第二十一話 第一歩のお話
ちょっと長めです。
誤字雑事多いと思いますが、楽しんでくれれば幸いです。
「それで話を聞こう。
どうしてこんな状況になったんだ?」
そう何気なく、俺は円卓の議長の椅子に腰かけ、足を円卓にのせた。
「待ってよ!
その姿勢が人の話を聞く態度なの?
ここは神聖なる円卓なんだよ!」
俺が相当なめた態度だったのか。
エリーナが怒りの声を上げる。
当たり前だ。
そうなるようにこんな態度をとったのだから。
こいつには今の現状がさっぱり理解できていない。
必要なのは正しい認識と対策なのだ。
無気力に泣き崩れることなどでは決してない。
「それがなんなんだ?
いいか?
“円卓は崩壊した”
それは変わらない。
誰もいない机と椅子に意味はない。
人に使われてこそ意味を持つ。
だから俺は一度に両方使ってる。
外から来た俺に足蹴にされる…これが今の円卓だ。
さっさと話せ、感情は入れてもいいが、なるべく事実を話すんだ」
俺が告げる現実にエリーナは唇をかみしめると観念したかのように話し始めた。
「っ…事の起こりは、一年前レグルニアの魔法具が高騰し始めた時からおかしくなったんだ。
この自治州の名産は魔石で、採掘量も結構多くて近くに街道もあるから豊かな土地ではあったんだ。
まあ…案の状採掘された魔石を巡って、僕が生まれる前から帝国とレグルニアの間に諍いが多かった。
そのたびに、ここは戦場となったらしい。
だが戦場となれば両国が欲している魔石は手に入らなくなる。
だから、強大な2国は協議し、ここを緩衝地帯=自治州として管理し始めたんだ。
だから、一年前レグルニアが質のいい魔道具を生産し始めた時、真っ先に魔石の買い占めが起きた」
そこまで聞いて、俺は大体の展開を予想する。
確かに、ここ最近レグルニアが景気がいいと町の親父たちから聞いていた。
魔道具が他国が作るものとは一線を画すほど、性能が良いと聞く。
俺の嫌な予感が現実のものとなっていた。
「確かに、そんな噂がこっちにも来ていた。
どうして魔道具の技術が向上したのかは、ともかくとして魔石の需要はレグルニアでかなりのモノとなったわけだ」
「うん。
あ、でも噂ぐらいは聞くよ?
レグルニアのあまり良い評判を聞かなかった第四王女が直々に承認し、解析を進めた“遺産断片”ってのが技術の元になってるみたい。
そのおかげで、王位継承権の勢力図が大きく変わるって他の王子王女は警戒を強めてるんだって、父から聞いたことがある」
エリーナの言葉を聞き俺は一瞬答えに詰る。
俺はてっきりアーメルの手に渡っているものとばかりおもっていたが、経緯は不明だが最悪の事態は防げていたみたいだった。
「…そうか
少し以外だな…
まあ、あのお転婆の手に渡っているのならよしとするか…」
あの経験を通して、ソフィリア自身も俺の手の届かないほどの高見へ行ったのならばよい手土産になっただろう。
ただ、アーメル…ひいてはレグルニアに利用される可能性を考えればそれほど楽観視もできないのが現状なのだが…
「え!?
どういうこと?
第四王女ソフィリアに会ったことあるの?」
やっぱり食いついてきたか…
俺としては説明するのもめんどくさいことなのだが、エリーナにそんなこと言ってもわからないか。
「…気にするな。
それよりも、お前は事実の確認の続きだ。
レグルニアで魔石が高騰した原因は分かった。
それでお前の親父は動いたんだろ?」
俺は騒ぐエリーナをいさめるように、逸れてしまった話を戻す。
今回、確かに原因も重要だが、それ以上に絵師“肉狂”の手がどこまで伸びていたかも重要なのだ。
「僕の父は、レグルニアへの魔石の流入を何とか帝国から見ても正常な範囲に収めようとしてたんだけど、案の定すでにレグルニアは手を打っていた。
議員たちを買収して、際限なく横流しさせたんだ。
お陰で帝国は大激怒、先日“魔石の市場調査”という名の軍が派遣されることが正式に通達されたんだ」
やっぱりだ。
帝国も馬鹿ではないが、悪辣さが一歩足りなかったということか…
いや、この場合レグルニアが魔石の独占を測るとは思わなかったのだろう。
「なるほどな。
レグルニアにいい顔ばかりする調子に乗った自治州を武力で制圧しようってことか…
だが、そうなると一つ疑問が生まれる。
円卓の議員の中にも帝国派の議員だっていたはずだ。
そいつらはどうしたんだ?」
そう聞く俺に、エリーナは首を横に振るだけだった。
「駄目だった。
彼らは帝国の甘い蜜を吸いすぎてレグルニアに抵抗できなかったんだ。
レグルニアの買収が発覚する前に、父の秘書としてナナを雇ったんだけど…
彼女は優秀で、帝国派の蛮行をすべて証拠として父に提出した。
結果、父が帝国派すべての議員の解職を提案し、議会もそれを承認したんだ。
買収が発覚したのはそのすぐ後なんだ。
今思えばナナもレグルニアとグルだったのかなって思うよ」
なるほど、エリーナの言うとおりナナと言うのがおそらくは“肉狂”のアシスタントだろう。
奴らは俺が以前出会った “道化”のように神出鬼没だ。
おそらくは、すでにレグルニアが内々に調査し、裏もとっておいた者たちなのだろう。
やはりというか、手下のアシスタント共もさることながら今回の絵を描いた“肉狂”という絵師も想像以上の化け物だ。
内定がいつから始まっていたかは正確にわからないが、おそらくは魔道具が高騰し始めるずっと前からだろう。
「なるほど、帝国よりもレグルニアの方が一枚上手だったってわけか。
おそらくその推測はあたりだ。
そのナナとかいう奴もレグルニアの“アシスタント”の一人だよ。
あの馬車にいた片腕なしの女がそうなんだろ?」
「うん。
今回の“肉狂”さんとの縁談もナナが渡りをつけてくれたんだ」
そこまで聞いて、俺の中でおぼろげだが絵の輪郭が見えてきた。
「なるほど、議員たちは帝国から調査団という名の制圧軍が来る前に、レグルニアに泣きつき、自治州の中立的な独立(レグルニア寄り)を継続させたかったわけだ。
…ようやくわかってきた」
「わかってきたって?」
俺はいまだ理解できてないエリーナを見た。
ここまで話されてわからないというのもある意味驚きだ。
だが、こいつも絵の中にいた存在だ。
いまから自覚させ絵の中の登場人物から、絵を見る側に引き離さなければならない。
「いいか?
お前に縁談を進めた議員共も、今まで通り甘い汁が吸えるとそう考えたってわけだ。
だけどな…俺の考えだが、仮にお前が肉狂の所に嫁いだとしても、肉狂は…いや、リドウィンは自治州を最終的に王国の一部とする考えだろう」
「それはおかしいよ。
だって、独立を保つための縁談なのに!」
エリーナの指摘に俺はうなずく。
それはある意味で当然のまた、ある意味でまったく見当違いな指摘なのだ。
「それはもちろんだ。
援軍には来るだろう。
だがそれは、この自治州の独立を援助するためじゃない。
いいか?
確かにレグルニアは議員共を一度飼いならしてしまった。
だが、これからずっと飼いならすのは、金もかかるし帝国も依然として存在する。
だから、混乱に乗じて挿げ替える。
先ほどの“真紅の翼”の第4翼、“雑草”のクルベルトと名乗っていた奴のような…
ああいった“潜入系”のアシスタントを使うつもりだろう。
もしくは、救援に来た軍で円卓会議をねじ伏せようとしていたはずだ。
こっちの方が現実的か…
そうすりゃ、自治州丸々手にはいるからな。」
そこまで言って、ふと考える。
あのえげつない絵師の事だ。
たぶん今言った2つの事を併用してくるだろう。
“雑草”という、すでに潜入した工作員がいるのだ。
おそらくは、次に議長となるものと入れ替わり、そのまま議会も議長自身もレグルニア一色に固定したままでレグルニアの軍を駐留させる。
そうすれば完璧だ。
後に残るのは、レグルニアに支配された一地域と言うわけだ。
俺の言葉に、やはり納得がいかないのか、エリーナが食いついてきた。
「でも、帝国だって馬鹿じゃない。
取り返そうと相当な数の軍をこちらに送ってくるはずだよ。
たぶん、“勇者”…それも二つ名持ちを送り込んでくるはずだ」
たしかに、帝国には自国を守る“勇者”と呼ばれる存在がいると聞く。
その力は強大で、いわゆる“加護持ち”と同等か、それ以上の存在とされ長年帝国の名前を絶対のものとしてきた。
もちろん、俺にもそこは分かっている。
だから…“肉狂”の絵の続きが見えるのだ。
「ああ、だからその続きがあるんだ。
たぶん“肉狂”の絵にはそれがあるんだろう。
帝国を黙らせるだけのなにか。
たとえば、最近何かと噂の魔道具とかな…」
俺の推論が正しければ、現状で自治州の円卓を浸食するほどの策謀を仕掛ける方がおかしいのだ。
今まで通り荒波を立てずにいれば、それだけでレグルニア王国の利益は確保され問題なく物事が運ぶ。
だが、今回“肉狂”は自治州の円卓を描いた。
それはつまり、帝国派の議員を追い出し、それを知った帝国が“勇者”を派遣したとしても、肉狂の絵の中には“勇者”を黙らせるだけの魔道具、およびそれに準ずる何かが存在するとしか思えない。
でなければ…俺がもし“肉狂”だとして、こんな絵なんて恐ろしくて描けない…
「そ、そんな…レグルニアの魔道具の品質は上がっているけど、それでも帝国に存在する“勇者”たちに対抗できるほどなんて…」
愕然としたエリーナが自然と自分の肩を抱き震えていた。
当たり前だ。
自分の自治州が帝国の“勇者”とレグルニアのまだ見えぬ“何か”に板挟みになっているのだ。
最悪この2国が自治州を舞台に戦えば、数十年前の不毛な土地に戻ってしまうかもしれない。
そんな恐怖が彼女を支配しているのだろう。
「やっと事態の深刻さに気付いたか…
今までの状況は聞いてるだけで、全てレグルニアの書いた絵だ。
気付かない方がおかしい…いや気付いても自分の利になる者は気付かないフリをし続け、その裏の事態にまで、気づいた時には全てが絵に描いた餅になっているんだ…」
おれは改めてレグルニア…その尖兵たる絵師に戦慄を覚えた。
彼ら“絵師”とそして絶対と言われる帝国の“勇者”を相手に自分がどこまでやれるのか…
そんな不安が頭をよぎるが、ここまで来た以上後戻りはできない。
それにどちらにしろ、あのアーメルが俺を捕まえようと手薬煉引いた状態ではいずれ、俺は捕まって殺されるだろう。
だからこそ闘わなくてはいけない。
俺はカバンから2枚の羊皮紙とインク、羽ペンを2つ取り出すと、エリーナに差し出した。
「これが契約書だ。
ここに、お前の望みを書け。
そして俺は反対にお前に要求することを記載する。
それで取引成立だ」
俺の話を聞いていなかったのか、エリーナが素っ頓狂な声を上げた。
「えっ!?
お金とるの?」
この娘は“雇う”という基本的な経済活動を何と考えていたのか…
先ほどの深刻な空気は一気に弛緩し俺はなるべく相手に分かるように考え口を開いた。
「あのなあ、なんでタダで助けなきゃいけないんだ?
それに俺はお前に言ったはずだ。
“俺を雇わないか?”
雇うのならばそれなりに、賃金が発生する。
タダで見返りを求めるから、今まで騙されてきたんだろ?」
俺の言葉はエリーナにひどく効いたのか視線を落とし「うー」と唸りながら羊皮紙を凝視した。
「そ、そうだけどさー。
わかったよ。
その代り僕が望んだことは絶対叶えてよ?
まったく…こんな高級そうな羊皮紙初めて見たよ…」
しぶしぶサインをするエリーナに俺は当然のように告げた。
「まあ、俺がどうにかできる範囲でな。
それと羊皮紙は最高のモノを用意するのが当たり前だ。
契約はお互いが対等であり、きっちりとしたものでなくちゃいけない。
俺はそれを、俺の師匠から教えてもらったからな」
広げた羊皮紙の角を触りながら、俺は学院で過ごした日々を思い出した。
あの糞婆は俺を散々こき使ってくれたが、俺はそこから学べるだけ学んだつもりだ。
目の前の羊皮紙もその一つ、いわゆる儀式みたいなものなのだ。
「へぇー
アルに師匠がいたんだ…ちょっとびっくりだよ」
ビックリとはなんだ!と突っ込みたくなったが、今はそれどころではない。
変なところに食いつくエリーナに俺はそっけなく答え、話を進める。
「ああ…まあな。
俺を分け隔てなく、こき使ってくれた糞婆だが、まあいい思い出さ…
それと、わかっていると思うが、今お前が語ったことは自治州が今の状況になってしまった“原因”とその“結果”だ。
お前も喋っていて再認識したはずだ。
だから、それを踏まえて自分の望みを書け」
エリーナが勢いよく顔をあげ、驚いたように口を開いた。
「え!?
そうなの?」
何度目なのだろうか、俺は心の中で頭を抱えた。
案の状、この娘何もわかっていなかった。
喋るということは、無意識のうちに頭で話すことを順序立てなくてはいけない。
順序立て…それは今、冷静に物事を見つめなければいけない状況下でとても必要なことなのだ。
「ああ、そうだよ。
何のためにお前に喋らせたんだと思ってる?
俺が現状を確認する必要もあるが、それ以上にお前が現状を再確認し、改めてどうしたいか確認させるためだ。
重要なことだからきっちり言うが…
俺は状況を“どう”にかできるが、そんなことよりお前が“どう”したいかが重要なんだよ」
俺の言葉と目を見て、俺が本気だと知ったエリーナは今までブーたれて、だらけていた姿勢をピッと伸ばし、改めてインクで自分の願いを書き始めた。
俺はその姿をただ黙って見つめる。
ここがおそらく目の前の人間の分岐点であり、俺の分岐点でもある。
やがて、全て書き終わると間違いがないか何度も目で黙読し、そして俺に羊皮紙を差し出した。
「僕が…いいえ、私、エリーナ・ウォルノが望んだことが書いてあります。
どうか、私を…いや、この自治州を助けてください!」
俺はそこに書いてある内容を確認すると、羽ペンで最後の欄に名前を書いた。
「これで、契約成立だ」
俺とエリーナはようやくスタートラインに立った。
目の前の強大な敵を倒す第一歩を踏み出したのだ。




