第二十六話 徴兵とゆかいな仲間そのいち
お待たせしました、遅くなって申し訳ないです。
一週間に一話の速度で連載を再開していきたい。
※あくまで希望です。
突然だが、奴隷を商品として提供する者にとって最も必要なことは何か?
奴隷にムチを打ち失意のどん底に突き落としたうえで、顧客の命令を何でも聞くようにすること。
顧客の好みをリサーチし、その理想像に最も近い奴隷を提供すること。
確かにそのどれもが有効な手段となるだろう、だがそれだけでは決定打とはなりにくい。
最も必要で重要なことは、奴隷が自分から顧客に仕えるよう環境を整えること。
顧客に精一杯奉仕し、それでいて、顧客の意にそうように自ら無意識のうちに行動させることこそ重要なことだと俺は考える。
その点において、後ろで騒いでいる男は本質が何も見えていないように思えた。
少なくともこの店にはその環境が整っているように俺にはみえなかった。
「こ、困ります!
じ、オルドス自治州議長代行殿!これは完全に違法だ!
違法な徴発ですぞ!」
相変わらず、後ろで騒ぐ男をよそに、俺は気にせず使用人らしき男に声をかけた。
「この店の奴隷をすべて持ってこい。
一列に並べて俺の話が聴けるように…「ふざけるな!!
オルドス自治州議長代行殿の話に耳を貸すんじゃない!」
俺の話を遮るように男が喚く。
俺と自らの主人の顔を交互に見比べ使用人がうろたえている。
このままでは話が全く進まないどころか俺のイライラが増すだけでただの悪循環だ。
「おいおい、別にお前は奴隷じゃないだろ?
それとも自治州議長代行権限でお前を罪人に落として無理やり言うことを利かせてもいいんだぞ?」
とりあえず、職権乱用で事態を進める。
正直、後が閊えているのだ。
「ひぇっ!はい!ただ今お持ちします」
俺の脅しに使用人が弾かれたように奥へと引っ込んだ。
足音が店の奥に向かってその勢いのまま消えた。
恐らく裏口から外へ飛び出していったのだろう。
罪人になるくらいなら、職場からバックれて、どこへなりとも消えた方が確かに有効だ。
少なくとも俺があいつならそうしている。
だが、今の状況ではまったくもってめんどくさい展開だった。
「お、おい!私の命令よりオルドス自治州代行殿の命令を聞くのか?
こんなダートの命令を!」
小間使いが逃げ出したことにも気づかずに目の前の男は叫びをあげた。
おいおい、本音が出てるぞ三流商人。
っていうか足音聞いてなかったの?
お前の部下は既にこの店から逃亡してるぞ。
俺は内心ため息をついてさっきから騒ぐ男の方に視線を向けた。
まったくもって時間がかかりすぎなんだよな…
「ったく、いちいち正式名称で、言わなくてもいいだろ…
というか…ようやく本音を言ってくれましたねーっと。
ベルダさん、私は当然の権利を主張しているだけですよ?」
「な、何が当然の権利だ!
ここにいる奴隷は私が汗水流してかき集めた大事な大事な商品なんだぞ!
それを金も払わず、こんな紙切れ一枚で持っていこうとするなど、とても納得できるものではなかろう!」
「まあまあ、確かに言いたいことはわかりますよ?
だから言ったじゃないですか?
あなたに手渡したのは、俗にいう保証書と言うものです。
この保障書を持っている限り、あなたの奴隷はオルドス自治州の管理下に置かれますが、その分の利益についての全てを正式に自治州は保証します。
という約束をまとめたモノです。
この保証書をもってオルドス自治州は正式にあなたの奴隷を徴収します。
あなたは奴隷が売れて万々歳、自治州は兵士を手に入れて帝国と王国双方に勝利することができる。
誰もが得をするお話でしょ?」
何度も説明したそのセリフを、俺はもう一度言葉にして紡いだ。
だが、正直言ってしまうと誰もが得をしない。
自治州だけが得をするのだ。
徴収された奴隷が死ねば、その分の金を払う義務がオルドス自治州に発生するが、今や自治州は風前の灯だ。
自治州が侵略され奴隷ともども消滅すればベルダの手元には何も残らない。
最悪、進行してきた兵士に殺されベルダの命も消える。
だが、それを嫌って渡さなければ、当然攻めてくる兵士に町ごとつぶされ自治州は消滅する。
どちらにしろ、今回の侵略でオルドス自治州が生き残らなければ、ただの紙切れにすぎない代物なのだ。
「だから!それが信用できないと言うのです!
わたしも、馬鹿ではない。
オルドス自治州が存亡の危機に瀕していることは十分に承知しています。
しかしですな、こんな紙切れとオルドス自治州のサイン程度では、到底今の要求を受け入れることはできません!
いま、この自治州はそれほど信用が低下していると言ってるのです!」
その言葉に俺は内心で同意する、そりゃそうだ。
「大事な商品である奴隷を紙切れ一枚でよこせ」、なんていったとしても到底容認できるものではないだろう。
「では、どうすれば納得していただけるので?」
俺は正直にベルダに聞いた。
こちらも無理な願いであることは重々承知しているのだ。
ある程度の妥協は必要だ。
俺ができるのは、宥めすかして納得させるか…脅して納得させるかしか選択がないのだ。
それが生き残る道であり、今ここにあるものをすべて使わなければ生き残れない、そんな状況なのだ。
もし、少し先が見える商人であれば、この状況を生き抜いた後の条件を提示してくるだろう。
俺も未来の権利については、譲歩してもいいと思っている。
今の切迫した状況さえ乗り越えれば、あとはある程度どうにでもなるのだから。
だが、そこまで見えない者ももちろんいる。
むしろ、多いくらいなのが現実なのだ。
俺が弱気になったのと見たのか、ベルダがにやりと口の端を歪めた。
「もちろん、ここにいる奴隷すべてを帝国通貨で払っていただきたい!」
ほらな、これが本音だ。
奴隷を帝国通貨に替えて、身軽になれば帝国へ逃げ込むことができる。
そして、ここの状況をベラベラと話すのだ。
町の状況、兵の状況、住民の様子などなど…
今それを帝国に…外の人間に渡すわけにはいかない。
俺の下手にでた返事に、醜い笑顔を張り付けたベルダははっきりと妥協などしない姿勢を見せてきた。
だからこちらも毅然とした態度で臨まなければならない。
「そりゃ無理だ。
今のオルドスに、流出させる外貨は存在しない。
だからこその保証書だったんだが?」
一応、最後通告として確認してみる。
正直ここから先の手は使いたくない。
っていうか使いすぎて疲れているのだ。
この町にいる商人を一人一人めぐってこの交渉をしているのだ。
まったくもって終わりが見えない。
だから、無理矢理終わりにするしかないのだ。
「ならば、交渉の余地はない。
私ほどの商人ともなれば帝国にある程度のコネも持っている。
それを使えばこの針のムシロのような自治州からも脱出できるだろうしな!」
俺の気持ちなんて知りもしないベルダはやはり先ほどと変わらなかった。
というか、そりゃ強気にもなるわ。
だが、それを俺の前で堂々と話すとは、馬鹿を通り越してかわいそうになってくる。
正直、俺をダートと侮っているからこその油断なのだろう。
その選択が間違いと言うことを教えてやるよ。
「あーあーまあそうでしょうね。
そりゃ大口も叩きますわー
ってことで、きょーせーれんこー開始!」
俺が、場違いな一言を気の抜けた声で叫ぶと、入り口からドタドタと武装した集団がなだれ込んできた。
その先頭にいた獣人が声を張り上げる。
「旦那ぁ!ここもさっきの店と同じようにやっちまっていいんすかね?」
「ああ、いいぞギィルゥ。
ついでに中の奴隷から使えなさそうな奴を見繕ってこい。
特に目が濁っている奴がいい。
さらに人形みたいなやつはもっといい。
ここの商品の特性は店主と話して理解した。
俺の好みが多そうだ。実にいい」
「ったく旦那は、いい趣味してるぜ!」
その声は何処か楽しそうだ。
そりゃそうだ。
これも俺と目の前の筋肉ダルマの獣人、ギィルゥとの約束ごとの一つに入っている。
「ああ、だからお前も楽しめよ。
まだこの程度で終わらせる予定はないからな」
「ああ、楽しみにしてるぜ」
それを聞いたギィルゥが嬉しそうに笑うとベルダを押しのけ店の中に入って行った。
突然の兵士の乱入に戸惑ったベルダは、俺に詰め寄ってきた。
「おい!これはどういうことだ!私はこんなこと認めんぞ!」
「どういうこととは?」
それに対し、俺はわざとらしく対応する。
「決まっている私の奴隷を徴発するのなら、帝国金貨での…」
「残念でした!
俺が悪質と判断したためあなたはこのオルドス自治州での売買を、今この瞬間からすることはできなくなりました。
これは俺の自治州議長代行の権限に基づくものです」
「そんな!ダートごとき…」
雷に打たれたように体をこわばらせたベルダはぼそりと悔しそうにつぶやいた。
「だからだよ」
その、小さな一言に俺は敏感に答えてやる。
お前の戦いは俺を怒らせた時点ですでに負けなのだ。
それが利益のみを追求しすぎたお前のミスだ。
「ダートでも亜人でも権力を持てばそれなりに厄介になるもんなんだよっと。
おまえら、こいつを反逆罪で投獄しとけ、おそらく帝国へ情報を漏らす役目も追ってそうだ。
まあ、間諜と言うには少々オツムがなってないから、多分捨て駒だろ」
俺の言葉にベルダを左右から拘束する兵士たち。
その手には、真新しい手錠の跡がくっきりと残っていて元奴隷と言うことがありありと分かる風貌だった。
「お、おい!貴様ら離せ!くっ話はまだ終わってないんだぁ!」
暴れるベルダに笑顔で手を振っていると奥からゾロゾロと足音が聞こえてきた。
「旦那ぁ!
ご要望通り、連れてきましたぜ!
旦那が言った通り、翼人族とかエルフとか小人族とかいろいろと揃ってますぜ!」
ギィルゥの声に俺は満足げにうなずいた。




