来るというよりはどっちつかずになることが多いらしい。


「えっと、アタシはアーサー。戦団「百花」で剣士をやってます」


 アーサーは栗色の髪を肩の上でまっすぐに切り揃えており、細身の体の要所を革や金属の複合鎧でおおっている。腰には細剣を佩いているので典型的な軽戦士の装いだ。鎧の胸には色鮮やかな花の紋章がついており、それはもう一人の少女セリーヌのマントにもついているのでおそらくそれが戦団「百花」の印なのだろう。


「戦団百花のセリーヌとアーサーですね。俺はリーン。もうわかっているみたいだけど、ラージャ神の神官なのですが……さて、どこから話を進めましょうか?」


 ちなみに俺は厚手の布の服に蛇革のマント、腰の後ろに短刀という軽装で一見では役割がわからないだろう。……まあ単純に装備らしい装備を手に入れる手段がなかっただけなんだがね。

 互いに自己紹介が終わったところで早速用件に入る。

 さっきのバカ達の話もでたのだか、ひとまずそれは割愛する。二人からはバカと関わる切っ掛けになったことを謝られ、俺はもとから良い関係ではなかったにしろ、火に油を注いだことを謝っただけの話だからな。

 俺としては多少面倒ではあるものの、あのバカが相手なら揉めるのも時間の問題だったろうと思うし、アーサーとセリーヌとしては「少し驚いたけど、正直スカッとした」とのことで、俺に対して悪感情は持たなかったようだ。


 まあ、そんなこんなでなぜか一体感を感じながらお茶しているわけだけど、今日は依頼を受けるつもりでいるので話しをさっさと進めよう。


「さて、それじゃ本題ですが」

「えっと、まずは現在のカイラスの冒険者の状況からかな?」

「そうね、簡単に言うと現在のカイラスには神職が足りていないの」

「神職、ですか?」

「ええ、神官や巫女なんかの神職、それもベテランの実力者がここ一年の間に各神殿に呼び戻されてるの。おかけでただでさえ少ない回復要員が減って白魔術師が大忙しになってるわ」


 ここ1年で神職が呼び戻されている?

 俺がラージャから話を持ちかけられたのも1年前だ。そうするとおそらくは俺と同じ目的で各神殿も動いているのだろう。


「うちにも何人か神職はいたんだけど、やっぱり実力者には戻るように命令がきちゃって、今残っているのはまだ回復魔法も使えない駆け出しだけになっちゃった」

「お掛けで私に回復役が回ってきたりもして……黒魔術師に回復なんか期待すんなっての」

「まあまあ、もう終わったことでしょ」


 なにやら思い出して悪態をつくセリーヌとそれをなだめるアーサー。彼女たちの様子を見る限り戦団百花の仲間というだけでなく、二人は良い友人のようだ。テンポの良い掛け合いを眺めているとセリーヌが俺の視線に気づき顔を赤くした。


「とにかく、そういうわけで現在カイラスでは回復魔法が使える人材は貴重なの」

「それに神希魔法には対アンデット魔法も多いでしょ? 大森林の中にはアンデットが多いところもあって、その辺を探索する為にも神希魔法が使える人に協力してほしいんだ」

「さっきアーサーはああ言ったけど、別に戦団に入ってくれって話じゃなくて、今現在で仲間がいないんだったらパーティを組んでみないかな? ってことなのよ」

「そうそう、アタシたちとなら楽しいよ!」


 とりあえず言うことは言ったとばかりにお茶を飲み干すセリーヌとこちらの返答を待つアーサー。

 この話が本当かどうかはギルドででも調べればすぐにでもわかることなので嘘ということはないだろう。そして少なくとも目の前の二人に関しては悪い人間には見えない。せっかく知り合ったのだし人脈を作る意味でも手伝う分に問題はなさそうだ。


「そうですね、そういうことならお試しで一度パーティを組んでみましょうか?」

「ホントッ!」

「ええ、よろしくお願いします」

「ありがとう、それなら早速だけど今日いってみない?」

「構いませんが、丁度良い依頼が残っていますかね?」


 程よい低ランク用の依頼はもう残っていないだろう。先ほど彼女たちは仲間が見に行っていると言っていたが、あそこで話かけるのが不自然でない為の作り話だったらしいしね。


「それなら常時依頼で丁度良いのがあるから大丈夫よ」

「うう~、やっぱりアソコなの?」

「そりゃそうよ、せっかく神希魔法が使える人が捕まったんだから、今が稼ぎ時じゃない!」


 嫌そうな顔のアーサーが机に突っ伏すがそれを気にせずにウキウキしているセリーヌは俺の顔を見てニッコリと笑った。


「腐食の沼地でアンデット狩りと洒落込むわよ!」


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