第十六話 はじめての奴隷のお話
「それで、お前がなんでここにいる?」
俺は、目の前の翼人族の少女に話しかけた。
なんで少女と分かったか、簡単だった。
ぼろ布から見える小さな胸を見たからだ。
肉を恵んでいた時とは違う、本当にただの布きれを身に纏った姿に俺は質問せずにはいられなかった。
「…」
「まあ、答えたくないならいい。ただ、ここから出て元の家に戻れ」
「いや…」
そういって、小さく首を振り、俺の服の袖を握りしめる。
だが、それを容赦なく振りほどいた。
こちらとしては、足手まといはごめんなのだ。
「なら、言うんだ!
どうしてここにいる?
お前は、あの時リックのところにいたはずだ。
つまり村はあの近くにあったはずだ。
何があった?」
俺は有無を言わさず、瞳を見つめる。
少女の体は、服の上からでもわかるほどボロボロで傷が体中に見て取れた。
「売られたの…」
「肉を調達できなかったからか…」
コクンと少女がうなずいた。
「だからって売られるまではいかないはずだ。
何があった?」
「私の名前は、ミルド・ファル・コー、翼持つ者の一族コーの一翼」
「…だったか?」
「うん…もう名前も剥奪されてしまった。残りは未熟でできそこないの私だけ」
「堕ちた翼か…」
俺の言葉に、少女は何も言わずにただ目を見つめるだけだった。
翼人族を知るには彼らの歴史を知ることが重要だ。
特に“翼持つ種族”の事は…
この世界にはさまざまな種族が存在する。
力も身体的特徴も様々だ。
中でも、背中に大きな翼をもった翼人族…その中でも特に吐出した魔力を持つ種族を“翼持つー族”という。
彼らは、その身を包むことができるくらい大きな翼をその背中に宿し、あらゆる種族をはるか上空からそれも圧倒的な魔力で蹂躙することから恐れられてきた。
そして、その独特の美的感覚から、どの種族とも相まみれずその繁栄を極めていた。
そう、ほんの一昔前は…
数百年前の暗黒期に人が結託し、国家を持ってあらゆる種族に対し圧力をかけたからだ。
それに、反発し、戦って、数を減らした。
領土を減らし、人を減らした。
1万人が5000人に2500人が、1000人単位になった。
そして人口が百の位に入ったところで白旗を上げた。
だが、高すぎるプライドが邪魔をして、各国との協定は結んでいるものの、いまだに非友好的な種族の一つとして存在している。
目の前のそれも実物を見るまで、何も感じなかったが…
俺は自分が推測できる糞みたいな現実に苛立ち、それを受け入れたこの少女に苛立った。
「バカだな。それにしても“コー”ね。
大昔なら、話しかけるのも恐れ多い一族だな。
今では村単位で、しかも飢饉のために人を売らなけりゃいけないとは…」
「どうして…そっ」
言いかけた口をふさぐかのように言葉を紡ぐ。
「簡単だ。
肉を調達してくることに価値があるから、お前は今まで売られなかった。
だが、それがなくなった。
だから売られた。
その判断はたかだか数日程度だ。
それだけ村が、貧窮してたってことだ誰でもわかる」
「でも私が売られることで、みんなの命が助かったわ」
「そうだな。
それで翼の小さいお前は、お前《が》蔑んだ奴らからさよならできる。
お前は賢い。
俺から肉をもらい、皆の役に立ち、存在価値を示した。
そして、存在意義を示すことで回りがどんな反応を示すか試したが、お前の存在はただの肉の運び屋だった。
だから、進んで売られた」
「違う!私はみんなの役に立ったの!」
少女の短い反論もただただ空にむなしく響く。
俺は、そこに一気にたたみかけるように続けた。
「だが、お前が提案してから、皆の決断は早かったな。
大体一週間か、皆の判断は肉をもらえなくなって2日ってところか?」
少女は俺の声に唇をかみしめてうつむいた。
「…今度はあなたの役に立つわ」
「もうよいのではないか?アルスよ。
あまり糾弾するべきものではないぞ」
黙りこくった少女を慰めるかのように助け舟を出したクルルにも俺は食って掛かった。
「本当にそう思うのか?
さっきも言ったろ?
こいつは見切りをつけたのさ。
俺がやった肉は5日に一塊程度だ。
節約すれば、村単位でも1~5日は暮らせる量だ。
明らかに売られる時期と合わない。
こいつはな。
早くから見切りをつけて、同族をためしたんだよ。
俺から肉をもらって、見よう見まねで燻製にして日持ちでもさせていたんだろ?
溜め込んで、村への供給量を調整していた。
こいつの村に、奴隷商人が来るタイミングと俺が町にいるであろうタイミングを見計らっていた。
そして、周りの者に「もう肉は手に入りそうにない」と告げればそれで終わりだ。
皆がそれでも自分を守ってくれるなら、これから先《それ》を心の支えにできる。
しかし、皆が自分を捨ててもその先には俺がいる。
俺が拾えば、少なくとも悪いようにはならない。
そう考えてな!」
クルルが驚きの表情を浮かべる中で俺はじっと目の前の少女を見つめた。
少女は何も言わずこちらを見ていたが、やがてゆっくりとうなずいた。
「そこまで正確にできないわ…
ここが村と町の中継地点だから、あなたと会う確率が一番高くなる。
出来れば最後にあなたに会いたいって思っただけ。
どこから気づいたの…?」
少女の絞り出した声に俺はゆっくりと答えてやる。
「お前は完璧すぎる。
一度自分の素性を話したくないそぶりを示し、俺が村に連れ戻すことを匂わせるところまで読んでいたな。
だがその後が駄目だ。
嫌がった二言目には自分の名前と家名を話してしまった。
お前は自分の素性を知れば俺が面白がってついてこいとでも言うと思ってたんだろうが。
普通はな…話したとしても家名までは話さない。
ただ名前だけ相手に告げるもんなんだ。
素性を知られて “楽しい遊び”として家族のもとに見せびらかしに行く醜悪な奴もいるからな。
お前を売るとき、どこの誰から売ったと口外しないことをお前の家族は奴隷商に約束させてなかったか?」
俺は少女の目をじっと見つめた。
「お前に見せてやるよ。
お前が何の問題もなく、今後を生きていけるように。
それもお前を捨てた奴らを見返す形でだ。
だから俺についてこい」




