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崩壊

 

 この広大な世界の都市の一つ、オレザノ。


 この世界では数少ない、王が収める都市である。


 王というからには勿論城があり、その城下町が一般的にはオレザノ、と呼ばれている。


 城には特に目立った名前はないが、王への愛称を取って、「クルツ城」と呼ばれている。


 いつもならば市民は平和にそれぞれの一日を終え、城の兵士は今日も自らの武を高め、何事もなく、平和に、穏やかに、一日が終わるはずだった。


 それがやってきたのは、夕暮れ近くの事だった。


 同時刻、クロトという少年が家に帰るために、家屋と家屋の間を軽快に飛び越していた。


「やっばー、仕事終わるの遅くなっちまったよ……。母さん怒ってるだろうな」 


 彼の動きはまるで動物の如く、屋根から屋根へと飛び移りながら走る。人間には到底有り得ないこの動きは、クリスタルによるものだ。


 彼の革靴には小さなクリスタルがはめ込まれ、夕日に当たり煌めいていた。


 クロトはこの街で郵便の仕事をしている。彼の能力を最大限に活かす事のできる仕事だ。この広大な街でも、彼ならばどんな所でも最短距離で駆け抜けられる。


 街には学校もあるが、通うことは強制ではない。彼のように、クリスタルによる能力を活かして仕事をしたいと考える若者も少なくはないのだ。


 「ん?」


 ふと、クロトはその動きをぴたりと止める。


 下の民家から美味しそうな晩御飯の香りがしたからではない。


 風が、不穏に流れている。


 クリスタルの力で「風」を操ることのできるクロトは、いつもとは何か違う、不吉な風を感じていた。


 「……早く帰ろう。何か、嫌な予感が」


 その予感は、彼が想像していたよりも早くにやってきた。


 不意に日の光を遮る大きな影。


 それに気づけたのはクロトを含め、数人だっただろう。


 それは非常に大きく、宙に浮いているのがまず不自然だった。


 そして、その矛盾を解決するかのように、巨大なそれは落下をはじめる。


 街へ目掛けて、落ちる。


 クロトはそれを、どこか落ち着いた気持ちで眺めていた。


 クロトが我に返ったとき、そこには音が木霊していた。


 大きな何かが地面に衝突した音。


 その岩に潰される建物の音。


 逃げ惑う人々の悲鳴。助けを呼ぶ人の叫び。


 音は断続的に続く。


 「城門の方か……?」


 この街も城も、高い城壁に囲まれている。魔物の侵入を防ぐためだ。他の都市も様々だが、このよう

な壁を作っている。


 二階建ての屋根に居るクロトには、その瞬間がはっきりと見えた。


 街の入口の城門が、崩壊するのを。


 そして、それを見たとき、クロトの思考は現実に戻る。


 「襲撃されてる!」


 魔物の襲撃は何度かあった。だが、その度に城の兵士達が勇猛果敢な働き振りで倒してきた。この城門が破られたことは過去一度も、少なくもクロトは見たことがない。


 悲鳴は一段と大きくなる。


 「こりゃまずそうだ!兵士たちは一体何やってるんだよ!」


 城門には無論、兵士が詰めている。


 それでも突破を許したとなると、今回の敵は一筋縄ではいかない、と言う事だった。


 クロトは兎に角、自宅へと駆ける。よくよく見れば、最初の何かが落ちた場所は、自分の家のすぐ近

くだ。目視でもそれが確認できる。


 「母さん、父さん、無事でいろよ!?」


 願いを言葉に、クロトは翔ぶ。


 近づくにつれて、落下したものが岩石であるという事がわかる。


 岩石は綺麗に丸い形をしており、明らかに自然なものではない。


 「なんだよ、これ……」


 着弾地点は、酷い有様だった。怪我人多数。それを助ける人々。家屋はほぼ全壊、良くて半壊。火の手も上がり、消火活動と救助活動で何をするにしても手が足りない。


 唖然とするのも束の間、クロトは半壊した家から地面に降り、改めて自宅を目指す。


 怪我をした人を助けたい気持ちもあるが、それより今は家族が心配だった。


 「帝国軍だ!奴らが来るぞ!」


 クロトの進行方向から、逃げる人々が押し寄せてくる。


 人が人を押しのけ、正に津波のよう。動こうにも動けない。


 その時、クロトのすぐ傍で、男性が転ぶ。


 人は皆、我さきにと流れていく。


 「おい、大丈夫か?」


 クロトはその波から逃れるついでに男を立たせ、その男性から話を聞くことにした。


 「す、すまないな、助かった」


 男はあちらこちらを擦りむいているが、クロトは医療道具を持ち合わせていない。


 「なんだよ、一体何があったんだ?魔物の襲撃じゃないのか?」


 男は息を整えてから答える。


 「そうじゃねぇよ。帝国軍だよ、帝国軍!あ、あいつらが攻めてきやがったんだ!」


 「帝国軍?アシュタル帝国か?」


 アシュタル帝国は、ここから遥か南方にある、砂漠地帯の国である。


 男は首を振る。


 「違う!シュルバンツ帝国だ!咎落ちの奴ら、俺たちに復讐するつもりなんだ!」


 咎落ちの国、シュルバンツ帝国。


 どちらも帝王による、武力統治の国だ。


 その国がどこにあるか、誰も知らない。ただ、それがあることだけは知っている。謎に満ちた咎落ち

と呼ばれる人々の、最後の居場所。


 「咎落ちが?でも、それなら兵士がなんとかしてくれるんじゃないか?」


 クリスタルの恩恵を受けられない人間が、クリスタルを使う人間に適うはずはない。


 その瞬間まで、この世界の誰もがそう思っていた。


 「あいつら、変な鎧を来てやがってな……。不思議なことに、魔法が全然効きやしねぇ!それに、武

器の扱いに長けてやがる!兵士さん達も、呆気なくやられていったさ!お前も早く逃げろ!じゃあな!」


 男はそう言って、また人の波に消えていった。


 「魔法が効かない……?そんな事あるのか?」


 クリスタルによって起こされる現象は、その総称として魔法と呼ばれる。


 その強力さや、クリスタルを所持さえしていればいいという条件もあって、基本的に兵士は接近戦よ

りも魔法に重点を置くスタイルを取っている。


 「と、とにかく今は家に戻ろう」


 クロトは魔法を発動させ、壊れた家屋を足がかりに、また翔ぶ。


 魔法は無限に使えるという訳ではない。クリスタルは魔法を使うごとに小さくなっていくし、魔法を

使うことで疲労もする。


 クリスタルは一般的に普及しているが、どれくらい使えるかを考慮し、使いどころを考えなければならない。今は、クリスタルを惜しむべきではないと、クロトは判断した。



 直ぐに逃げ惑う人々は少なくなる。


 帝国軍が火を放っているのか、あちらこちらから火の手が上がり、夕焼けのごとく街は赤く染まっていた。


 そして、恐らく逃げ惑う人々の最後尾。


 そこでクロトは、黒い鎧を纏った人間を見る。


 「あれが帝国軍か!?」


 全身を覆う甲冑は須らく黒。漆黒と言ってもいい。左手には同じく漆黒の盾を持ち、右手にはサーベル。


 オレザノの兵士とは違う、全く飾り気のない黒の鎧。それは非情に不気味だった。


 「やめて!助けて!」


 逃げ遅れ、泣き叫ぶ女性。


 帝国軍の兵士は、追い詰めるかのようにゆっくりとその女性に近寄る。


 「くそっ、あいつら!」


 クロトは魔法の出力を上げる。暴風の如く、クロトは帝国軍に迫る。


 「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 そのスピードのまま方向を変え、片足を突き出した姿勢で突撃する。


 帝国軍の剣が振り下ろされる寸前。


 クロトの足が、帝国軍の頭に直撃する。


 帝国軍は派手に吹き飛んでいく。そして、クロトは、その衝撃をまた風で殺し、その場に無事着地――


 「あれ?」


 しようと試みたが、魔法が消えている。


 クロトは一瞬だけ宙に浮き、そして地面に体を打ち付ける。


 「いてて……」


 腰を強く打ったクロトは、それを摩りながら立ち上がる。


 帝国軍兵士は蹴りの衝撃で伸びてしまったのか、動く気配がない。


 「君、大丈夫?」


 そう話しかけると、女性はなんとか立ち上がり、クロトに頭を下げる。


 「ありがとうございます!」


 見たところ大怪我はしていない。これなら大丈夫そうだ。


 「うん、逃げるなら急いだほうがいいよ。じゃあね――」


 そう言って、彼女に背を向けると、


 「あ、あの、そっちには行かないほうがいいです」


 女性がクロトの服を引っ張る。


 振り払えず、彼女に再び向き合う。


 「もう、そっちに無事な人はいません。帝国軍は女子供も容赦なく殺しています。だから、あなたも

逃げたほうが……」


 確かに、そうした方がいいかもしれない。父も母も、もう逃げているかもしれない。


 だが、クロトには分かる。


 だったら尚更、まだそこにいる。


 自分は、行かねばならない。


 「うん、でも、行くよ。じゃあ、気をつけて!」


 再び魔法を行使する。クリスタルはまだある。


 魔力もまだ持つ。


 今度は地面を、風のように駆ける。


 「うん、ちゃんと発動してる。さっきのはなんだったんだ?あれが、魔法が効かないって事なのか?」


 クロトの魔法は、帝国軍に触れた瞬間、全て消え失せた。だからこそ、受身も取れず、地面に叩きつ

けられる羽目になったのだ。


 「……だとしたら相当厄介だな。……急ごう」


 クロトはこの時、ある予感を持っていた。


 少なくとも彼の父親はまだこの先にいるであろうことを。


 自分の両親が我先に逃げ出すような人間でないことは、クロトがよく知っていた。


 そこから先は、何も考えなかった。



 ようやく自宅にたどり着いた時には、辺りは火の海。


 ここで暮らしたクロトですら、どの家が自分の家だか直ぐにはわからなかった。


 「父さん!母さん!居るのか!?」


 帝国軍に見つかることを覚悟で、叫ぶ。


 返事はない。


 もう避難してしまったのだろうか?それならそれでもいい――。そう思った時だった。


 「……その声は、クロト君かい?」


 父の声ではなかったが、見知った声がした。


 「おじさん!どこにいるんだ!?」


 むせ返る程の悪臭。それが人の焼ける匂いだと、クロトは初めて知った。


 「来ちゃいけない!こっちは危ないからね」


 隣の家の住人だ。彼らにもクロトと歳の近い娘がいて、クロトの両親と仲が良かった。


 クロトは声を頼りに、彼の居場所を探し出す。炎が燃え猛る音が邪魔だったが、なんとか目星を付ける。



 が、そこに近づけはしなかった。


 彼は家の裏手に隠れているらしかったが、クロトは気づいたのだ。そこに続く地面に、炎よりも赤い、何かがべったりと張り付いているのを。



 そしてそれは曲がり角に、水溜りを作るほどの量で。恐らく、彼一人がそこにいるわけではないだろう。少なくとも、二人以上、居る。


 「おじさん……。父さんと、母さんは?」


 声は震えていた。


 予感はあった。


 だが、認めたくなかった。


 「君の父さんと母さんは……。いや、君は強い子だったね。嘘を付くのは、辞めよう」


 彼も負傷しているのだろう。声色は明らかに辛そうだが、それでも優しく彼は告げる。


 「君の父さんは、他の人たちを逃がすために戦った。君の母さんは怪我人を最後まで見捨てなかった」


 彼は、その結果は言わなかった。


 そして彼らも、きっとクロトの両親と共に戦ったに違いなかった。


 「……そう、なんだ。そこに、居るの?」


 クロトは地面を向く。涙が落ちては、炎で乾いていく。


 「……ああ。済まない、こんな所に運ぶのが、私も精一杯だった」


 彼らは、守りきったのだ。


 逃げ惑う全ての人が逃げ切るまで、戦い抜いた。


 だが、自らが逃げる余力をも全て注ぎ込んだ。


 「君の事、心配していたよ……。あいつは馬鹿だから、戻ってくるかもしれんってね……。そうそう、これ……」


 曲がり角から、弱々しい手だけが僅かに動き、何かを投げ放つ。


 クロトがそれを拾う。


 それは、クリスタルが柄に装着できる、ダガーだった。


 「それ、君の次の誕生日プレゼントだそうだ……。こんな状況で渡すのは心苦しいが、貰ってやって

くれないだろうか」


 これだけは大事に持っていたのだろうか。血痕は余りない、新品のダガー。


 クロトは、それを大事にベルトに差し込む。


 「おじさんは?どうするの?」


 彼だけならまだ助かるかもしれない。そう思い、クロトは一歩前に。


 「流石に風神に愛された君でも、大人の僕を担いで逃げることはできないだろう……。それに、逃げたところで、もうどうしようもない。君だけで逃げてくれ……、と言いたいところだが、一つお願いがある」


 もう一歩出そうとした足を止める。


 「……セイラの事だ。あの子は鈍臭いからな……。もしかしたら、逃げ遅れているかもしれない。探してくれとは言わない……。だが、もし会ったらあの子をよろしく頼みたい」


 セイラとクロトは歳も近く、子供の頃はよく一緒に遊んでいた。今は街にある学校に通っている。


 「わかったよ。絶対、死なせない」


 そう誓い、クロトは踵を返そうとする。


 「じゃあ、おじさん。セイラを探してくるから。後、父さんと母さんに言ってくれないかな……」


 クロトは涙を拭く。


 立派だったのだ。悲しむ事、嘆くは出来るが、今するべきことじゃない。


 「……やるじゃん、ってさ」


 クロトは笑った。


 それだけ言うと、クロトは跳ぶ。


 「……全く、羨ましいね。いい子に育ったものだ……。済まないな、顔を見せてやれなくて。だけど、心配しなくていい。クロト君なら、きっと生き残るさ」


 きっと、セイラも助けてくれる。


 希望的観測かもしれないが、そう心から思えた。


 その言葉を堺に、彼も動かなくなった。


 四人の大人は、酷い血溜りの中、確かに微笑んでいた。



 「畜生!ちくしょう……っ!」


 クロトは涙を堪えきれず、泣きながら跳んだ。


 溢れる涙は街のあちらこちらに散らばって行くが、それを気にする人影はもういない。


 「どうして!?なんで帝国が攻めてくる!?俺たちが一体何をしたって言うんだ!」


 街をよく見れば、動かない人間が視界の端に映る。


 皆死んだ。


 ただ、平和に生きていただけだったのに。今日も、そうして生きるはずだったのに。


 「……セイラ、うまく逃げているといいけど」


 向かう先は彼女が通っている学校。


 念のため、クロトはそこを見回ってから逃げることにした。


 セイラの運動能力の無さはクロトが良く知っている。


 自分と比較するのはまだしも、普通の人と比べても、確かにセイラは足が遅い。


 セイラを頼む、と、確かに言われたのだ。


 「絶対に見捨てない……!」


 彼の両親がそうしたように。


 クロトも決して、それがどんなに僅かな可能性でも、見捨てない。


 帝国軍はあちらこちらに居るものの、鎧の鈍重さでクロトに追いつくことは決してできない。

時折襲われている人を助けながら、クロトはようやく学校にたどり着く。


 街はもう火が周り、そろそろ本格的に逃げなければ帝国軍が襲ってこなくても生きていくことは難しそうだ。


 校舎も三階から上は火の海。そこに居たのなら、もう助かるすべはないだろう。


 「一応、回っておくか……」


 流石にもう周囲には人気はなく、全員が避難しているようだ。


 しかし、クロトは焼け落ちそうな校舎に足を踏み入れる。


 一階こそなんとか学校の名残が見えるものの、他は炎でなんだったのかすらわからない状況。こんな

場所に人がいるとは思えない。


 「誰かいるか!!」


 大声で叫んでも、当然返事は帰ってこない。


 「流石にもう居ないか……。おっと、ここも危ないな。早く出よう」


 素早く建物から出て、大通りに。


 そこから街の外へと出るルートを走っていた、その矢先である。


 二人の人間の姿を、クロトの目は捉える。


 一人は怪我をしているのか、地面に倒れ動かない。


 それを介抱しているのは、他の誰でもない、セイラだった。


 「セイラ!まだこんな所に居たのか!」


 クロトはブレーキをかける。


 その声に反応したのか、セイラはクロトを見る。


 「クロト!この人、凄い怪我なの……!私の力で抑えてるけど、血が止まらなくて……!」


 セイラはクリスタルを持ち、その手を傷口に添えている。


 彼女の使う魔法は「治癒」。


 人の怪我や、時には病気すら治すことのできる魔法。


 稀少な力というわけではないが、この力を使いこなせる人間は少ない。


 「……」


 クロトは怪我人を見る。


 否、それは怪我というレベルのものではなく、致命傷だった。


 体の所々は火傷、背中には切り傷が多々あり、何より腹部に木材が刺さっている。


 セイラの魔法で、辛うじて生きている。そんな状態だった。


 「お願い、頑張って……。まだ、まだ大丈夫……」


 セイラは涙目になりながらも、決して魔法を止めない。


 彼女はもう、理解しているのだ。


 どうにもならないことを。


 もう助からない、早く逃げるべきだ。


 そう、言葉を掛けたかった。


 だが、戸惑う。


 セイラもきっと、誰も見捨てなかった。


 怪我人を治療し、一人でも多くの人を先に逃がしたのだ。


 だからまだ、こんな所に居る。


 ここにいれば間違いなく、二人共死ぬ。けれど、クロトは見捨てることが出来ない。セイラも、そし

て傷ついた彼も。だからこそ、動けない。


 そんな最中、致命傷を負った男の意識がもどる。


 「……嬢ちゃん、ありがとうな……。ずっとそうしててくれたのかい?」


 男はか弱く微笑んだ。


 「気づいた……!大丈夫です、直ぐに治療しますから!」


 彼女の手に力が入る。しかし、男は首を振った。


 「自分でもわかる。俺は助からん。無駄なことは止めて、さっさと逃げな。……迎えも来てるようじゃないか」


 男の目がクロトに向く。


 目は、まだ死んでいない。クロトは思った。


 「そんなこと言わないで……!きっと、きっと助けますから!!」


 悲痛な叫びだった。


 彼女は、頑なにそれを止めようとしない。


 「坊主……」


 男が何かを訴えるように、強い目でクロトを見た。


 クロトはそれを見て、頷く。


 「……おっさん、ゴメンな」


 クロトの靴に魔力が注入される。


 「いや、いいって事よ。子供を巻き添えにするのは、大人のやることじゃない」


 「クロト、何言って……」


 その瞬間、その場から二人の姿は掻き消えた。


 男がなんとか首を捻ると、遠くにセイラを両手に抱えたクロトの姿があった。


 霞む景色の中、男は言った。


 「生きろよ」


 そう言い放ち、男は瞼を閉じた。



 クロトは跳ぶ。セイラを抱いて、街の外へと。


 「クロト!離して!あの人、死んじゃう!」


 セイラは泣きながらクロトに請うが、クロトは決して彼女を離そうとはしない。


 「なんで……どうして……」


 やがて彼女の抵抗する力も弱まり、その小さな体はクロトの中にすっぽりと収まる。


 城門まではまだ距離がある。


 一人を抱えた状態では、クロトの機動力も下がる。


 そんな中、跳び回る彼の耳に、聞きなれない音が聞こえる。


 火薬の破裂する音。何かがこちらへ向けて飛んでくる音。


 「……銃だって!?あいつら、そんなものまで!?」


 黒い鎧の兵士が銃を持ち、狙いをクロトに定めていた。


 幸い初弾は外れたが、今の銃声で周囲の帝国軍の注意を引いてしまった。


 この世界にも科学はある。資源は多量に眠っているが、それを使おうとはしなかった。


 何故なら、科学の研究は大地を、大気を汚染するから。


 神の所有物である大地や大気を汚染することは、魔法を使う者にとっては禁忌にも等しいのだ。


 位置を考え、比較的狙われづらいように跳ぶ。


 魔法を切ってしまえば、帝国軍が大挙する場所に降りることになる。なんとかこのまま外へ向かうしか、クロトには方法はなかった。


 「くそっ……!」


 一人なら逃げきれる自信はある。だが、セイラを捨てるという選択肢はない。


 セイラを抱える両手に力が篭る。


 何度銃弾を躱しただろうか。だがしかし、帝国軍の銃口は、ようやくクロトの動きを捉える。


 次の火薬の弾ける音。


 クロトの右肩に奔る激痛。


 「グッ……!」


 その痛みに、魔力の供給が途絶える。


 力を失ったクリスタルは、クロトに恩恵を与えはしない。


 「キャアァァァァァァァァァァ!!」


 セイラの叫び声と共に、二人は落ちていく。それでも、高さは然程高くない。



 落ちる二人を確認し、帝国軍は止めを刺すために歩き始めた。

 


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