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第九話 ジャンピング土下座のお話

突然だが俺は現在、学院で目標を立てている。

その目標のために、学院の情報に通じている人物を確保する必要があった。

何かよい情報源はないものかと聞きこみ等を行った結果、俺は学院内のある魔法道具屋に行きついた。


その店、実は学院と契約している各商会の元締めをやっており、その顔の広さで各地の魔法工房と契約しているため扱っている品も豊富であるらしい。

そのため、金さえあれば一流の魔法道具がすべて揃うのだ。

その結果、研究熱心な上流貴族と教員の大半はココを利用している。

また、お店の主である老婆の性格も特徴的だ。気に入った客には面倒見もよく、多くの学院関係者から慕われている。

そして極め付けは俺が最も欲しいあるモノを売ってくれるらしい。


放課後俺とクーノは商業区画の隅にあるその店にやって来た。

外見は何でもない普通の店に近い、店と言われればそう思うし、ちょっと趣向を凝らした民家と言っても通じるかもしれない。

「それじゃあ入るぞ」

「はい」

俺は緊張しながらドアを開けた。

ギィ…

少し寂れた店の奥に店主の老婆が一人カウンターに座っている。

「アルさん、本当にここがアテなんですか?」

「ああ」

クーノに軽く返事をすると俺は店内を進んだ。

店内はとても古く、どの商品にもホコリが積もっている。明らかに掃除をしていない証拠だ。

普通の人間なら、ここで引き返してしまうのがオチだ。しかしこのお店、通い詰めている人間はそれなりにいる…それも上級貴族ばかり、調べてみると上辺は一見の客を騙すために常に汚くしてあるらしい。


老婆は俺たちを確認するとさもおかしそうにつぶやいた。

「おやおや、いらっしゃい。ダートが何しに来たか知らないけど見るだけはタダだからね。高値の花を存分に見て帰っておくれ」

「いや、その必要はない。突然で悪いが婆さん俺を此処で雇ってくれないか?」

老婆は俺をマジマジ見た後、さもおかしそうに大声で笑い始めた。


「ヒャッヒャッヒャ、お前みたいなダートに何ができるってんだい。何にも出来やしない能無しの癖に此処で雇ってほしいだぁ?バカも休み休み言いな!さっさと帰って一人部屋の隅で震えているのがお似合いさね。ほら!帰った帰った」

虫を払うかの如く言い放つ老婆。

俺はその言葉に耳を貸さず、近くのランタンを指差すと淡々と話始めた。

「そこの埃をかぶったランタン、王国西部にある鉱山町ブエルの有名魔法工房、ヴァサゴ工房の3式ランタンだろ?

整備方法は、魔導石から伸びている専用回路をチェックして魔力が完全に途切れているか確認、次に各排気口が詰まっていないか点検をすること。そこからは他のランタンの整備方法と大差ない。重要なのは初めに行う回路の確認と排気口のチェック、これを怠ると魔力が漏れて故障の原因になる。」

とランタンの出どころとその整備方法を手短に話す。

まずはアピールだ。

自分がただ思いつきで来たわけではない事をこの老婆に証明しなければいけない。


婆さんの目が急に鋭くなった。

「…へえダートにしては博識だね。それじゃあ王国南西部にあるバアル工房の看板商品は?」

と老婆は試すように俺に聞いてきた。

一応知識なら自信はある。

記憶を頼りに答えを思い出す…この老婆マジで性格悪いぞ。

「看板商品はない、鎧に属性を付加する技術…エンチャントが工房の売りだ」

にこっと笑顔になる老婆。


「では通常の鎧とエンチャントされた鎧及び防具の整備方法の違いは?」

「通常の装備は磨くだけで良いが、属性が付いているものは各属性が付加された布で磨く事。そうすることで逆の属性によって弱められた武具でも付加された属性を維持することが出来る」

俺の答えを聞き満足そうにうなずく老婆。


どうやら試験は老婆の及第点以上のようだ。

「ふん、ただ来たってわけでもないんだね。ただ…後ろの女の子を見るに何か裏があると見たよ。目的はなんだい?」

そう手を顎にあて、こちらを値踏みするように見る老婆。


ふう…ようやく関門突破か、これで本題に入ることができる。

俺は、頭を深く下げ最敬礼のような体制で老婆に告げた。

「ある生徒を懲らしめたいんだ。そのためにはそいつの情報が居る。ここがただの道具屋でないことは噂で聞いた。情報も売ってくれると。だけど俺にはその対価として払うまとまった金がない。だから情報分を此処で働くことで返したい。だから俺に情報を売ってほしい」


話を聞いた老婆はさも面白いジョークを聞いたかのように笑い始めた。

「ヒャッヒャッヒャ! 面白い事を言う、ただのダートでない事はわかった。あんたの言う生徒にも心当たりがある、ただこちらも上流階級の人間に、にらまれたくないんでね。大人しく帰っておくれ、なかなか楽しませてもらったよ」

老婆の虚しい言葉が俺の耳に届く。

分かっていた現実、誰でも権力をもった人間になんて逆らいたくない。

「しかし、「それに!」」

でもそれでも望みはないかと再度言葉を紡ごうとすると、突然遮られた。


見上げた老婆のその瞳は、何とも言えない何かを諦めたかのような褪せた色をしていた。「ダートを雇うなんて店の評判を落とすような行為、するわけにゃいかないんだよ。悪いねダートの小僧…現実なんてこんなもんさ。人それぞれ分相応に生きていくしかないのさ」

ヴォン…

自分たちの床に魔法陣が展開される。

とすると不思議なことに体が勝手に動き出した。

「アルさん! 体が! 体が勝手に動いてますよ!」

クーノも突然の事に戸惑っているようだ。


俺は慌てて婆さんの方を見る、だがもうその瞳からは何も読み取れなかった。

「あんたみたいな客のために用意した装置だよ。ダートの癖にここが情報も売っていると探し当てただけでも奇跡と言っていいんだ。ダートでも一時の夢は見れただろ?そこの嬢ちゃんももう来なくていいからね。ご利用ありがとうございました」

ただただ感情の篭らぬ醒めた声が聞こえ、俺たちは店外に出た。

ギィ…バタン

婆さんの小さな影を最後に無情にも扉は閉まった。

クソッ。

ある程度覚悟はしてたけど、いざ失敗してみるとつらいな。

しかしあの魔法、いや魔道具か?一体どんな仕組みになってんだ?

是非知りたい。


と場違いな事を考えているとクーノが心配そうに話しかけてきた。

「追い出されちゃいましたよアルさん。大事な情報源が!!どうしましょう」

「クーノ!ホイホイ喋るな。仕方ない。ここはいったん…ん?誰か来る!クーノ隠れろ!」

「え!?は、はい」

そう呟きながら俺たちは物陰に隠れた。

コツコツ…

足音を聞きながら冷静に思考する。

ここは商店区画といっても隅の隅だ。此処まで響く足音はココにようがあると考えるしかない。


物陰に隠れて様子を窺っていると、ショートカットの女生徒がこちらに歩いて来るのが見えた

顔もなかなかに整っている。

美人だ、しかし表情は一転して暗く、どうも様子がおかしい。

制服を見るにどうやら二年生の様だ。


女生徒はそのまま店の中に入っていく。

そっと壁に耳を付ける。

「いらっ…ま…なの…?」

「…、…だから…」

「…に…大丈夫…なの…い?…マルク…要求……ろ?」

「…、…フラン…様…だ…だから……ね」

…よく聞き取れないな。

店内では婆さんと女生徒が話をしているようだ。

語尾から察するに婆さんの方が色々と質問しているのだろう。

くそっ何か交渉の糸口さえ見つかれば。

そんな思いで会話に聞き耳を立てる。

「う…大…、だから…マイルーラ…お…い…」

「し…、あいつ!……」


!?…ふーん


「クーノ。あのショートカットが帰ったらもう一回交渉するぞ」

「え!?でもあまり聞こえませんでしたよ?それなのにもう一回って大丈夫なんですか?」

「ああ、ほぼ100%大丈夫だ。次は条件を引き出せる、いや引き出して見せるさ」


くそっ、あー、この世界は糞だらけだ。

まったく嫌になるよ本当に。



―――――――――――――


「失礼、お邪魔するよ」

「またあんたかい」

俺たちはあのショートカットが店から帰った後、再びあの老婆と対面していた。

「頼む、ここで雇ってはもらえないだろうか?」

俺は再度頭を下げた。遅れてクーノも頭を下げる。


「くどい、何度も言ってるだろ。あんたみたいなダートが来ても…「あんたの望みを」」

畳みかけるように話す老婆に俺は強引に話を持っていくことにする。

「あんたの望みを代わりに叶える。俺なら今の状況を打破出来る、いやして見せるから」

「何の話だい?第一あたしの望みが何なのかあんたにわかるってのかい?」

小馬鹿にしたように婆さんが言う。


「すまないさっきのお客との会話、少しだが聞かせてもらった。俺ならどうにかできる!

だから頼む俺に奴の情報を売ってくれ!」

誠心誠意こちらが真剣だと伝えたつもりだった。

しかし、今まで穏やかだった老婆の目が急に見開いたかと思うと、まるで汚物を見るような目でこちらを睨みつけてきた。

「盗み聞きとは…またダートらしい、いやらしい行為だね。そんなことをしてまで自分なら出来ると思ってるのかね?あんたみたいなダートが! 復讐したい相手の事もよくわからない屑餓鬼風情が! 高慢だと思わないのかい?」


「そ、それは…」

婆さんのさげすむような言葉を聞き、俺は愕然とした。

甘かった…

誰にだって悩みはある。しかし他人の、ただ壁越しに聞いていた話をなんとか出来るなんて思っていた自分にいら立ちつつも言葉を紡ごうとする。

ただ今まで考えていた交渉の手順など頭から飛んでしまって、俺は心のままに叫んでいた。


「違う! 俺ならなんとかできるなんて大層なことを思ったことはない! だけど、嫌なんだ。

なんとかしてやりたいんだ。

こいつが入学早々、マルク・フォン・デリオットに目をつけられた! そのせいで今じゃ普通の学院生活すら送れない状態なんだ! あの糞野郎それだけじゃ飽き足らずこいつの体を求めて襲って来たんだ! もう時間がない! こいつは、本当なら俺みたいな屑と一緒にいちゃいけないのに、こんな屑と一緒に居るのが幸せだって言いやがる! だから、助けてやりたいんだ! 頼むよ」

俺は想いのたけを婆さんにぶつけると、膝を付き、地面に手をつけて土下座をした。


思わぬ告白を聞いたクーノは、土下座している俺に驚き、声を張り上げた。

「な、何言ってるんですかアルさん! アルさんに助けを求めたのは私です! あの人に目を付けられたのは私の責任なんです! お婆さん、この人はただ私に優しくしてくれただけなんです。私が! 私がここで一生懸命働きます。だから、だからあの人の情報を、いえ、私たちに協力してください! お願いします」

そう言って俺の後ろで俺と同じく土下座をするクーノ。


情けない…何が交渉だ。

助けたい奴にも土下座させなきゃいけないほど俺は弱いのだ。

俺はただ女の子の前でかっこを付けたくて、ただ粋がっていただけだ。

虚しさと悔しさで目頭が熱くなるのを必死でこらえながら床に頭を擦りつけた。


………


長い長い沈黙が続いた。


「ぷっ…ひゃっひゃっひゃっひゃ、あー可笑しい。あんたたちもう顔をお上げなよ」

先ほどの剣幕は何処へ行ったのか老婆は大笑いしていた。

しかし笑い方は先ほどの馬鹿にするような笑い方でなく心から楽しそうな笑い方だ。

二人そろって顔を上げる。


「あんたたちの決意が本物だって事はわかった。そんであんたたちが抱えてる事情もね。」

「じゃ、じゃあ「お待ち!」

と希望が見えたと思った瞬間ぴしゃりと制止された。

「情報は提供してやる。ただし、条件がある。」


「条件…」

と俺は呟いていた。

なんだ、何を要求される?


老婆はさも当然と言ったように答えた。

「ああ、条件だ

1つ必ずさっき店に来た子とそこの子を救うこと。ただ助けるんじゃない。しっかり救ってやるんだ。わかったね?

2つ、二人ともこの店でバリバリは働いてもらうからね。情報だってタダじゃない、対価としてそこのダート一人じゃ全然足りないんだ、わかるだろ?

これが条件だ。どうだい破格ともいえる条件だろ?」

確かに…破格だ。

老婆の文字通りの老婆心に涙さえ出てくる。


「わかったその条件でいい」

しかし油断したのもつかの間、老婆の目がきっと鋭くなった。

「返事がなってない!!それにお譲ちゃん! いいやあんたは小娘で十分だね。

あんたはこの小僧に言わせて自分は何も言わない気かい?「わたしの責任です」って言葉は嘘だったのかい?ふたり同時にもう一度だよ!」

「「…わかりました。その条件でよろしくお願いします」」

老婆にぴしゃりと指摘され、今度は二人同時に返事を返す。

まったくこの老婆の前じゃ、気を抜いて会話するっていうことができないな。


俺たちの再度の返事に老婆は満足そうに頷いた。

「やればできるじゃないか。それで良いんだよ。全く最近の若い者は礼儀がなってないったらありゃしない。特にそこの小僧! あんたは礼儀もなってなければ女心ってもんも全く分かってない。全く自覚があるのかねぇ」

「全くです。鈍感にもほどがあります」

「…お前はどっちの味方なんだ」

お婆さんのお叱りにちゃっかり乗っかるクーノ。

お前のためにしてる事なんだけど…抗議したい、いや頭をど突いてやりたい。

とにかく、ようやく交渉成立か…長い道のりだった。


と安心したのもつかの間、老婆がにやにや笑いながら俺たちに告げる。

「そうと決まれば、明日の同じ時間にまた来な。あんたが必要としている情報を提供してやる。あの餓鬼が治療している間に準備を整えておきたいんだろ?なら早い方がいいさね」

…どうやらこちらが考えている事はすべてこの老婆にはお見通しのようだ。

まだまだ自分が未熟であると思い知らされたな。


「ありがとうございますお婆さん」

「コリン! コリン婆さんと呼びな」

思わず出たお礼の言葉に老婆はまんざらでもなさそうな顔でそう言った。

どうやら、親しい人間にはそう呼ばせているらしい。


「「ありがとうございます。コリン婆さん」」

そう言って、俺たちは店を出ようとする。

「待ちな。小僧」

…後ろから呼び止められた。

「小僧、気になる事が1つあってね。お前はさっき「少しだが聞かせてもらった」と言っていたが、この部屋…ある程度は外に音が漏れないよう対策してあるんだ。あの子があんたらと同じ問題を抱えていると何処で気づいた?この婆に種明かししてはくれないかね?」


あーやっぱりそうなるよな。

別に内容すべてわかったわけじゃないんだ。

俺が分かったのはホントにたまたま。

俺はコリン婆さんに振り返って答える。


「会話の中に「マイルーラ…」って単語が出てきた。

それにマルクの名前も…

避妊魔法薬…マイルーラ。 

一昔前の有名な避妊薬だ。 

使い方は、行為の20分くらい前から女性が自分で膣に薬を入れること。

効果時間は1.5~2時間。

自分で直接膣内に薬をぬるため、指などに汚れがあると炎症などを起こす。

しかも使い慣れた人間でないと上手く避妊できない。

男は生でできて、女は避妊に人一倍苦労する。胸糞悪い薬だ。」


「へぇ…よくわかったね。詳しいのは道具の事だけかと思ったよ」

俺の答えに本当に感心したようにコリン婆さんが呟いた。

「いや、この薬を知ってたのはホントにたまたまさ。昔さ…うちの家のメイドが…俺の母親代わりの人が使ってた…それだけだ。そこから推理した。

いかにも、あの高慢な上級貴族さまが好みそうな薬だろ?

今じゃもっと楽な避妊の方法がある。

普通の男女の関係なら男女2人で来るし、女性だけだとしても、もっと楽に避妊する方法を選ぶはずさ。

だからそう思った。

ついでにコリン婆さんがあの子を大層気に入ってるってこともわかったよ。

普通客の買うものについて根ほり葉ほり聞こうなんて店の店主はいないからね」


そう投げかけるとコリン婆さんは若干罰が悪そうに顔をしかめた。

「…そうかい、悪いこと聞いたね。まったくあんたらのせいで出費が増えるばかりだよ。次からは完全防音魔法を壁に施さないといけないね。なんたって単語を聞いただけで会話を当てちまう屑小僧がいるんだから」

「ああ、そうしてくれ」


そう、たまたまメイさんが使っているのを見たのだ。

メイさんは…母親が弟を身ごもっている時に、親父の相手をする事があった。

その前には必ず俺を遠ざけるので何をしているのか気になって、自分で本を使って調べた。

当時すごい後悔した事を覚えている。


「いいさ、これで奴を思い切りぶちのめす事が出来るんだ。安いもんだ…また明日来るよ」

「さようなら、コリン婆さんまた明日来ますね」

「待ちな!」

そう言って店を出ようとした俺たちの顔に濡れた布が飛んできた。

「うぉっ!」

「キャッ!」

「あんたたち二人とも顔が砂だらけだよ。とっとと顔を拭きな。客が顔中砂まみれになる店なんて変なうわさが立つとこっちも困るんだよ。」

「「す、すみません」」

俺たちは顔を拭くと今度こそコリン婆さん店を後にしたのだった。


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