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二人の王

 

 赤く染まるオレザノの街。


 投石器を用いて城壁及び城門を破壊。


 街を蹂躙し、兵士達を蹴散らし、ついに彼らはクルツ城城門前へと辿りついた。


 数十名の黒い鎧の集団が一堂に会し、おそらく最終目標であるだろう、この城へ挑まんとしていた。


 その中の一人が、兜を脱ぐ。鎧こそ他の者と代わりないが、その腰に携える剣は明らかに豪華な装飾が施されている。


 「被害はどれだけだ?」


 赤茶の髪に真紅の瞳。精悍な顔つきは戦士としての貫禄を漂わせる。


 火を放った所為で兜の中が蒸れるのか、顔は汗だくだ。


 「はっきりとはしませんが、十数名、やられたようです」


 脇に控える男が答える。こちらは兜を脱ぐことはなかった。


 「流石に全員無事とはいかんな。だが、この場所で最後だ」


 赤い瞳が城を見据える。その目には憎しみの光が宿っている。


 「へへっ、奴らの魔法が効かないと知った時の慌てようったら。帰ってみんなに聞かせたら大爆笑間

違いなしだぜ」


 「しかし、クルセイド様。無抵抗の市民まで殺す必要はあったのでしょうか?」


 彼らは城を前に、そう語る。


 クルセイドと呼ばれた男は、赤い目の男だった。


 「愚問だな。これは戦争だ。我ら同士以外は皆敵だ。それが無抵抗であろうと、なんであろうと、

だ。奴らは捕虜にする価値すらない。殺して然るべきだ」


 クルセイドはそう言い切る。


 「……失礼しました。仰せのままに」


 質問をした男は自分の無礼を詫びた。


 彼らには確かに、慈悲が無かった。老人、女、子供、すべてを厭わず切り捨てた。


 「よい。我らにとってこれは初陣。迷うこともあろう。だが、奴らを甘く見るなよ。現実に、魔法を

無効化する鎧を着ていても、死ぬ者は出るのだからな」


 その厳しい言葉に、皆揃って姿勢を正す。



 「さて、最後の仕上げといこう。街の鼠共を追っている同志たちも、この爆発でこちらに向かう。中にはまだ敵が居るだろうが、急拵えでは何もできまい。が、油断だけはするなよ。勇敢な同士を無駄死にさせたくはない」


 ここで死ぬことを無駄死にと言い切るあたり、彼らの自信が伺える。


 確かに、もう半ば決着は着いている。


 オレザノという都市は、儚くも消え去った。


 しかし彼らはこの場所から全てを奪うまで殺戮を止めない。


 「爆薬の準備を」


 クルセイドが指示を出すと、後方から大量の火薬を持った二人組の男。


 外に配備された投石器、爆薬に銃。


 魔法を使えない彼らは、それらを有効に駆使している。


 城門に爆薬を仕掛けている最中だった。


 「なんだ……?」


 どこか機械的な音がしたかと思えば、閉じられていた城門が、ゆっくりと、開いていく。


 慌てて下がる兵士。しかし、中からは誰も出てくる気配もなければ、魔法が飛んでくることも無かった。


 「……クルセイド様。如何なさいますか?」


 不審に思うのも当然だ。兵士の一人が指示を仰ぐ。


 「罠だろうな。だが、爆薬を使う手間が省けた。爆薬は事が終わった後に回収する。火が届かない場所に置いていけ。進むぞ」


 クルセイドは兜を再びかぶり、先陣を切る。


 それに数十人の部下が続く。


 城門を潜れば、そこは広い庭園。


 「うひゃあー、すげぇや」


 思わず兵士からも感嘆の声が漏れる。


 こんな状況でなければもっと美しく映るのだろうが、炎に照らされたその場所はなんとも静かで、不

気味だった。


 「誰もいないのか……?」


 クルセイドは兜を脱ぎ、確認する。兜を被ったままでは視界が悪い。


 部下達も拍子抜けしたかのように、甲を脱いで庭園を眺めている。


 そんな中、微かに人の近づく気配を悟り、クルセイドはその方向を見る。


 「あっちゃあー、格好よく待ち伏せしたかったんだけど、遅かったかー。まあ、仕方ないか……。城門を開けるのがこんなに面倒だとはね」


 緊迫感のない声で近づいてくるその男は、白い髪をした青年だった。服装は城の雰囲気に合わず、普通の市民と変わらない。


 目の前に帝国軍の集団がいるというのに、焦る様子もなくそれを見つめている。


 「なんだぁ、お前……」


 一度抜けた緊張感を取り戻せず、兵士の一人が発言するが、クルセイドはそれを手で諌める。


 「……貴様、何者だ」


 聞いている事は同じだが、クルセイドには油断は微塵もない。


 「人にものを尋ねる時はまず自分から。両親から習わなかったのか?」


 白髪が髪に揺れる。男は動揺する素振りすらない。よく見れば瞳は金色に輝いている


 「貴様、今がどういう状況か理解していないのか?」


 燃え続ける街がその状況を示していた。


 「真逆。僕は誰よりもこの街の状況を理解しているよ。今の状況を理解していないのは、むしろそっちじゃないの?」


 その言葉を吐き、男は指をパチンと鳴らす。


 その瞬間、どこからともなく稲妻が走り、城門を破壊する。


 盛大に音を立てて、城壁を構成する石や木が崩れ、城への侵入経路を破壊する。


 その魔力に帝国軍は慌てふためく。今までの兵士とは桁が違う。


 「……それで退路を絶ったつもりか?貴様を殺せば、逃げ道など幾らでもある」


 冷静さを保ちつつ、クルセイドは男に向き合う。


 「君が隊長かな?流石に冷静だね」


 なんなのだ、この男は。


 クルセイドはこの得体の知れない男を警戒せざるを得ない。


 我々に囲まれても物怖じすることのない。魔力の桁は先ほど見たとおりだが、我々に魔法が通じないことはわかっているはず。


 何かある。こちらのまだ知らない、何かが。


 「隊長ではない。私がシュルバンツ帝国の王、クルセイドだ」


 彼は外との繋がりを長らく絶っていたため、余りに世界を知らない。


 知っていることといえば、彼ら自身が咎落ちと呼ばれ、魔法を使えないために排斥されたことだけ

だ。


 あの力、尋常ではない。情報を引き出せるのなら名乗る程度は安いものだ。クルセイドはそう考え、名乗る。


 「へぇ……!王が前線に出るのか。珍しい国だ」


 決して馬鹿にしているわけではない、単純な簡単を覚え、白髪の男も名乗る。


 「私はクルツ。アーヴィング・クルツ。この街に住む王、と呼ばれることもある」


 この男こそがクルツ。この城の所有者であり、世界で数人しか存在しない『王』である。


 「貴様が王か。街がこんな有様になっているというのに、呑気なものだな」


 最後の獲物を見つけ、クルセイドは黒い笑いを浮かべる。


 「全くだよ。酷い有様だ。それなりの歴史のある、いい街だったんだぞ。犠牲はでてしまったけど、

大半の人が逃げおおせたから良かったものの」


 クルツはそうしてため息をつく。


 民に逃げられた?


 確かに今回は万全とは言えぬ、軍とも呼べぬ少数での強攻策だ。


 それでも、半数以上の人間たちを殲滅できるだろうと、クルセイドは読んでいた。


 魔物ならともかく、人が人を殺すなど、彼らは考えてもいないだろうし、こちらの武装は強力無比だ。人一人殺すのに数秒もかからない。


 「……何も分かっていないって顔だね。その点だと、僕がどういう存在なのかも知らないんだろう?いい機会だ、教えてあげるよ」


 クルツはそうすると、其の辺の石に腰掛ける。


 「クルセイド様。早急に始末し、戻るが吉かと。援軍が来ないとも限りません」


 部下がそう諫言するが、クルセイドはそれを下げる。


 「……我々がこの世界を知らないのは事実。今回はこの鎧の性能故上手くいったが、逃げおおせた人間から我々に魔法が通じないことは直ぐに知れる。今後のためにも、情報は多いほうがいい。なにより、話したがりなようだからな」


 クルセイドは、剣の柄から手を離し、沈黙を続ける。


 「そもそも、この世界には三種類の王がいる。ま、呼ばれ方が違うだけだけどね。君は帝国の王だから帝王なわけでしょ?それと、国を収める王、国王。それと、僕みたいな無冠の王。ま、帝王と国王の違いは君らも知っていると思うけどね」


 帝王と国王では、王の選出基準が違う。


 国王と言うのは血筋だ。


 歴史ある国の中で、代々受け継がれ、決して耐えることのなかった血筋。


 帝王というのは武力だ。


 こちらはその国の中で、最も優秀な人間が王となる。


 では、王とは?


 「僕は元々大工の息子さ。今はこんなだけど、昔は大工になって、人の住む家を作って、喜んでもらうのが夢だった」


 クルツはそれを懐かしい思い出のように語る。


 「……そんな貴様が、なぜ王になった?いや、なれた、というべきだろうな」


 その言葉に、クルツは薄く微笑む。


 「この世界では、ある条件を満たせば、王という称号が手に入る。そして、衣、食、住を保証される。それだけさ。僕は別にこの街の市政をやっているわけではないし、この街で偉いわけでもなんでもない。精々、王の住む街、と市民集めに利用される程度さ」


 クルツの自嘲めいた笑いに、クルセイドは鼻で笑う。


 「無能な王を持つとこうなる、といういい例だな。死んでいった者たちも無念だろう」


 「そうかもね。こんな事態になっても、市民より俺の方を優先して逃がそうとしてたからね。一発ぶん殴ってやったよ」


 そのズレた会話に、お互いの笑みが凍る。


 「それに、君たちも大概だと思うけど。大体百人くらいかな?兵士の数は。いくら魔法が効かない鎧を着ていても、たったの百人で都市を攻め落とそうなんて。馬鹿げてるよ」


 落とされた人間の言うことか、と思ったが、それより冷や汗を覚える発言だった。


 こいつ、何故我らの数を把握している――?


 街の城門を壊し、街を制圧し、この場所に集合。その戦力でこの場所を落とす。そんな手筈だったのだろう。


 帝国軍は街に散り散りになっていて、その全体数を数えることなど不可能な筈だった。


 「いやー、参ったよ。あれだけ分散されると、僕の力じゃあ市民をも巻き込んじゃうし、逃走ルートも狭まるし。だから真っ先に市民を逃がすように指示させた。それに手間取って、更に市民の避難に手間取って、結局君たちがここに来るまで僕は動けずじまいさ」


 動けなかった、だと?


 クルセイドは改めて、クルツの姿を見る。


 そして気づくのだ。クルツは、クリスタルを持っていないことに。服のどこにも、装飾品のどこに

も、クリスタルの欠片さえ見られない。


 では、あの雷はどうやった?


 「……その、王の条件とやらは、先ほどの魔法と関係があるのか?」


 「ご名答」


 クルツは立ち上がり、もう一度、指を鳴らす。


 どこからともなく閃光が走り、帝国軍の目を一瞬遮る。


 そして、それは元からいたかのように、クルツを守るように、存在していた。


 光り輝く体毛は電気を浴び、その唸り声は優雅。四本の足と体躯は美しさを覚える。


 「……雷鳴の天馬か」


 部下が迷うことなく臨戦態勢を取る中、クルセイドだけは額に汗を流し、それを目の当りにする。


 「流石にこれは知っていたかな?まあ、有名だしね」


 クルツが笑ってその馬の頭を撫でる。


 その目は、強い意思に満ち満ちている。


 「知っているさ。神獣、幻獣、神の使い魔……。見るのは初めてだがな」


 神に最も愛された者だけが使役することが許される、神の獣。


 その力は大地を割り、山を砕き、正に神の力と称しても過言ではない。


 それを相手に、勝てるのだろうか?


 いや、神獣といえど、使うのは魔法。ならば、この鎧で防げるはずだ――。


 クルセイドは一瞬で勝算を弾き出す。


 「コイツを呼び出すには高純度かつ、それなりの大きさのクリスタルがいる。魔力の消費も馬鹿にならない。君たちにはわからないだろうが、そう簡単に呼ぶことができるわけじゃない」


 だろうな、とクルセイドも心の中で答える。


 簡単に呼べるのなら、彼らに勝機はない。


 「それに、呼ぶには資格がいる。といっても、多分コイツが選んでるんだろうけどさ。つまりは、選ばれなきゃ、呼べないんだよね」


 膨大な魔力を用意すれば、誰でも呼べるという訳でもない。


 だからこそ、王などという呼び名を与えられるのだ。


 彼らは言わば、神の愛をより多く受けることができた人間として、尊敬の念を持たれる。彼らにそんな覚えはなくとも、神獣を呼べる、という事はつまり、そういうことなのだ。


 クルツは全てを語り終えたのか、一息つく。そして、クルセイドに向かい言う。


 「さあ、今度は君たちの番だ」


 「何……?」


 「僕がこっちの世界のイロハを教えてあげたでしょ?こんどはそっち。異文化同士の触れ合いは大事でしょ?」


 クルツは真顔で言い放った。


 その言葉に、クルセイドは、笑いを堪えきれない。


 「フフ……。いいだろう。冥土への手土産だ。なんでも聞くが良い。ただし、答えられない質問は答えぬぞ」



 部下がまた何かを言いたそうだったが、クルセイドはそれを事前に諌める。


 「じゃあまず一つ。僕らの魔法が効かないのは、その鎧の所為?」


 「その通りだ。この鎧は貴様らの魔法を一切通さん。サービスだ。この鎧の元も教えてやろう」


 クルセイドはそうして、懐からある物を取り出す。


 それを見て、クルツは厳しい顔を見せる。


 「それは……クリスタルか?」


 それは黒に染まった石かと思いきや、明らかに路傍の石とは違う輝き。


 「其の通り。貴様らが魔法を使う際に使用するクリスタルだ。我が帝国は、これを貴様らと違う方向に使用することに成功した。鎧だけではない、銃の弾にすればいかなる魔法防壁をも貫くぞ」


 クルセイドは、それをクルツの方に投げて寄越す。


 恐る恐るクルツはそれを手に取る。


 「……確かに、魔力が浸透する感覚はないな。鎧に出来ることを考えると、普通のクリスタル本来の強度もないんだろうな」


 魔力の浸透していないクリスタルは、人がどんな手段を用いても破壊することはおろか、削ることさえ出来はしない。


 一度魔力を込めてからはある程度削れるので、装飾品に加工する際はこの手順を踏む。


 この黒いクリスタルは、魔力の影響を全く受けない。更に、普通の金属より遥かに硬い上、相手にはその加工技術があるのだ。


 「こりゃ凄いな。少人数で来たのは、全員分の鎧を作るのにクリスタルが足りなかったからか?」


 クリスタルという鉱石は、未だ謎に包まれている。どこにでもあるようで、どこにでもない。一般的には、クリスタルの総量は一定で、魔力によって砕け散ったクリスタルは、また新たな場所でクリスタルと成る、と言うのが信じられている。



 それは採掘し終わった場所に突然と現れたり、明らかに昨日まで無かった場所に存在していたりと、不可思議な事が多く起こるからでもある。


 「それもある。が、この鎧さえあれば少数でも勝てると読んだ」


 「このクリスタルは、どうやって作る?」


 「それは教えられん」


 ちぇ、けちだな、とクルツはクリスタルを眺めながら言う。


 「二つ目だ。なんでアンタは戦争を始めた?」


 クルツがそれを言うと、クルセイドは声を上げて笑う。


 「貴様らが我らを今までどのように扱ってきたか。忘れたとは言わさんぞ」


 憎しみの目で睨みながら、そう言葉にする。


 「……咎落ち、だろ?追放されたのは俺が生まれてすぐだって話だ。余り話題には登らない話だからな。復讐って事かい?」


 クルツはそう言って、黒いクリスタルを律儀に投げ返す。


 クルセイドはそれを受け取る。


 「復讐か。まあ、そう思われても構わん。やっていることは同じだからな」


 受け取ったそれを、またクルツの方へ。


 「サービスだと言った筈だ。貴様にやろう。手向けだ」


 それを受け取り、クルツは笑う。


 「嬉しくないサービスだな。俺達には扱えん。それに、その言い様だと目的は復讐じゃないのか?」


 クルツは黒いクリスタルを懐にしまう。


 「我らの目的は、神この世に堕ろす事だ」


 神を、下ろす。


 はたはた現実味のない言葉だった。


 「……神を?お前たちは、神が何処にいるのか知っているのか?」


 クロトの目に、初めて真剣さが宿る。


 「知らん。だが、必ず見つける。貴様らの犠牲は、その第一歩に過ぎん」


 「……どういうことか、説明してもらおうか」


 二人は、真正面から向かい合う。神獣は真っ直ぐに、クルセイドの目を見て威嚇を繰り返していた。


 「貴様は、何故我らが神に愛されなかったか、知っているか?」


 クルセイドが問う。


 クルツは沈黙を答えに。


 誰も今まで出せなかった答えだった。


 「我々は、それを神に問う。この世に、直に下ろして。だが、我々にも神の居場所はわからん。だが、神に愛された者が、この世にはいるではないか」


 クルセイドは壮絶な笑みを浮かべた。


 「……俺達を殺せば、神が怒って出てくるとでも?」


 クルツも馬鹿ではない。言葉の意味を理解する。


 これは戦争なのだ。


 彼ら神に愛されなかった者と、他全ての。


 「それもわからん。だが、可能性はない、とは言えんだろう?」


 だからこそ彼らに慈悲はない。


 彼らはこの大地を、空を、人を、全てを侵略する。


 神がこの世にその姿を現すまで。


 「ふふふ……ッハハハハハ!」


 クルツは笑った。その笑い声は、不気味に辺りに響いた。


 「そりゃあ大層な理由だ。最も、復讐の方がまだマシに聞こえるがな」


 そう言うと、クルツは懐からクリスタル出し、あらぬ方向に投げる。


 すると、どこからか人が飛び込み、それを奪う。いや、受け取る。


 「人を伏せていたか……!」


 聞かれてまずい話はしていないが、これで他の都市の対応はさらに早くなるだろう。


 追いかけ様にも、人影は素早く何処かへ消えてしまう。


 その時が来たのだ。


 クルセイドは剣を抜く。



 「あーあ、本当下らない。神を下ろす?そんなん勝手にやっていればいい。貴様らの信心が足りないから神に愛されず、神も姿を現さない。そうは考えなかったのか?」



 クルツも気を張る。



 「そもそもだ。俺は紛いなりにも王と呼ばれる身だ。そんな俺が、この都市をこんな有様にさせられ、手も出せなかったことに、怒りを覚えていないと思うのか?」



 クルツの目は今までのものとは違い、怒りに満ち満ちていた。



 「そりゃあ大工の夢は叶わなかったさ。だがな、俺が王になって、この街にいる、という事で、ここに住んでくれる奴等がいたんだよ。何の役にも立たない俺を、尊敬してみてくれる奴が居たんだよ。これはこれでいいか、って、やっと思えてきた。ここで市政のやり方を学んで、家じゃなく都市を作っていくのもいいじゃないか、ってな」



 クルツはただ見せかけの王から、本当の王に、なろうとしていた。


 今日はその努力の、終わりでもあった。



 「貴様が今更どう足掻いた所で、結果は変わらん。我らも止まらん」



 クルセイドは構える。


 帝国の王は、その武力により国を纏める。その構えは堂々とし、正に王の風格。



 「そうだろうさ。だが、俺はあんたらにやられはしない」


 そうして、クルツは上を指差す。


 「な、なんだありゃあ!?」



 帝国軍の驚きの声が漏れる。


 クルセイドも空を仰ぐと、そこには、膨大な魔力の塊であとうと思われる、球体上の雷が、膨大な数漂っていた。


 「成程、今までの会話はこれを成す時間稼ぎか。だがしかし――」



 「魔法は効かないってんだろ?知ってるよ」



 それが無駄な足掻きではないと、クルセイドは知る。



 「魔法は効かない。だが、それで吹き飛ぶ岩は?それで起こる熱は?あれはさっきの奴とは桁が違うぞ。この辺り一体、全て吹き飛ばす」



 不味い。


 この男は、もうこの鎧が万能ではないことに気づいている。



 「街に民はもう居ない。いるのはお前ら帝国軍だけだ。この街の俺が決めた最初のルールは、城ではなく外に逃げろ、だからな」



 帝王は、この若き王が名前だけではないことを悟った。



 鎧は硬いが、流石に飛び散る岩石は無効にはできない。



 「だが、それをすれば貴様も死ぬぞ!」


 発言してから、愚問だと気づく。


 この男は、そんなことで躊躇いはしない。



 「じゃあお前はここで逃げ出して、私は王だと胸張って生きれんのかよ!!」


 王は少なからず、何かを背負って生きている。


 例えその称号が望んで得たものではないにしろ、何かを背負わされる。


 「防御姿勢を取れ!!」


 その次の瞬間だけ、音が消える。


 「やれ、ケリュイオン」


 その言葉とともに、天馬が大きく嘶く。天に届くように。


 空から膨大な魔力の雷が落ちる。それは全てを悉く破壊し、空中に巻上げる。




 「神に会ったら言っておいてやるよ!馬鹿が馬鹿なことやってるから、ちょっと見てきたらどうですか、ってな!」


 その言葉も、全て破壊の音に紛れて消える。


 そして、全てが、真っ白になっていった。


 破壊的な魔力の奔流が終わり、ようやく周囲から音が消え去った頃。


 夥しい瓦礫の中から、クルセイドはなんとか脱出する。



 「クッ……!!」



 流石の彼も、無事ではいられない。


 所々を強く打ち、血も流れている。


 「生きている奴はいるか!?」


 周囲にそう声を出せば、瓦礫が動く箇所が何箇所かある。


 「直ぐに出してやる!」


 瓦礫を取り除いていくと帝国軍の兵士が、まだ辛うじて生きている。


 そうして数人の救助を終える。


 二十数名いたはずの兵士は、半分以上瓦礫に潰され、残る半数も看過できない怪我を負った。



 兵士達を休ませ、辺りを見回す。


 そこには、文字通り何もなかった。


 城も、街も、何も。


 あるのは瓦礫の山だけだった。


 「クルセイド様!」


 遠くから声が聞こえる。後詰の部隊だろう。


 流石にこれが全勢力と言うことはない。

 

 「ラミアか……。直ぐに医療班を呼べ。退却する」


 後詰に来たラミアという女性は、その場に跪く。



 「退却ですか?勝利したのですから、凱旋では?」


 「……これが勝利と呼べるものか」


 この少数で、王の住む都市を一つ落とした。


 犠牲は最小限だった。


 それだけは確かだ。


 だがしかし、クルセイドにはこの景色は、勝利とは程遠いものだった。



 「……では、準備を始めます。クルセイド様も、治療の必要がありますね」


 そうして怪我をした兵士たちは、肩を貸され運ばれていく。


 「……暫く、策を練る必要がある。これから戦いは熾烈になるだろう。物資の補充、兵士の鍛錬、一

切を怠るな」



 それでも、変えてはならない。


 それが、自分が王になった理由で、彼の志に賛同し、後を押す部下が居るのだから。


 「はっ。畏まりました」


 ラミアは敬礼をする。



 「私は少し用がある。先にいけ」


 クルセイドはそうして、ある場所へ移動する。



 「出来ません。本来なら、私も後詰ではなく、ここで戦うつもりでしたので。失礼は承知ですが、譲るのは一回だけです。」



 その意思は硬いようで、彼女は直立不動で立っている。



 「……好きにしろ」


 クルセイドは危なげな足取りで、瓦礫の山を進む。



 そして、瓦礫から、良さげな棒を一つ、選ぶ。



 「……何をなさるおつもりで?」



 「大したことはない」



 そして、それをある地点に力の限り突き刺す。



 「……行くぞ」



 それだけすると、クルセイドは踵を返す。



 「あれは、一体?」



 倒れそうになったクルセイドに肩を貸しながら、ラミアは尋ねる。



 「王には、墓がいるだろう。立派な墓がな」


 咎落ちでもない、帝国の帝王でもない。


 只の人間としての、クルセイドの敬意が其処にあった。


 瓦礫の山に突刺さった只の棒切れ。



 帝王クルセイドは知っている。若くも偉大な王が、この瓦礫の下に眠っていることを。


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