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神獣と王(1)


 それから三日ほどが立ち、アイリスの家はセイラの手によって見違える程綺麗になった。


 セイラが片付けたお陰で、逆にアイリスがどこに何があるのかを把握しきれないという事態もあったが、それなりにこの三日間は静かな日々だった。


 セイラとクロトは当然の如く部屋が別になり、セイラも寝起きのあられもない姿をクロトに見られずに一安心である。


 さて、問題のクロトと黒いクリスタルだが、それなりに理解出来る事はあった。


 クロトの魔力は発する傍から黒いクリスタルにかき消され、その反動で痛みが生じること。


 だが、それは魔力の量に比例し、微小な量の魔力、具体的には他人が魔力を込め、指向性を決めたクリスタルのオン、オフ程度なら軽い痛みで済むこと。


 それすらできなければ、クロトは生活するのに非常に難儀していただろう。そのことが判明しただけでもクロトには有難かった。


 だが、結局クリスタルの破壊方法の目処は立っていない。


 煮ても駄目、焼いてもダメ。魔法は受け付けないし、どんなに叩いても人の力では削ることもできない。


 そして、黒いクリスタルによるクロトの侵食とも言える肌の黒い変化。これは時間経過ではなく、ある条件で進行するものと思われた。


 「なんか、研究って言っても地味なんだよな。特に俺は何もすることないし」


 「そんな物だよ。でも、それを知ってるのと知らないのでは、違いは大きいよ?」


 二人は今、ヘイリルガーデンのとある店へと向かっている。


 アイリスが自室にこもってしまった今、二人はやることがない。


 ああなるとお腹が減るまで話しかけても出てこないことは、この数日で二人は知っている。その空いた時間を使って、以前より気にしていた、クロトのダガーについているクリスタルを外しに来たのだ。


 二人の服装もだいぶ様変わりしている。


 クロトはお気に入りの革靴こそ変わらないが、動きやすい黒の短パン、伸縮性に富んだシャツに不思議な手触りの柔らかいジャケット。


 セイラは赤いチェックのスカートに、可愛いリボンの付いたブラウス。


 セイラの服はどうやらこの都市の学校の制服の一つであるらしく、アイリスのお下がり。クロトの服

は同僚の服を分けてもらったのだそうだ。


 「俺もすぐこのクリスタルをどうにかできるとは思っちゃいなかったけどさ。あんな事が立て続けに起こって、なんていうのかな。今こうして、こんな時間を過ごせるのがまるで嘘か夢みたいでさ」


 強烈すぎる体験に、忘れかけていた何時もの日常。


 それが急に戻ってきたものだから、クロトはなにか落ち着かないのだった。


 「それはわかるけど……。でも、いつ何が起きるかわからないんだから、ゆっくり出来る時はそうしないと」


 クロトは決して、渦中から抜け出せない。


 だから、今この時間が貴重なのだ。


 「そうだな……。おっと、ここかな?初めて来る所だから、結構迷うな」


 そこは大通りから少し離れた、路地の一角。


 何処の都市にでも一つは必ずある、クリスタルを装飾品に加工、取り付け、取り外しを行う店だ。


 クロトの革靴に着いているクリスタルも、こういった店でやってもらっている。個人でも出来ないこ

とはないが、靴など激しい動きをするものに関しては取れる恐れがあり、やはり職人にしてもらったほうが安全なのである。


 「本当にいいの?その、貰っちゃって……」


 セイラはあまり気が乗らないようだ。


 それもそのはず、元は亡き両親が残したクロトへのプレゼント。


 勝手に使ってしまったのに気後れがないわけがない。


 「いいって。どうせもう俺には満足にクリスタルを扱えないんだし……。セイラが持ってた方が、きっと役に立つよ」


 クロトはもう、クリスタルに魔法を込められない。


 他人が魔法を込めたクリスタルのならば起動できるが、魔法とはそもそも感覚的なもの。自分で魔力を込めたもの以上に使いやすい物はなく、そして他人の魔法を使うというものは思った以上にリスクが高いのだ。


 「でも、それじゃあそのダガーどうするの?」


 クリスタルの欠けたダガーは、本来の機能こそ失わないが、見た目としてなにか物足りなさを覚えるのには十分だ。


 「うーん、予備のクリスタルでも買って、はめ込んでもらおうかな?万が一の時に、予備はあったほうがいいだろ?」


 妥当な案である。


 が、そもそもそれは難しい。


 クリスタルは普通、魔力を込めてから加工する。


 つまり、指向性を与えてからでないと加工できないのだ。


 クロトのダガーのように、純粋なクリスタルがもう装着してあるということは、非常に珍しい。


 そんな話をしながら、店に入る。


 「いらっしゃい。こんな時間に若いのが二人か。学校はどうした?」


 時刻は昼時。ここの住人なら当然の反応だった。


 「私たちはちょっと特別で、学校に行ってないんです」


 セイラが笑顔で応答する。まあ、怪しい人物には見えない。店主は納得する。


 「まあ、色々あるさね。で、仕事の依頼かい?」


 クロトは、ダガーを差し出す。


 「このクリスタル、外して貰えないかな?で、代わりになにか、クリスタルをはめ込みたいんだけど……」



 店主は、そのダガーをまじまじと見る。


 「おぉ、コイツは上物だな……。小ぶりだが、純度は桁違いだ。本当にいいのかい?」


 その言葉に、セイラが反応する。


 「そのクリスタル、そんなに貴重な物なんですか?」


 まるで自らの罪が重くなるかのように、セイラの顔が陰る。


 「おうよ。いいか、クリスタルってのは、純度ってのが大事だ。これ一つだけで魔法の威力、発動時間が違うからな。素人みたいだから、少し教えてやるが、上物のクリスタルはまず角がない。純度が高いほど、滑らかな円を描くような形をするんだ。ほれ、見てみろ。角が殆どないだろ?こりゃあ、相当良いもんだよ」



 恐らくは最初にそのクリスタルがあり、それに合うようにダガーが作られたのだろう。店主はひと目でそのクリスタルの希少さを説いた。


 「どうしよう……」


 セイラは改めて、自分のしでかしたことの大きさを知る。


 「それ何度目さ。気にしない気にしない」


 しかし、クロトは笑ってセイラに答える。


 「で、そのクリスタル、できればネックレスにして欲しいんだよね。彼女に似合う感じの装飾も兼ねて」


 クロトがそういうと、店主はセイラを見る。


 「おや、これは綺麗なお嬢さんだ。プレゼントかい?」


 「ま、そんな所かな。出来る?」


 店主は胸を大仰に叩く。


 「誰に言ってんだ?ここのクリスタル加工を一手に受け持ってもう長いんだ。その位は軽いもんさ。彼氏の期待に応えられるような、飛びっきりの奴を作ってやるよ!」


 か、彼氏……、と、セイラがやや頬を染める。


 傍から見ても、二人はそうにしか見えないのだ。


 「それで、このダガーはどうするんだい?見たところ、これも中々良い出来だ。空っぽにしとくにゃあ勿体無いぜ」


 「そうなんだよね……。ちょっと事情があってさ。出来れば、純粋なクリスタルを入れておきたいんだけど……」


 その返事に、店主は唸る。


 「そいつは難しいな……。まず、この形にぴったり合うのがあるかわからねぇ。それに、もし有ったとしても値が張るぜ?」


 純度は、純粋にクリスタルの価格に影響する。


 そして、そもそも二人にはお金がない。


 アイリスに頼めばどうとでもなるだろうが、二人はそこまで頼むのは気が引けた。


 「だよねぇ。だから、取り敢えずそのままでいいよ。お代は、どのくらい掛かりそう?」


 このお金はアイリスに出してもらうことで了承している。


 「わからんが、そう高くはしねぇよ。安心しな。他の仕事もないし、二、三日で出来上がるはずだ。そうしたらもう一回来な」


 「あ、あの、よろしくお願いします」


 セイラが几帳面に頭を下げる。


 「おっと、これはやる気が出るな。しかし、この頃は彼氏みたいな注文が多くて困る。やっぱり、オレザノの件があるからかねぇ」


 ここ数日で、オレザノ崩壊の事件は世界中に知れ渡った。帝国軍の存在もだ。都市間でそれぞれの対応はあったが、やはりいざと言う時の為、純粋なクリスタルを欲しがる人間は大勢いた。


 「物事には出来るものと出来ないものがあるんだ。やれって一方的に言われてもね。お二人さん見たいな態度なら、なんとかしてやろうって気にもなるがね……。おっと、済まない、コイツは只の愚痴だ。忘れてくれ」


 店主はそう言って笑う。


 仕事を選り好みしているわけではない。出来ないことを出来ないと言っているだけだ。


 「やっぱり、皆不安なんだよな。都市が滅ぶなんて、初めてだったし」


 「そうね……。帝国軍の居場所がわからないんじゃあ、尚更ね」


 帝国軍の位置は、相変わらず掴めていない。


 アイリスはその対応と、クリスタルの研究に追われ、毎日忙しそうだ。


 「じゃあ、頼んだよ」


 二人がそう言って店を出ると、中からは毎度、と威勢のいい声がした。


 「ねぇクロト、私達も他に何かできないかな?」


 セイラが店を出て、クロトの横に並ぶ。


 「何かって……?」


 二人はアイリスに保護されている身。勝手なことは許されない。


 が、しかし現状ではやることが余りにもないのだ。


 「せめて、お金くらいはなんとか出来たらいいよね」


 「そうだなぁ……。って言っても、俺はもう魔法を使えないし……」


 郵便配達は、もう出来ない。


 お金を稼ぐには、働くしかないのだが、クロトには魔法がなく、セイラには技術がない。


 「アイリスさんに聞いてみようよ。もしかしたら、私達にも出来ることがあるかもよ?」


 「無かったらどうする?」


 それは……、とセイラが口篭る。


 「冗談だよ。確かに、今のままじゃ不味いよな。出来ることをやらなきゃ。働かざる者食うべからずってな」


 クロトがセイラに笑いかける。


 自分の立場はわかってはいる。けれど、待っているだけでは、何も変わらない。


 クロトもそれは感じていた。


 二人は早速、アイリスの家へと戻る。


 「ただいまっと……。アイリスはまだ自分の部屋かな?」


 この所、アイリスは自室に篭ることが多くなった。というか、それが本来の彼女のライフスタイルなのだ。


 「仕事の邪魔しちゃ悪いし、お昼ご飯でも作って待ってよう」


 クロトも頷く。空腹になれば出てくることは、この三日で知った。


 セイラは手際よく、調理を始める。


 食材は違えど、料理は料理。ヘイリルガーデンの料理をセイラが覚えるのは早かった。


 それをクロトは、何気なく見る。


 平和だった。


 だが、オレザノも平和だったのだ。


 帝国軍は、それを奪っていった。


 許せない、と思う。


 勝手に全てを奪っていった、帝国軍が。


 奴らをどうするべきか?決まってる――。


 そんな事を考えていると、何やら痛みとは違う感覚。


 何かが沸き立ち、だがそれでいて非常に冷静な、そんな重い、黒い、感情が増幅されるような、思考

が勝手にそちらへ向かうような、そんな感覚。


 「クロト?どうしたの?ぼうっとして。ご飯できるよ。アイリスさん呼んできて?」


 そんな思考が、セイラの声と共にかき消される。


 「お、うん。わかった」


 クロトは立ち上がる。


 なんだか、こんな事を考える事が多くなった気がする。平和なせいだろうか。


 街を焼かれ、両親を殺され、黒いクリスタルを偶然とは言え埋め込まれた。そんな志向になるのは当然かもしれない。


 そう、奴らが憎いのは、当然なのだ。


 クロトの服の下で、黒いクリスタルが鈍い輝きを発していることに、誰も気づかない。


 侵食は、密かに始まっている。


 「仕事をしたいって?」


 食事の際、二人はそれを打ち明けた。


 「世話になるばっかりじゃあ悪いからな。金ぐらいは自分たちで稼げないかな、と」


 アイリスは難しい顔を見せる。


 「あー、悪いとはいわないけど……。ここは商業がそこまで盛んじゃないから人手は足りてるし、人手が足りない所はちっと専門的な知識がいるしねぇ。兵士なら募集してるかもしれないが、魔法が使えないやつを雇う訳が無いしね」


 詰まるところ、この都市では相応の能力がないと、働くことは難しいのだ。


 「そうですか……」


 セイラが気落ちした表情を見せる。


 「都市からの依頼はあるけれど、流石に一般市民には任せちゃあ色々問題にもなる。まあ、仕事を探すのを止めはしないが、難しいだろうね」


 兵士になれば、街からの依頼を受けて給料以外に金を稼ぐこともできる。


 依頼は危険なものが殆どで、アイリスの研究所や、その他様々な人たちからの以来が寄せられる。故に、特殊な事情がない限り兵士以外に受けることはできない。


 「そうか……。まあ、気長に探してみるよ」


 「私としては出来ればじっとしていて欲しいんだけどね。まあ、それも酷って奴だ。でも、夜には絶対にここに帰ってくること。どこかに泊まるなら、一言伝言くらいしておくこと。それさえ守ってくれれば、空いた時間を好きにして構わないよ」


 アイリスもクロトに構ってばかりはいられない。一通りクロトのことを調べ終えたアイリスは、次にどうするのか、それを必死に考えていた。


 なにせ手がかりが少なすぎるのだ。


 クロトに人体実験めいた事をさせたくはないし、今試せる手段は全て試した。


 それでも、このクリスタルは壊せない。


 何がダメなんだ?アイリスの疲労は日々増すばかりだ。


 「午後からは私は少し出掛ける。クロトも好きにしていいぞ。今日は一日フリーだ」


 「そうか……。じゃあ、何か仕事を探しがてら、街でも見て回るか、セイラ」


 クロトはそうセイラに声を掛ける。


 「そうだね。まだこの街の全部を見たわけじゃないし。いいと思うよ」


 セイラも同意する。


 「若い二人はデートかい。ま、いいけどね……。迷うんじゃないよ。この街も広い。治安の悪いなんてことはないが、何があるかわかったもんじゃないからね」


 「解ってるって。アイリスも夜には戻るんだろ?」


 デート、という事は否定しない。


 冗談だと理解しているからなのだ、とセイラは自らに言い聞かせる。


 「そうだねぇ。ちと遅くなるかもしれない。それと、これ。持って行きな」


 アイリスはクロトに二つのクリスタルを渡す。


 「これは?」


 中には魔法が込められているようだ。クリスタルは薄緑に輝いてる。


 「私がクロトの使ってた魔法を再現してみた。いざって時に使いな。魔力はたっぷり込めてやったか

ら、それ一つでだいぶ持つはずさ。それとセイラ。今度からこれはあんたに任せるよ。魔法のスキルもアップするし、何より人が使う魔法を考えるってのは中々ない経験だ。やってみて損はないだろうよ」


 それは、この世界の誰もが魔法を使える故に、誰もしない発想。


 他人のために魔法を作る。


 「でも、私には適性が……」


 セイラは躊躇する。


 自分には、回復魔法以外の適性がない。


 「その適正ってのは、誰が決めた?魔法が上手く行かないから、そう言ってるだけだろ?やろうと思えばなんでも出来るもんさ。どんな事でもまずやってみる。研究ってのは、そんなものなのさ」


 人はある程度魔法に長けてくると、自分がより上手くできる魔法に特化する。すべての魔法を均等に使える者より、一つだけの絶対的長所を持っている方が、気が楽だからだ。


 「……わかりました。頑張ってみます」


 アイリスの言葉にも、一理ある、とセイラは了承する。


 「気が向いた時でいいよ。魔法が無くて困る事は今のところないからね」


 クロトはそうセイラに微笑みかける。


 それは、今はその魔法があるクリスタルがあるからなのだ。


 だが、このままいつまでも此処に居れる、という事はないのかもしれない。


 帝国軍が、再びここに攻めてくる、という可能性がないわけではない。


 その時、魔法の使えないクロトを守るのは?


 私だ。私と、私の魔法が、クロトを守る。


 それが、セイラの見出した、隣に並ぶ方法でもあった。


 「うん、でも、やってみる」


 セイラは、強い意志を持って、クロトにそう返した。


 食後二人は先ほどの店に戻り、クロトの靴のクリスタルを交換する。


 先の注文もあるせいか、それは無料でやってもらえた。


 「いや、いい人もいるもんだな。無料でやってもらえるとは。オレザノじゃあ考えられない」


 「商魂逞しい人ばかりだったからね、オレザノは。安くはするけど、絶対にタダにはしてくれなかったね」


 二人は思い出を語るかのように、笑い合いながら街を歩く。


 しかし、目的の人材募集などの情報は一切ない。


 まさにデートなのだが、極力セイラはそれを意識しないように歩いていた。


 「だけど、やっぱりクリスタルが使えるっていうのは精神的に大きいよ。さっきはああ言ったけど、奥の手があるのとないのじゃ、全然違う」


 クロトは軽やかに、革靴を鳴らす。


 「そうだね。使えるのが当たり前だから、使えなくなるとそう感じるのかも。何か、こんな魔法あったらいいな、って思ったことがあったら言ってね」


 クロトの望んだ魔法をセイラが作れるとは限らない。


 が、それは決して、無駄にはならないだろう。


 そんな時、二人の耳に聞き覚えのある鳴き声がする。


 「グラスコの鳴き声だ」


 耳を傾ければ、それはあの魔物の鳴き声。顔が怖い割に、鳴き声はどこか可愛らしい。


 二人は何気なくその音の方に近づくと、『グラスコ商会』という看板とともに、それなりに大きな店

が其処にあった。


 「コサックさんが働いてる店だよね」


 セイラが少し気になって、店の中を覗く。


 グラスコ商会。


 この世界の陸輸の第一人者。


 個人の荷物や商業用の商品配送、安全確実、運べるものならなんでもござれ、がモットーの商会。この世界の都市のどこにでも、そこに陸と道がある限り荷物を運ぶ運び屋集団である。


 だが、その代わりに料金は少しお高めであり、個人で使用するのは余程の裕福層か、余程の持ち物がある人間で、普段は商業用の荷の配送が殆どだ。


 「色々世話になったけど、まともなお礼はしてなかったな。ちょっと挨拶でもしていくか?」


 「そうだね。行ってみようか」


 二人はそうして、その店の中に入っていく。


 受付の人にその意を伝えると、どうやらコサックは今宿舎でグラスコの世話をしているようだ。二人

は案内され、その宿舎へと向かうことに。


 「お……?なんだ、久しぶりだなぁ!元気してたか?」


 グラスコに餌をやっていたコサックは、二人を見るなり相変わらずの笑顔で迎えた。


 「なんとか、落ち着いて生活できてます。その折は、本当に有難うございました」


 セイラが丁寧に頭を下げてお礼をする。


 クロトも、軽く会釈をする。


 「いや、いいって事よ。義を見てせざるは勇なきなりってな。当然の事をしたまでさ」

 と言いつつも、コサックは照れくさそうに笑う。


 グラスコも二人を覚えているのか、こちらを見ると嬉しそうに鳴いた。


 「それよりも、折角来たんだ。茶でも出してやりたいところだが……。生憎、直ぐに出なきゃ行けなくてな」


 コサックは出立の準備をしていたようだが、荷馬車には何も積まれていない。


 「何も積まずに、何処へ行くんだ?」


 荷を回収しに行く、という事も考えられるが、その場合は効率を考えてその都市に下ろす荷物を持っ

ていくのが基本。


 この荷馬車に何も積まれていない状況と言うのは珍しい。


 「いや、回収、というか様子見だな。昨日辺りにこちらにつくはずの荷馬車が、まだ着いていないんだ。オレザノ付近を通ることもあって、帝国軍に襲われたんじゃないかってな。ちょっくら確認しに行くだけよ」


 オレザノは勿論、他の都市も、都市と都市をつなぐ重要な拠点であった。そこが襲われたからといっ

て、その場所を通らなければならないことはある。


 輸送業の辛いところだ。


 「兵士に依頼は出したのか?一人じゃ危ないぞ」


 「いや、まだ帝国軍に襲われたと決まったわけじゃねぇし、あれから帝国軍も動きは見せていないんだろ?何かトラブルがあっただけだと思うんだよ。それに、俺個人の判断で、余計な出費は許されなくてな」


 この世界の人々は、あのような事があったのに危機感が足りない。


 それは帝国軍の情報があまり流されていないことの弊害であった。


 が、確かに帝国軍が動いたという情報がないのも確かなのだ。


 「トラブルって、例えばどんな?」


 セイラがグラスコの顔を眺めながら言う。


 よくみると、愛嬌があるとも限らない顔をしているかもしれない。


 「グラスコが逃げたり、馬車の軸が壊れたりだな。コイツは馬力こそ強いが、強すぎて荷馬車自体が壊れることはよくあることさ。だから、一日遅れだったら様子を見に行くことは、内じゃ決して珍しくない」


 二人共グラスコのパワーは実感している。


 納得できる理由でもあった、が、それでも不安は残る。


 「俺達も一緒に行ってやろうか?一人よりは三人の方が遥かに安全だろ?」


 クロトが思い立ったかのように言う。


 「それいい案!お礼も出来てないし、出来れば同行させてもらえると、私達の気も晴れます。コサックさんは安全で、一石二鳥です」


 セイラもそれだ、とばかりにその案に乗る。


 「いやいや、そりゃあ構わないが……。現地まで一日かかるとしても、往復で二日程かかるぞ?大丈夫なのか?」


 二人は顔を見合わせる。


 「大丈夫大丈夫。伝言さえ残せばいいって、言ってたよな?」


 「そうだね、二日となると流石に予想外かもしれないけど」


 二人はそうして、意気揚々と荷馬車に乗り込もうとする。


 「あー、わかったわかった。ちょっと待て。食料を積むから。あと、グラスコに餌をやり終わったら、出発だ」


 コサックは苦笑して、準備を整え始める。


 クロトとセイラも、人づてにアイリスへの伝言を頼む。


 「え?アイリスさんに?いえ、いいですけど……」


 アイリスはやはりこの都市では有名らしく、商会の人が伝言を請け負ってくれた。


 「よし、これで大丈夫だな」


 クロトが宿舎に戻ると、セイラがグラスコに餌をやっていた。


 「この子、凄くよく食べるのね……」


 草食であのパワーを出すため、グラスコは非常に大食漢だ。


 「そりゃあそうよ。まあ、草なのが救いだな」


 コサックはそう言って笑う。


 商会では、この草、正式には万年草と呼ばれる草を、大量に生産している。その名前のごとく、いつでも生えている草なのだが、何故かある土地でしか群生しないという、これまた謎に満ちた植物である。


 直ぐに準備は終わり、出発の準備が整う。


 荷馬車にはグラスコの食料と三人の食料が積まれ、グラスコは腹が膨れ上機嫌になって走り出す。


 「うおっ、相変わらずすごい揺れだ」


 クロトは馬車のヘリに捕まる。


 セイラはクロトに掴まるかどうか逡巡したものの、結局クロトの隣で同じようにヘリを掴んでいた。


 三人は街を出て、城壁の外へ。都市の中では拝めない、広大な世界へ。


 「所で、ちゃんと伝言は残してきたんだろうな!」


 風を切りながら、荷馬車は進む。


 「大丈夫!アイリスは二泊ぐらいではなんとも言わないさ!」


 クロトがそう返すと、コサックは操縦を無視して荷馬車に振り返る。


 「アイリス!?あのアイリスさんか!?」


 コサックは驚きと、僅かばかりの後悔の表情を。


 「そうだけど。二人共、今はアイリスに世話になってるよ」


 「なんてこった……。二人は知らねぇかもしれんが、あの人は普段は気のいい人だが、怒るとこの都市で一番怖いんだ。帰った時、どうなるか知らねぇぜ……?」


 そのコサックの言葉に、二人は顔を見合わせる。


 アイリスが怒った時など、今までで一度もなかった。


 「だ、大丈夫、よね……?」


 「た、多分……」


 二人は自信なさげに笑い合う。


 そんな二人をよそに、グラスコは絶好調。都市からはどんどん離れていった。


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