01、冒険者登録
「おっ、見えた見えた。思ったよりもデカイな」
俺は山の頂に立ち、眼下の景色を眺めた。
とうに昼は過ぎ、太陽がだいぶかたむいていたが朝方に立ち込めていた霧はとうに晴れていたので見晴らしは良好だ。
そこには立派な城壁に囲まれた大きな都市、辺境都市カイラスがあった。
西の大森林に近く広大な平原にも恵まれたこの都市は、農業、林業、そして大森林からもたらされる素材の糧によって辺境にあるとは思えないほどに栄えている大都市らしい。
実際、こうして見てもなかなかの規模の都市に見えるし、統治しているカイラス辺境伯の居城も立派なもので、なによりも町の入り口である四方の門に並ぶ人々やそこへ至る街道を進む人々の数がこの都市がいかに活気づいているのかを表していた。
種族も立場も様々な多くの人々が集まるこの都市ならば、俺のような異邦人が紛れ込んでも目立たないで済むというものだ。
なんとか問題なく冒険のスタートを切れそうだと思った俺は足取りも軽く街へ向かって山を下るのだった。
◇
「身分証がない? なら名前と街に入る目的を教えてくれ。あとは荷物を簡単に調べさせてもらうぞ」
山を下りて程よいところで街道に入り、西門の行列に並ぶことおよそ30分、やっと俺の番になった。門衛に身分証の提示を求められたがもちろんそんなものはないので素直にそう言うと、入街税が半銀貨から1銀貨になり先のセリフを言われる。
揉めるつもりもないので、ふところからボロボロの銀貨を取り出し、背負い袋を差し出すと門衛が苦笑しながら銀貨だけ受け取った。
「荷物は口だけあけて中を見せてくれればいい。というか、信用してもらえるのはありがたいが、場所によっては中のものを盗まれることもあるからそういうことはしないほうが良いぞ」
「なるほど、そりゃそうですね。忠告ありがとうございます」
30歳くらいだろうか? 短く刈った茶髪に口ひげの門衛は荷物を覗きながら話をつづける。
「旅慣れない様子のやつにはよくあることだ。気にするな。で、名前と目的は?」
「名前はリーン。目的はここで冒険者になるためですね」
「おお、冒険者志望か。それなら……」
冒険者ギルドの場所を教えてくれた門衛は、「カイラスにようこそ」といって街へと入れてくれた。俺は礼を言って教えられた冒険者ギルドへと向かう。
◇
辺境都市カイラスの今があるのは現在の辺境伯であるレイシャ・ディ・カイラスによる西の大森林の素材を輸出するという政策によるものが大きい。その政策の一つが冒険者ギルドおよび冒険者への支援政策だ。まず冒険者ギルド自体が伯の援助のもと国内でも屈指の規模を誇っており、初心者への無料講習、魔術師ギルドとの提携の元に魔法を覚えたいものへの有料講習など、最新の方針をとっている。またカイラス所属の冒険者はカイラス領内ではあらゆる通行税を払う必要がなく、素材の買取や依頼の報酬は公開の相場により公正が保たれている。一定以上のランクになれば怪我をしたり装備を失くした場合には、貢献度によって見舞金や装備を整える為の一時金すら支払われる。
また、長年の成果により冒険者に対する世間の目が優しいというのもポイントが高い。
根なし草でなんの保証もない、場所によっては単なる荒くれ者のチンピラ程度の扱いを受ける冒険者にとっては破格の条件で働ける街なのだった。
そうして集まった冒険者は危険な西の大森林に入り貴重な素材を集めてくる。そして同時に危険な獣や魔獣が減ることにより森の浅い場所の安全度があがり森の恵みや材木などを確保することができるようになった。
これにより、辺境都市カイラスとその冒険者ギルド支部はともに大きくなってきたのだった。
そういった知識自体は仕入れていたが、実際にその眼で見てみるとその活気にいささか気おくれしてしまう。大陸屈指の規模というのは決して言いすぎではなかった。
そこは言ってみれば役場のような場所だった。珍しい3階建ての石造りの建物は綺麗に掃除が行き届いており、魔術具による照明と外の明かりをふんだんに取り入れる構造によって夕方だというのに中に入っても昼間と変わらない明るさが保たれている。正面玄関から入るとその先には10個ほどの個別の窓口があり、そこに受付らしい女性たちが座っていた。
ちょうど混む時間なのか冒険者ギルドの建物内には様々な装備に身を包んだ冒険者たちが窓口へ向かい、あるいは仲間と集まって談笑している。
思っていたよりも活気に満ちたファンタジーな光景に感動して一瞬固まっていたが、いつまでもこうしているわけにもいかない。俺はところどころに書いてある案内板のようなものを見て、初心者受付という窓口を見つけた。
「冒険者登録はここで大丈夫ですか?」
「はい、こちらで大丈夫ですよ。ようこそいらっしゃいました、冒険者登録は初めてですか? 初めての方は銀貨10枚が必要になります」
受付嬢は金髪を肩のあたりで揃えた20代後半の女性だ。正直あまり接する機会のない年代相手に緊張するが努めて平静をよそおう俺。って、それはともかく初めてだと答えると受付嬢が一枚の用紙を取り出した。わら半紙のような薄茶色の用紙には名前などを書く項目が見て取れる。代筆が必要か聞かれたが問題なく理解できたので、用紙と羽根ペンを受け取りインクを付けながら最低限必要そうな項目だけ埋めていく。出身地などを空白にしているわけだが、聞かれても適当に誤魔化すしかないわけで、必須ではないことを祈るだけだ。
書き終わった用紙を受け取った受付嬢がそれを確認していると1ヶ所に目を留めた。
「リーンさん、技能で神官となっていますよね? 信仰はラージャ神となっていますが、失礼ですがどういった神なのですか?」
「俺の故郷の小神ですので、聞いたことがなくとも不思議ではありませんよ」
基本的に神様が多いこの世界、神様は格によっていくつかに分類されている。小神とはその中でも最も格の小さい神のことだ。小神と聞き、受付嬢がすまなそうな顔をする。
「そうですか、申し訳ないのですが役割としての神職は神希魔法を使えなければ名乗るのことが出来ませんので、前衛であれば戦士、魔術が使えるのであれば魔術師とお書き願えますか?」
一般的に小神に使えている神官の若手には神希魔法が使えないものが多い。修行年数が短い若い人に奇跡を起こさせるほどの格を神が持っていないからだ。とはいえ、それはあくまでも一般的にであり絶対ではないわけで。
「そういうことでしたら問題ありません。俺は神希魔法を使えますよ」
「そうなんですか? 確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、構いません」
そう言って俺は右手人差し指にしている牙を剥いた蛇の顔を象った指輪の牙部分で左手の人差し指を刺すと、プクリと赤い血が浮いてきた。傷ついた指を受付嬢に見せてからラージャに祈りをささげると、ごく僅かな輝きが指先の傷を癒す。
出来る出来ないを論じるのも面倒だったので素直に実地してみせたのだが、受付嬢は予想以上に驚いてこちらを見つめていた。……なにか失敗したか?
「あの……どうかしましたか?」
「いえ、失礼しました。そのお若さで小神に仕える方が神希魔法を使えるとは、と驚いてしまいまして。優秀な神官さまなのですね」
優秀な神官さまか、この程度なら俺の目的の為にもほど良い肩書だな。実力がつくまでは必要以上に注目を受けたくなかったので、思ったよりは深刻でない様子にほっと息をつく。
その後は特筆するようなこともなく、順調に登録は進んだ。
お約束と言うべきか、最後に水晶の受け皿に血を垂らしてほしいと言われた時には治す前にやっておけばよかったと二人で笑ったりもして、最終的には和やかに登録を終えることが出来た。登録証は明日に出来上がるとのことだった。
受付嬢はサヤと名乗り、わからないことがあればいつでも聞きに来てくれと言ってくれたので、さっそく今夜のお勧めの宿を聞き、この日は冒険者ギルドを後にした。