第二十三話 脅しのお話
「この非常時に臨時会議を申請するだと…
何を考えておるのだあの娘は?」
議員のひとり、レグ・ソドロは議事堂の長い回廊を早足で進みながら一人つぶやいた。
彼は、今とても忙しい。
どれくらい忙しいかと言うと、先日一方的に関係を解消されてしまったレグルニアに対しどう渡りをつけて、甘い汁を吸い続けてやろうか考えなければならないくらい忙しいのだ。
「あの娘、こんなことならさっさと議会で議員の職を奪っておくべきであった。
議長の死後に民衆からの支持率だけで当選したお飾り議員の癖に…まったく面倒をかけよるわい!」
彼の頭の中はエリーナを罷免させ、その後どのようにレグルニアに送るのかで頭がいっぱいだった。
だから、円卓がある部屋にたどり着いても特に何も考えていなかった。
自分と他の議員で合わせて不信任を言い渡せばいい。
すぐには無理だろうが、次の選挙の際には出馬できる権利さえ剥奪すればあとは簡単だ。
だから気付かなかったのだ。
自分よりも早く来ていた議員たちが皆、顔を青くしているのを…
「レグ議員あなたで最後ですね」
そうエリーナがよく響く声で確認すると、一枚の羊皮紙を取り出した。
―――――――――――――
俺は、エリーナの後ろで、他の議員と同じく顔を青くするレグ議員を確認した。
案の状、青くなる顔をみてそれ以上の興味を持てなくなって視線を円卓全体に移す。
やはりというか、第一段階は成功したようだ。
俺が、現状を理解した後、エリーナと話し合ったことは、自分の長所と短所を理解させることだった。
彼女は、民衆から人気がある。
おしとやかではないが快活で、どんな人間にでも裏表なく接することができる。
それが、彼女の強みだ。
そして、それ以上にデカい短所が、馬鹿で鈍いところだ。
だから理解させた。
自分自身が人より頭が回らないこと。
それが、今回の窮地の原因の一端であること。
それをあの契約の時に理解させたつもりでいた。
その後…理解してなかったようなので、もう一度同じ話をしてやったが。
自治州の現状を理解させ、自分の短所を理解させ、そして攻勢に出る。
それが理想だ。
まず相手にすべきは目の上のこぶ…円卓を牛耳る老害共だ。
だが、肝心の決め手がない。
確かにレグルニアの甘い汁を吸っているとはいえ、その確たる証拠が存在しないとこの円卓から退場させることはできない。
だから、作った。
先ほど、議員たちに配ったのは俺が盗賊から奪ったレグルニアの羊皮紙の複製だ。
そして、先日レグルニアの印はそのままに、書いてある内容だけに手を加えたものを議員たちの自宅に送った。
印や字の癖はなかなか真似するのに苦労したが、それでも他の全議員分のエリーナの縁談が成立しないことへの抗議、それと共に正式に今後の援助を打ち切る旨をキッチリと書いた。
重要なことは、この羊皮紙をそれぞれ2枚ずつ作成し、一枚をすでに各議員たちの自宅に送ったことだ。
「ひ、姫様…これをどこで…?」
恐る恐るエリーナに聞いてきたレグに、エリーナが当然のように答えた。
「レグルニアのとある筋から入手したものをこちらのアル・ランドールさんがわざわざ私のもとに届けてくれてね。
その複製が、今皆さんがご覧になっている羊皮紙だ。
私は知らなかったが、皆さんはずいぶんとレグルニアから優遇されているみたいだね?」
エリーナの言葉を聞き全員が体を震わせた。
彼らは先日、俺たちから、この羊皮紙と同じものを送られている。
そのこと自体は別にどうと言うことはないのだ。
だが、彼らは違う。
この羊皮紙をレグルニアから送られた物だと考えている彼らには。
「こ、こんなもの偽物だ。
わた、私は知らんぞ!」
「そうだ!」
「は、初めて見ました」
「姫様は一体何用でこんなものを我々に見せるのか理解に苦しみますな」
一人の議員がしらを切るとみな口をそろえて、騒ぎ始めた。
「いい加減にしろ!
こんなことがまかり通るはずがないだろ!」
エリーナが騒ぎ始めた議員を威嚇するように一気にまくしたてた。
そんな彼女の態度に周りの議員たちは皆一様に驚いている。
普段の彼女からは想像ができないほどの剣幕でどなるよう指示を出してある。
正直言って彼女は議員たちになめられている。
だから、ここで手を打つ。
見たこともない人間の一面を相手に見せつけることで、相手の精神に揺さぶりをかけるのだ。
「で、ですが、身に覚えのないことで、我々も混乱しているのですぞ?」
「そうだ。これは何かの陰謀だ」
「怖くなって自治州に戻ってきた分際で何を言うか!」
「馬鹿馬鹿しい。こんな子供だましに付き合っていられませんな。
帰らせてもらう」
ガヤガヤと最終的にはうやむやにして帰ろうとする議員たちに対し、俺は一歩進み出た。
ここからが、正念場なのだ。
「ほう…これが子供だましにみえますか?
レグルニアの正式な印までほどこしてあるのに?」
「な、なんだね。君は!ダートの分際で失礼であろう!」
エリーナの態度には一切触れず、つけると感じたダートである俺に一気に攻撃の対象を変更してきた糞老害共。
だが、俺はそんなことは気にせず懇切丁寧に名乗りを上げる。
「失礼。
私、ダートで商人のアル・ランドールと言います。
いやーよかったです。
みなさん、身に覚えがないんですよね?」
「ああ、まったくもって知らないね」
「私も、神に誓ってこんなもの初めて見たよ」
口々に嘘が出てくる老害共を心であざ笑うかのように、俺は笑顔で言い放った。
「いやーみなさん本当によかった。
実は、エリーナ様に私の方から進言して、念のために皆さんのご自宅に衛兵の派遣を検討していただこうと思っていたところだったのですよ。
いやーよかったー。
帝国と王国の間にあるこの栄誉ある自治州でそんな汚職などあってはならないですからね。
もし万が一にも汚職が存在していたことが自治州全体に広まればになれば、議員の職を辞するだけでは済まないでしょうね…町中で袋叩きだ。
何しろ、自分たちだけ甘い汁をしていたんだから…当然ですよね?」
俺の脅しに誰も答えることができず固まる。
その時エリーナが有無を言わさず議員たちに救いの手を差し伸べた。
「皆、よく聞いてくれ。
私はそれだけ否定する皆を信じたい。
だが、憲兵から証拠が挙がり、言い逃れできなくなるまで追い詰めるのは私も好きではない。
そこで、今この場で議員の職を辞してくれれば、レグルニアとの関係はこの場の私の勘違いということで、収めようと思う。
栄光ある円卓をそんなことで傷つけるなんて君たちも嫌だろう?」
エリーナの言葉は今まで好き勝手してきた議員たちにとどめを刺すには十分だった。




