第二十八話 王国の狙いとゆかいな仲間そのさん
書いていたら、いつの間にかクルルが変態になってた。
アチモのリストを一通り確認すると、机につっぷした。
「あー糞っ!やることが多すぎる。
このままいけば、生き残る程度の算段はできるが、それ以上に俺に負担がかかりすぎる」
先ほどのアチモといい、ダートである俺の能力に疑問を投げる人間は多い。
それ自体に問題がないわけではないが、こちらが行動で示し続ければそのうち相手も理解していく、特に上から押さえつけられることを常とする奴隷であれば、なおさらそこに自分たちの意思はない。
だが、その指示を俺だけが常に出し続けることは、あまりよくない。
本来のまとめ役であるエリーナやその下についている者たちが指揮を出し、皆がそれに従って動く。
その形に持っていくことも考えなければならないのだ。
そんな風に、物思いにふけっていた時だった。
バタッ!
突然の扉が開いたかと思うと、半裸の女性が飛びついてきた。
「うわっ!なんだ?」
「久しぶりねおにーさん!
元気にしてた?」
半裸で飛び出してきた少女は以前奴隷として迎え入れた少女ミルド・ファル・コーだった。
突然のことにお退きながらも、はしゃぐ彼女を確認する。
小さかった羽は大きく両翼とも均等に成長しており、美しく輝いていた。
体のほうも小さく幼かった体がここ数日で嘘のように手足が延び、少し前はまな板だった胸も二つのゴム毬のような塊がくっついている。
「うわっ久しぶりだなミル。
随分と様変わりしたようだな。
ところで、離れてくれると嬉しいんだが?」
「…いやよ。
なんか私の体、急に成長してこれってまた別の病気なの?」
大人…といっても言葉尻に幼さを残すミルを何とか引きはがそうと試みるも、どこにそんな力があるのか手足をがっちりと絡めて動けない。
いろいろな部分が当たって少々…いやかなり煩悩を刺激されて辛い。
「違うよ。それがお前の本来の体だ。
クルルから話は聞いていると思うが、原因はお前の頭にあった腫瘍…変な塊がお前の成長を妨げていたために、体も小さく翼も不揃いだったんだ。
だからその原因を、クルルの力で取り除いた。
腫瘍がなくなったお前の体は急速に成長をとげたんだ。
何も驚くことはない。
しっかし、お前の体はよほど、我慢していたみたいだな。
普通は数日でこんなに成長はしないものなんだが…」
本来のクッシング症候群は、慢性疲労、肥満や手足の発達が遅くなるという症状だ。
そのためずんぐりむっくりのような体系になってしまいコンプレックスを抱くものも多い。しかし、頭の中の腫瘍を取り除ければ、本来のホルモンバランスを取り戻し、体が正常に成長していく。
彼女の場合は、それが数日の間に手足や羽に現れていた。
「うーんちょっとよくわからないけど、!ありがとう!おにーさん!」
「礼ならクルルに言えよ。
俺は、あたりを付けただけだ。」
なるべく気にしていない風を装いつつ、そっけなく答えた。
「うん、でもおにーさんにお礼がしたくって、あの時私について来いって言ってくれたでよ!
私うれしかったの。
それに、クルルもおにーさんが言わなければ気づかなかったし、そんな面倒なことをしようとは思わなかったって言ってたわ!」
ギュ…
そういうと来るは自らの翼で俺を包み込んできた。
温かい…翼人族の羽は思った以上に心地よくフワフワとしていて、くすぐったい。
「ねぇ…おにーさん…
体が熱いの。
まだ、成長するのかな…おにーさん心配だからよく見て…」
耳元でミルが囁く。
クルルの施術のあと、彼女の安全を確保するため、俺たちが使っていた小屋に避難させ、様子を定期的にクルルに見に行かせていた。
今日会うのはあの時、分かれて以来だ。
よく見ると、あの時来ていたボロ布のような服をまだ身につけていている。
しかも、著しい成長を遂げた彼女の体に合わないのか、ところどころ破れて扇情的だ。
しかもいい感じできわどい所が隠されており、クルルになぜまだこの格好をさせているのだと小一時間くらい問い正したい気分だ。
「なんだ?
急に、成長して不安にでもなったのか?
おまえらしくないな、あの時に“今度はあなたの役に立つ”と言っていた勢いはどうした?」
ミルは俺の問いかけに弱弱しく首を振ると俺の首筋に顔をうずめる。
首筋は相変わらず奴隷としての首輪がまかれており、ボロい服と相まってその背徳感を一層強めていた。
また、首筋はうっすらと汗をかいていて、俺の皮膚に吸い付くように張り付いている。
「違うの…うれしいの。
最初は会って、お礼が言いたかったの。
そして、お兄さんの役に立つって考えてたんだけど、お兄さんに実際に会ったらなんだかおかしいの。
どうしようお兄さん…」
「わかった。
急に体が成長したから心がついて行ってないんだな」
俺はそっと彼女の背中に手を回し、そして安心させるように抱きしめる。
全身に汗うっすらとかいていてその肩に張り付いた髪の毛は汗を含んで艶めかしく輝き、大人の色香を三割増しにしていた。
しかし、その肩は小刻みに弱弱しく震えており、おびえているのがわかる。
そこまで考えて、俺は罪悪感に襲われた。
たかが、数日前まで親に捨てられ生きることに必死だった小さい女の子に、あまつさえ体が大人になったから欲情するなど、人としてどうなのだろうか。
道徳的にだめだろう…男性的にはアリだが。
さきほどから胸に感じている弾力あるものも、その存在を主張するように俺の肋骨を押し返している。
ここは、男として平静を装い続けたい。
「いいぞ、お前が不安を解消するまでこうしててやるから…」
「うん、ありがとうおにーさん…
おにーさん、ミルを…見て…」
ふと、ミルと目があった。
その目は輝いていて、顔はうっすらと上気していて、唇はぷっくらと赤く膨れていて、そして女の子特有の甘い匂いが俺の鼻孔をくすぐって…
「ミィィィルゥゥゥゥ!!」
突然、地獄からの使者ような、どす黒い声が聞こえたかと思うと、クルルが勢いよく飛び込んできた。
「お、おい! うわっ!」
一瞬の浮遊感とともに、衝撃が走り、俺は部屋の隅に投げ飛ばされた。
「アルスよ!
おぬしも訛ったか!
かような童にかどわかされるとは、気をしっかりと持て!
この朴念仁!」
「なんで!?
なんで、クルルおねーさんがこんなに早く来るの?
いくらなんでも早すぎる!」
「ミル!
おぬし謀ったな。
何がアルスの使用済の下着が議事堂近くの宿屋に干してあるなどと戯言を!
もう少し気づくのが遅れておれば、取り返しのつかぬ事態になるところであったわ!」
クルルの渾身のタックルにもめげず、翼をたたんだミルは当然のように呟いた。
「クルルが悪いんだよ。
いつになってもおにーさんのところに連れて行かないから、奴隷は主の役に立つのが仕事なんだから、主のために身も心も捧げるのが当たり前なんだよ。
いつもいつも“アルスの匂いガー!“って部屋の隅でこそこそして」
途端にクルルの顔が火をつけたように赤くなった。
「そっ!! それは言わぬ約束であろう!」
「いいじゃない減るもんじゃなし。
ね?おにーさん」
その言葉に俺はようやく事態を把握する。
どうやらいっぱい食わされていたようだ。
「ミル、とりあえず別の服を着てくれ。
俺の身にそれは刺激が強すぎる。
それと、もう体のほうはいいのか?」
「問題ないわ。
これからおにーさんの力になる。
よろしくね」
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「それで早速だが、頼んでいたことを確認したい」
ミルの着替えを済ませ、一息ついた俺は、再度頼んでいたことについて聞いてみる。
「うむ、頼まれていた翼人族の奴隷だが、ここより2つ先の集落に奴隷として売られておった。
奴隷商に尋ねたところ、おぬしの見立て通り、翼人族の集落から最近買い付けたそうだ」
「やはりそうか…」
自分の予想が悪い意味で当たっていたことに少しだけ気分が悪くなる。
だが、今はそんなことは言ってられない。
「うむ。
そのあとミルの案内で翼人族の村に行ってきた。
お主の予想通り、最近までレグルニアと自治州それぞれから商人が来て取引をしていたそうじゃ。
今まで問題なく取引をしていたが、二か月前からレグルニアからの商人が村に訪れなくなり、それと同時期に村の備蓄もここらを根城とする盗賊たちに襲われ食糧庫が全焼してしまい、その結果村が深刻な食糧不足に陥ったと…」
やはり、思った通りだ。
「なるほどな。
おかしいと思ったんだ。
自治州の周りには、確か翼人族の小さい村が点々とあって、少ないながらも外界との取引をしている。
ここまではいい。
だが、自治州の村々から奴隷を徴兵していて気づいたんだ。
確かに他から多く奴隷を連れてきているが、翼人族の奴隷も全体の2割程度存在していた。
そこに引っかかりを覚えた」
そこまで言うと、クルルが声をあげた。
「アルよ。
気になっていたのだが、翼人族が全体の2割程度が多いと考えるのは早計ではないのか?
この地域は奴隷が常に入用になる。なら、翼人族の奴隷も当然その程度存在して、然るべきでないかのう?」
確かに、クルルのいうことももっともだ。
しかし、俺はクルルの言葉に首を振った。
「確かに全体の2割というのは案外、普通なのかもしれない。
だが、この地域でそれはあり得ないんだ。
翼人族はその大きな翼ゆえ、狭い坑道を通らなければならに鉱夫に向いていない。
だから翼人族の奴隷が出たとしても、すぐほかの地域へ連れて行かれるのが普通なんだ。
種族ごとに得手不得手があるからね。
確かに翼人族の集落はこの近くにある。
だから翼人族の奴隷がいるとしても不思議じゃない。
しかし常に奴隷商が帝国とレグルニア王国を行き来しているこの自治州では、人も物資も常に移動する。
だから、奴隷になったとしてもすぐに需要がある地域に移送される。
それが、ここ最近は物資の流通が滞りはじめ、その結果、奴隷もその場に留まらざる負えない状況になった。
そう考えるとおかしいんだ。
全体の2割が翼人族ということは、彼らは物資が滞り始めたつい最近、奴隷になったということになる。
今は、厳しい冬でもなければ、翼人族は自治州に税を納めているわけでもない。
だから、こんな時期に、翼人族の奴隷があふれる理由なんて、住んでいる村に何か不測の事態に陥って金が入用になったとしか考えられない。
そんな事態になること…
それが絵師の策略の一つであるか確かめる必要があった」
俺の言葉にクルルがなるほど、とうなずいた。
「なるほど、理屈はわかった。
しかし、なぜそんなことをする必要があるのだ?
今回の戦、翼人族は関係ない、むしろ余計な相手を作ってしまうぞ」
「いや、メリットならあるさ。
クルル、奴隷商から手に入れた金で村は食料を買い直したのか?」
「そうじゃよ。
無事に自治州から食料を取り寄せ、それ以降の被害はないそうじゃ。」
「具体的に、食料が届けられたのはいつごろだ?」
「つい最近だと言っておった。
確か、贔屓にしている商人が、自治州の者に無理を言って必要な量を確保させたと…」
「わかった。
奴らの狙いがわかったよ。
予想通りだ。
連中の目的は、自治州に貯蔵してあった食料を無駄遣いさせ、自治州の力を弱めること…それが目的だ」
俺の言葉にクルルがなるほど、とつぶやいた。
戦争になれば、衣食住の価値が高まる。
中でも真っ先に価値が上がるのは食料だ。
価格が高騰し、食料の供給が止まれば兵士のモチベーションは下がり、皆の不満が高まる。
それは避けねばならない。
不満が不満を呼び、それはいずれ裏切りという行為に走らせるからだ。
幸いにも、食料はまだある。
すぐに食料に関して皆の不満が高まるということはないだろう。
「ねえ、おにーさん。
てことは向こうの策略はほぼ完了してしまったってこと?
それってまずいんじゃないの?
食料をどこからか確保する必要があるんじゃない?」
ミルが不安そうに声を出した。
その考えは間違っちゃいない。
だが、今回注目するところはそこじゃない。
「確かに策略は完了してしまった。
だが、悪いことばかりじゃないんだ。
一つ一つの策略を解析することで相手の戦略の方向性が見えてくる」
そう、相手の策略の方向性が見えてきた。
レグルニアは短期間でこの戦争を終結させる想定で動いている。
その理由…〈真紅の翼〉第4翼…“雑草”のクルベルトが言っていた王位継承争いか、はたまた帝国とのいざこざを想定してのことだろうか、なんにせよ狙いがわかれば次に打つ手も予想ができる。
「それで、協力は?
こちらの話に乗ってきそうか?」
俺の言葉に、幾分難しそうな顔をするクルル。
クルルには自治州の管理外の村もしくは集落があれば、協力を要請してきてほしいと頼んでおいた。
しかし、当然というか予想していた通り、色よい返事はもらえてはいないようだ。
クルルはさらに言葉を続ける。
「正直厳しいのう。
向こうも村人を奴隷に落とし、人口も少ない。
さらに食料不足で老人や子供だけでなく働き盛りの大人たちまで体力が落ちているものが多い。
おぬしが言っていた条件で協力できぬかと確認したが、“考えさせてほしい”と」
クルルの返事に俺はうなずく。
十中八九色よい返事は無理だろうが話だけでもしておけば、状況が変わったときに、いろいろと交渉できる。
「まあ、いいさ。
時間はないが、検討してくれるってんだ。
おとなしく待てばいいさ」
ともかく、レグルニアもしくは帝国が何かの妨害行動を起こす前にこちらも動き出さなければならない。
そう考えていた時だった。
「旦那ぁ!大変だ。鉱山でモンスターがわらわら出てきやがった!」




