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第十五話 とある屋敷でのお話

ちょっと残酷な描写があるかもしれません。

レグルニアのとある貴族の邸宅にその部屋は存在する。

平均的な貴族よりも豪華な部屋、装飾品はどれもが匠の一級品といっても良い品ばかりだ。

しかし美しく神殿のような部屋の一角に一点だけ不釣り合いなものが設置されていた。

それは、大きな(かまど)だった。

何回も使われているであろうそれは、豪華な部屋には不思議なくらい不釣り合いだった。


その竈を目の前で見れる位置にある質素な椅子にその男は座っていた。

いや、正確には椅子にもたれかかっているその男は、満足そうに目の前の光景を眺めていた。

「ニコル様 今日からお仕えすることになりました。リルでございます。

ニコル様に救っていただいたこの命、いかようにもお使いくださいませご主人様」


そういってメイド姿の女はニコルと呼んだ男に跪いた。


「いいんだよリル。

君が幸せになってくれればそれで、それだけで僕は幸せな気分になれるんだよ」


そうささやく男は不釣り合いな笑顔を、リルと呼ばれた少女に向ける。

普通の人間なら優しく微笑んでいるであろうその笑顔は、恐ろしいほど目を見開きその少女の腕を見つめていた。

だが、その異様な笑顔は跪く少女には見ることができない。

見れば思わず顔をしかめてしまうであろうその笑顔を。


「ですが、それでは私の気が晴れません。野盗に襲われ天涯孤独の身となった私と妹をニコル様は優しく包んでくださいました。

ですから私は、あなたにお仕えすることでこの恩をお返ししたいと思っています。

ですからニコル様何なりとお申し付けを」


その言葉を聞き、ニコルは小さくうなずいた。

まるで予定通りの芝居を見ているような、リルと呼ばれた少女が心を込めて宣言したであろう言葉をまるで予定調和のように聞いていた。


「そうかい…

リルが、そこまで言うなら…一つだけお願いがあるんだ」


その言葉に思わずリルは顔をあげた。


「はい!何なりと!ご主人様!」


元気に返事をしたリルに、言いにくそうにニコルは告げる。


「君の…君の美しい腕がほしいんだ…リル…」


控えめに、だがしっかりと自分の欲望を見せた言葉にリルは思わず首をかしげた。

自分が愛する主人が言った言葉が一瞬理解できなかったようだ。


「う、腕でございますか?

ニコル様が望むのなら喜んで差し上げるつもりでございますが…

その私の腕をどうするおつもりで?」


そう恐る恐る聞いた声は若干の怯えを含んでいた。

しかしニコルはにこやかに返す。

少女が跪いて見えなかった笑みは影も形も消え失せ、あるのはただ相手を安心させる微笑みだけだ。


「もちろん食べるんだよ!

食べて君の一部を私の中に取り込みたいんだ。

私を君が慕ってくれるように私もその愛に答えたいのだよ!

だからお願いだ!

君の腕を私に食べさせてほしい。

いや!腕でなくても肉であれば…

いやいや、やはり君の腕がいい、そのきめの細かな白い腕、傷一つないその指…なんといっても君自身がとても有能な人間であるということが大きい。

だから、お願いだ。

こんなことを頼むのは非常に忍びない、私も自分がどれだけ相手に無理な願いを頼んでいるか承知の上だ。

嫌ならそれでもいい、君が望むなら僕は…」


「いいえ!ニコル様が望まれるのでしたら!私は喜んで!この腕を差し上げます!」


リルは震えていた。

必死の決断だった。

彼女を救ってくれた恩人の望んだことなのだ。

そう言い聞かせるように決意に満ちている。

だが、足は震え、リルは自分自身を無意識のうちに抱きしめていた。


「ああ…ありがとうリル…

ありがとぉ…私は嬉しい!

ではさっそく準備に取り掛かろう!」


コンコン…

ニコルがそこまで行ったとき、不意にドアがノックされた。


「誰だ!

彼女がせっかく決意してくれたというのに!

空気の読めぬ奴め!」


今までの笑顔が一瞬で消失し、鬼のような形相でニコルはドアをにらみつけた。

だが、次の瞬間その顔は驚きに変わった。


「おい、その言葉は俺を第二王子だと知っての発言か?」

「リドウィン様?も、申し訳ありません!」


入ってきた男の姿を確認した途端ニコルがうろたえて、立ち上がり最敬礼を行う。

それはリルも同じだった、元々跪いていた姿勢よりもさらに体を小さく丸めて先ほど以上に跪く。


その入ってきたその男からはオーラがあふれていた。

服の上からでもわかるその肉体は整った顔も相まってより一層、男の存在感を表している。

そのすぐ後ろに、不釣り合いなくらい平凡な男がついていた。

それをニコルが見逃すはずはなく。

一瞬だけ目を細める。


「相変わらずだな。“肉狂い”だが今日は仕事だ。

余興はあとでいくらでもやるがよい」


リドウィンの言葉にニコルは改まってリルに小さく言葉をかける。


「は!

リル、悪いがまたあとで、それと君の決意に私は心からの感謝を」


そういって呼び鈴を鳴らす。

すると、入り口から、杖をついたメイドが現れた。

整った顔や美しい衣装以上に目についたのがその足だ。

スカートから延びる足は、一本が木でできた義足だった。


「ご主人様、かしこまりてございます。

リル…こちらに。

用意をしましょう?」

「はい…」


そういってリドウィンと入れ違いに出ていくリル。

その様子をただじっと眺めていたリドウィンはドアが完全に閉まると、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「それにしても屑すぎるぞ、肉狂い。

女をはべらすのもよいが相変わらず“食べる”のだな。

あの娘もどうせお前に家族を殺され、生きる希望を削ぎ落とされた者であろう?

そして屑なお前が救ってみせ、屑のような希望を与えた」


リドウィンの言葉に、ニコルはなんら悪びれることなく言葉を紡ぐ。

その声は自信に満ち溢れていた。

まるで当然のことのように…


「もちろんでございます。

ですが、その悲しみ以上のモノをさきほどの()に与えました。

肉というのはもちろん、内在する才能も一つの指標ですが、ストレス管理がものを言います。

外で育てられて無駄な希望で中途半端に育った()は、そのまま食せばただの肉です。

だから、余計なものを削ぎ落とし、私好みの希望という餌を与え肥え太らせるのですよ。

彼女は実によい。

ここ1年、育てたかいがありました。

やっと食べられると思ったのに…」


残念そうな声に、リドウィンはイライラと連れてきた男を蹴り飛ばした。


「バカめ!

お前の趣味は業務に支障が出ぬ限り、許可は出した。

しかし、これではお前にも処分が下るかもしれんぞ?」


その言葉に、ニコルは首をかしげた。


「はて?

彼には、自治州の周りのならず者をけしかけるという、初歩的な下書き(・・・)をお願いしたはずなのですが…」


リドウィンの言葉にも動じずに、しかし眼だけは忌々しそうにゆがめるニコルに目の前の男は震えあがった。


「ち、違うのです。

肉狂い様、彼らの扇動にはもちろんのこと成功いたしました。

で、ですがその途中で邪魔が入り、一部盗賊団が壊滅…私も命からがら逃げかえってきた次第です」

「ほぉ…壊滅的な打撃ですか、それは大変だったでしょう…

でも無事私が指示したことは完遂できたのでしょう?

十分ではないですか?リドウィン様

何に不満があるとおっしゃるので?」


そう返すニコルに、リドウィンが男を追及する。


「まだ話していないことがあるであろう?屑め」

「す、すみません。

実は肉狂い様がならず者たちを扇動するためにと、用意してくださったあの羊皮紙。

あれを冒険者と思われる男にとられました。

盗賊の頭にはすぐ処分するよう言ったのですが…」


<風よ 切り裂け>


それが男の最後の言葉だった。

短縮詠唱による風の魔法が一瞬にして男の命を奪い取っていた。


「チッ!

腐肉に用はありませんよ。

まったくこいつが憲兵のときから私が目をかけ、“アシスタント”にしてやったというのに…使えぬ男め!

あーあ。

お前のせいで私の部屋が台無しだよ。

()の血でならまだ許せるが、肉の価値さえないものがこの部屋を汚すのはあまり好きになれないね」


「ふん!死体はどうでもいい。

お前はこの責任をどうつけるつもりだ?

ニコル…いや“肉狂い“よ、お前が描いた絵図はまだ未完成。

絵師はその絵を描き終わるまでが仕事だが、描き終わる前に描かれるはずの人物に気付かれ、“キャンパス”から逃げられては話にならぬ。

我がレグルニアと帝国とを分かつ自治州、ここを抑えなければ勢力を強める我が妹共(・・)に王位を簒奪されかねん。

わかるな?」

「…」


しばらく死体を見つめていたニコルはリドウィンに顔を向けると笑顔を作る。

その表情は新たな獲物を見つけた肉食獣のような笑みだ。


「構いません。

今回の事は私が、絵図とは別に自治州の娘だけでも食してみたいと感じたことから起きたこと。

いくらでも修正可能です。

ですが…見てください。

今回描く絵図はなかなか面白い絵になりそうですよ?リドウィン様」

「なに?」


首を飛ばした死体に視線を向けるニコルにリドウィンもつられて死体に視線を向ける。

首を飛ばした男、そのうなじが赤くかぶれていた。

まるで文字のように…“手をだすな”と。


「時々いるんですよ。

“キャンパス”の中に居て、まだこちらが描き切る前に“絵師”の存在に気付いてしまう人間が…

だが、事前調査の段階でそこまで鼻の利く者はいなかった。

…何かいますね。

これは予想外だ。

私も初めてです。

まさか絵師に警告する絵(・・・・・)がいるとは…

下絵の段階でこうなのです。

完成したらどんなふうになるのか楽しみではありませんか?

できればその肉を食べてみたいものです。

きっと素晴らしく優秀で美味な肉ですよ?」


食べる瞬間を想像したのか、涎を垂らしながらしゃべるニコルにリドウィンは顔をしかめる。


「ふん。お前らしいな肉狂い…

だが、誰だ?

我々の調査では絵師に気付くほどの人間は自治州には誰一人としていなかった。

それが絵を描き始めた途端にこれだ!

よいか肉狂い、失敗は許されぬ」

「イレギュラーがいます。

今回描く予定ではない者が私のキャンパスを歩いている」


そこまで言って面白そうに転がっている首を蹴とばした。


「だが、イレギュラーがいたとしてもそれ(・・)を含めて描いてしまえば何の問題もありません。

心配いりませんよ」

「そうか…

では、俺は予定通り動かせてもらうぞ。

久々の戦なのでな。

眉唾ものだが遺産断片(レガシーコード)とやらを試す良い機会だ。

あ奴らにも動いてもらう…

絵についても、それを想定して描いておけ」

「ほぉ…学生ごときをお使いになるので?

…いろいろ思うこともありますが、なるほど後ろ盾はお人形様ですか?」

「せいぜい役に立ってもらわねば…な」


そこまで言ってリドウィンは荒々しく部屋を出ていく。


「相変わらず荒々しいお方だ。

騎士もつけずに…いや、あの騎士ではついてゆけぬか…

だが…これだから“絵師”はやめられないのですよ」


そういうと、ニコルは目を閉じこれからの事を描くのだった。


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