04
「歩きながらでいい?」
少しの沈黙の後、左手を差し出して航生くんが言った。少し戸惑ったけど、私は素直にその手を取って隣に並ぶ。友だちが見てませんようにって神様にお願いしながら。
夕焼けの帰り道。
ようやく歩き慣れてきた道を私のペースで進む。電車とバスを使えば30分くらいで返れるけど、このペースで歩いて帰るとなると1時間半くらいかな? でも、航生くんと一緒なら長いようで、きっと短い。だから、早く訊かなくちゃ。
「それでさ、航生くんは私のこと……」「好きだよ」
学校が見えなくなるまで我慢して、改めて尋ねようとした私に航生くんはあっさりと言った。あまりに自然で、あまりに淡白。でも繋がれた手に籠った力強さが本気だって教えてくれた。外気はもう冷たいのに顔が真っ赤に染まっていくのが分かる。
「奏は? 俺のこと好き?」
「……好き」
そんな風に訊かれれば答えなんて一つしかない。
ずっと前から、航生くんのことは家族みたいに大好きなの。だから、嘘は言わないでいいよね?
「でもね、私マユちゃんのことも大好き。航生くんと同じくらい」
「……知ってるよ」
苦そうに眉を顰めて、それでもニコッと笑う。きっと彼が期待した答えじゃなかったのに、少しも怒った様子も落胆した様子も見せない。
航生くん、優しいなぁ……。
困らせているのは分かっているから、なんだか胸がキュッとする。悪いのは私なのに、泣きたくなってしまう。
「ごめん、ね……」
足を止めて呟くと航生くんが振り返って首を傾げる。
「何が?」
「うまく、応えられなくて……」
大好きな彼の気持ちに応えたいって思うのに、恋を知らない心はついていってくれない。
それに、恋の先に今のパパとママみたいな幸せな生活があるならいいけど、もしも今のパパに出会う前の、あのパパとママのようになってしまったら……そんなのは絶対に嫌。
忘れかけていた恐怖が込み上げて、喉がギュッと苦しくなると−−−−
「いいんだよ。無理に付き合わせたいわけじゃないから」
ポンッと頭に衝撃があって、いつも通り温かい手が恐怖を溶かしてくれる。
大丈夫。言葉にはなってないのに、この手はいつもそう言ってくれている気がする。
「ねぇ奏。俺、簡単に他の奴好きになったりはしないからさ、ゆっくり俺を見てくれない? それで、一人の男として好きになってよ。それまでは“大好きなお兄ちゃん”で我慢するから」
昨日みたいに抱きしめたりはしないで、ただただ頭を撫でてくれる。私のペースに合わせてくれる。私は同じものどころか、何一つ彼に返してあげられないのに……。
なんで、こんな人が好きになってくれたんだろう?
世の中にはもっともっと素敵な人がいるって知っている。私より航生くんを好きでいてくれて、対等に並んでいられる−−−−そう、マユちゃんみたいな人が。
私が彼の隣に並ぶなんて不釣り合いもいいところだよ……。
でもそれを理由に彼を拒んだら、マユちゃんはきっと激怒する。「努力もしないで手に入るものなんてない!」、いつもそう言っているくらいだもんね。
マユちゃんも航生くんも同じくらい好き。そんな私が今二人のために出来ることは−−−−
「分かった。これから、真剣に航生くんと向き合う」
全身全霊でそれを受け取ること。まだまだ実感は沸かないけど、航生くんをそういう対象として見てみよう。この想いがどっちに転がるとしても……。
「奏」
私の決意に航生くんが嬉しそうに微笑む。その笑顔に私まで嬉しくなったのは秘密ね。
手を繋ぎ直して、まだ続く家路を他愛もない話をして歩く。そして家の前まで着いたとき−−−−
「奏、もう一つの質問の答えだけどさ……俺、マユのことはライバルだと思っているんだ」
「ライ、バル?」
「そっ、ライバル。まっ、詳しいことはマユに訊きな。多分、あいつも同じだと思うし」
言うだけ言って「じゃ」と手を振って去って行く。
引き止めたかったけれど、何故かその背中を引き止めることは出来ない私だった。
ども、可嵐です。
お話を書くことは心の整理になる気がします。健康に良さそうだと分かっているのだから、定期的に出来るようになりたいものですねぇ。
まったく学業というのは、仕事並みの拘束時間の癖に一銭にもならない。それどころかお金が掛かる。色々な意味でストレスフルです。
大好きなさらさんのお話のように、爽やかなものが心に欲しいです。あと恋愛要素! もう少し進みたい。次回はマユちゃんのターン!?
またお暇がありましたらお付き合いください。読んで頂いてありがとうございました!
可嵐