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第二十話 真紅の翼のお話

突然現れた、男に俺たちは声も出なかった。

いつ来たのか全く気付かなかった…

「突然申し訳ない。

私、〈真紅の翼〉第4翼…“雑草”のクルベルトと申します。

先ほども言いましたが、残念ながらその選択肢は許可できません」


「ど、どういうこと?

何を言ってるの…」

不思議そうに声を絞りだしたエリーナに兵士は無機質に答えた。

「フム…どうやら、わからないようですね。

安心いたしました。

今の一言でわからなければ、あなたは我が主の脅威足り得ない。

周りの“雑草”に栄養を吸い取られ十分に育たぬまま枯れる草木となるでしょう」

そこまで言って、目の前の兵士…“雑草”のクルベルトは俺に目を向けてきた。

「あなたは…いまの言葉を理解できるようですね。

脅威足り得そうですが…その才能ではあまり期待できないですね。

それに…()()()()()()()から脅威ではないでしょう。

良かったですね。

我が主に見初められればそれだけで…骨の髄まで搾り取られてしまう…

おっと!今の言葉は忘れてください」


俺とエリーナは呆然として動くことができない事をよそにベラベラと好き勝手話し始めた衛兵モドキ…もとい“雑草”のクルベルト。


「さ、さっきから何を言ってるのかさっぱりだよ。

あなたは一体…」


エリーナがそこまでしゃべると、クルベルトは俺に向けていた視線を無気質にエリーナに向けたが、依然として、顔は無表情を貫いていた。


「いいのですよ。

私は“雑草”ただの雑兵なのですから…

いいでしょう。

なにもわからない。聞きたくない御嬢さんに、一つ面白いお話をお聞かせします。

本当は“肉狂”の版画指定区画なのでこういったことは喋ってはいけないのですが、私は我が主の益になることしかしたくありませんので。

あなた方…帝国とレグルニアに挟まれた哀れな自治州は、〈絵師〉“肉狂”の手によって崩壊しました。

絵師の手により圧迫された円卓を立て直そうと奔走した議長は()()()過労死しました。

あとは、簡単。

自分の事が大好きな人たちを利用して、邪魔な方々を追放し、レグルニアに都合の良い円卓が完成しました。

絵師の最後は、極上の人肉であるあなたを取引材料としてレグルニアにおびき寄せ、息のかかった盗賊に襲わせ絶望を味わい“まっさらな肉”になったあなたを自分好みに調理しておいしく頂く…

これにて絵はめでたく完成…するはずでした」


そこまで言って俺に視線を移した。


「ところが、あなたが彼女を救い、自治州に戻してしまった。

慌てたのは“肉狂”ではなくその後ろにいた、第2王子リドウィン様その人です。

自治州取り込みを王国最大の貢献とし王の座を狙う一候補としての足掛かりを築くはずが、すんでのところであなたは帰還、自分に都合の良いように選抜した老人たちが言うことを聞かなくなる可能性が出てきてしまった…」


俺の考えていた展開の可能性の一部を口に出されて、俺は内心驚きつつも質問をせずにはいられなかった。

いくらなんでも対応が早すぎる。

俺が盗賊たちを阻止し、その上で自治州についてまだ1日以上もたっていないのだ。


「歯車が狂い始めた所で、今まで静観していたお前…つまりアーメルが動いた…どこから嗅ぎつけたかは知らないが、ずいぶんと対応が早いじゃないか?」


自分が、気分よくしゃべっていたところを邪魔されたのが苛立ったのか、クルベルトは首を不自然に曲げながら、それでも顔は無表情で口を開いた。


「…“真紅の翼”は皆が各地に散らばっています。

私も他の者と顔を合わせたことは数回程度ですが…我々は独自に動いてもよいとあらかじめ仰せつかっているのですよ。

まあ、それでも今回事前にアーメル様から“隙さえあれば自治州を抉らせるだけこじらせろ”との命も受けておりますので、あなた方がレグルニアに行くようなことがあれば私が即刻処刑いたします。」


そこまで言ってクルベルトは全身をなめまわすように俺を眺めた。

喋りすぎたかもしれないが、あいにく奴が言ったように俺には左腕が存在する。

あの悪龍からもらったうれしくない品だが、今は身を隠せるだけありがたかった。

俺は無意識の内に左手を動かし、さりげなく義手ではない事を見せつける。


「…しかし、さすがですね。

2年ほど前でしたら、間違いなく姫様の目に留まっていたと思いますよ。

まあ、あの方にはすでに心に決めた玩具が存在するようでして、我々“真紅の翼”の第2翼と第3翼が竜共の巣に張り付いているはずです。

いやはや、あなたは運がとても良い方です」


無表情に語りかける俺は、表情では何のことと首をかしげたが、内心はクルベルトの話を聞いて、震えあがっていた。

アーメルはあきらめてはいなかったのだ。

いつでも俺を飼殺す用意と人員を整えていやがった。

とりあえず、平静を装いこの場を切り抜けたい。

目の前の“真紅の翼”は幸いにも俺に気付いてはいない。

それはそれで利用できるのだ。

俺は怯えた表情を作り恐る恐る言葉を紡いだ。


「ちょっと待ってくれ。

つまり、あんたはレグルニアのスパイで俺たちがレグルニアに戻らないように見張るってことでいいのか?」


何も知らぬ、ただただ途中で現れた無辜な一般人それが今の俺だ。

だから、そう考えて振る舞う。

そう考えた上で目の前の雑草から必要なだけ情報を搾り取るのだ。


「ええ、そう思ってもらって構いませんよ。

私の今回の行動はすべて、第二王子をけん制するためですので…」

「なら、なんであなたは出てきたの?

そして、僕らにこうして丁寧に話をしてくれるの?」


エリーナのもっともな問いにクルベルトは初めて人間らしい笑顔を見せた。

しかし、その笑顔は俗にいう嘲笑に近い、人を見下したような笑みだった。


「ああ…それは簡単です。

あなたたちが、なにもできない糞以下の存在だからですよ。

私が最初に確認したのもそのためです。

私、どうしても聞きたいことがあると聞いてしまう性格でして…

あなたたちが自分でも理解できてないほど愚かでか弱く、何もできない糞以下の存在であるかを確かめ自覚させた上でこれから起こることの主役として踊っていただき、みじめに利用されていただこうかと思った次第でございます」


そう、懇切丁寧に説明された俺とエリーナは黙り込むしかなかった。

彼ら“真紅の翼”もレグルニア自慢の絵師同様に性格が死んでいる。

いや、ひん曲がっているとしか思えない。

それほどの蔑みぶりだったからだ。

だが、それはそれで使いようがあるのだ。


「あ、あんたの言うことは分かったよ。

俺とこいつはレグルニアにはいかない」


俺の突然の言葉に今度はエリーナが反応した。


「ちょ、僕はいかないなんて…「無駄だろ!行ったところで絵師の絵は完成する。

行かなくてもレグルニアの思惑通りになる。

なら少しは動きやすいように見方を変えてやるさ」


俺はエリーナを見て笑った。

“真紅の翼”は予想外だがこれはこれで面白い展開だった、これを利用しない手はない。

なんとしても、生き残る必要があった。


「再度確認する。

お前の制約は

『俺たちがレグルニアにいかないこと』

でいいのか?」

俺は目の前の男が、俺とエリーナを殺してこの議事堂からやすやすと逃げ出せること。

そして、この話のあとでいつでも俺たちを殺せる状況を作り出せるほどの実力者だということを理解していた。

だから、相手が怒る条件を確認する。

確認し、相手に明文化させ、相手にも無意識のうちにその制約を課してもらう。

そうしなければ、今後動きづらいことこの上ないのだ。


「ええ。

それ以外は特に支障はありませんよ。

それだけで、第2王子をけん制出来うる十分な材料です。

私は静観させてもらいますが…せいぜい自分自身が糞以下であることを自覚していただけたら幸いですね。

そしてその糞以下の躯の上で“雑草”はたくましく育つのです…

では…」


そういうと、見事な敬礼をして見せ、自らを“雑草”と名乗ったクルベルトは議事堂に消えていった。

俺は、すぐさま次の手を考える。

確認しなければならない。

クルベルトはああ言っていたがこの自治州がこうなってしまった経緯を詳しく知る必要がある。


「ど、どうすればいいんだよ…僕はこの自治州をただ守りたかっただけなのに」


クルベルトが去った後の彼女の悲痛な告白に俺は冷静に答えてやる。

もっとも“真紅の翼”という桁違いの猛者の圧力を感じた今、彼女に冷静な判断がとれるかは微妙なところではあったが…

俺も俺で、まずい状況なのは変わらないのだ。


「それは、何も考えてない奴が言うことだ。

ただ守りたいはそれで終わりだ。

真に唯一(ただ)と言うものは、めったにないし、それを理解する時間もない。

俺ならその状況を変えることができる。

お前はどうする?

改めて聞きたい…

自治州の娘、エリーナ・ウォルノ…俺を雇わないか?」


俺は、へたり込み顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした少女にそういって手を差し伸べた。

その顔はどこかで見たことがあったがもう忘れた。


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