第十二話 拷問のお話
たぶん残酷な描写があります。
「たすっけてぇ!」
暗闇の中、男が悲鳴を上げる。
しかしその悲鳴は周りの壁に染み込むように消えていった。
「三番、身体に異常なしじゃ。瞳孔は開き、呼吸は乱れて、明らかにまともな精神状態ではないがのう」
「た、頼む!ほんとだ!本当に痛いんだ!」
俺の目の前で縛りあげられた男は、目隠しを施され、強制的に聴覚と触覚のみに限定された哀れな盗賊だった。
俺は今、半殺しにした盗賊の住処…こいつらが独房として使っていた洞窟にいる。
傷を治してやるからアジトを教えろと、やさしく声をかけ盗賊の残党に案内をさせた後、アジトに残っていた残りの奴らを一網打尽にした。
もちろんクルルがだが…
そうやって捕えた男たちを横一列に並べて現在に至るのだが…
俺は男の首筋に先ほど森で拾ってきた木の棒をあてがうと、字を書くようにゆっくりとなぞっていく。
それだけで、男はガタガタと震えた。
下を見ると股から湯気が出ている。
「大丈夫だ。それはお前がそう思っているだけ。
実際には大した傷じゃない。
お前自身たいして痛くないだろう?
このナイフ(木の棒)は特別性だからな。
それに俺は約束したぞ。
殺さない。
俺はお前を殺さない。
クルル…1番と2番の叫び声をこいつに聞かせるのはもういい。
それでいい加減しゃべる気になったか?」
「…駄目だっ!そんなことすれば俺が殺されるっ!」
「クルル。1番と2番に加えて4番の悲鳴も頼む」
そこで俺は枝をゆっくりと喉に這わせていく。
「いいじゃないか?
俺たちはたまたまここを通った。
そしてたまたまレグリニア王国の紋章が入った羊皮紙を見つけただけだ。
そしてたまたまお前にこれをどうやって手に入れたのか聞きたいんだ…わかるな?」
そういって俺は拷問している男のすぐわきの机に、正確にはそこに広げてある羊皮紙を見た。
その羊皮紙は…
「…わ、わかったわかったよ!話す、話す!
これは俺たちだけじゃねえ。帝国と王国の堺に隣接する自治州のお偉いがたから直々にこの辺の盗賊たちに回ってきた依頼なんだよ!
俺たちはなんも知らねえ!
ただ、自治州長の娘を殺せば金をやるって言われたんだ。
やけに稼ぎが良かった。
あいつら前金で10万アソートは出してくれたぜ。
この金で盗賊やめられるって…」
男の身勝手な言葉に俺は鳩尾めがけ拳を突き立てる。
「ごはっ! ゆ、許して…」
「他人を襲っておいて、ずいぶんとおもしろいことをいうな…」
「で、そのほかにもいるだろう?
なんだ?
お前らのアジトにあるこの御大層な馬車は?」
「そ、それは別件だ!
たまたま豪勢な馬車がここを通りかかって捕えてみたら、探究者とかいう金持ってそうな奴らだったから身ぐるみ剥いで身代金を…」
「そうかそうか…ありがとう」
そういうと、俺は男の首に軽く本物のナイフを突き立てる。
「ぎゃあああああ!」
今まで木の棒をナイフだと勘違いしていた男からしてみれば、とびぬけた激しい痛みが襲ったことだろう。
だが実際はナイフで軽く小突いただけだ。
小突いたところから、ぷっくりと赤い血が水玉のように浮き出た。
「今、お前の首に魔道具を埋め込んだ。
人には悪いこと、いやしいこと、醜いこと、間違っていること何が正しくて何が間違っているかを判断することができる。
そして、倫理に反することを行おうとするとき人は必ず、何かしらのストレス物質を…
まあ、いいや…お前の首に埋め込んだのはお前の精神を見張るための魔道具だ。
今後、お前が俺の忠告を聞かず愚行を働けば、それは即座にお前を死に至らしめる。
わかるな?」
だが、俺の言葉に男は震える声で反論してきた。
「そ、そんな魔道具聞いたことない!う、嘘だ!」
俺はゼイゼイわめく男の強がりにゆっくりと答える。
「ああ、嘘かもしれないな。
大丈夫だ。
本当だとしても嘘だとしてもお前が信じるか信じないかだ。
お前が生き延びたとして、ここで受けた痛みは消えない。
おまえは毎夜暗闇にうなされる。
目を閉じれば、このナイフの傷がじくじくとお前に語りかけてくる。
仲間の悲鳴が聞こえるだろ?」
そういって周りを見る。
同じように目隠しをした男が3人並んでいる。
どれもこれも腕が折れていたり、やけどの跡が見える。
悲壮な格好だ。
「たすけてくれ!」
「俺は、もうだめだ!」
「なんでだ!なんでお前だけ、拷問を受けてねえんだよ!
いっそ俺をころせぇ!!」
その声を聴くたびに目の前の男が震える。
「なあ、嘘かホントかはこの際どうでもいい。
わかるだろ?お前が言わなければ、こいつらはずっとこうだ。
お前もこいつらも一蓮托生だ。
なのに拷問を受けてないのはお前だけ…
お前はここを乗り切ったとして同じ牢でどうなるかな…」
「よ、よせ!
それ以上しゃべらないでくれぇっ!」
男の憔悴しきった声に俺は満足し声をかける。
「なら、わかってるな?」
そこまで言って目隠しをとる。
怯えた目がそこにあったが、それを見逃さずじっと見つめ続ける。
「あひっあ、わかりましたぁ…」
「なら、ここにいる盗賊どもを全員連れて行け。お前が導き、近隣の村々で穏やかに暮らせ。もともと村にいるのが嫌な若者を集めた烏合の衆だ…それくらい簡単だよな?
おまえどっかの兵士崩れだろ?」
びくっ!
男の方が目に見えて震えたのがわかる。
「わかるぞ、拷問ってのは、無意味に裸にするわけじゃない。
される側の痛みがよくわかるように、そしてする側がどんな相手を拷問するのか知るためでもある。
お前の体、あの図体がデカいだけのリーダーより筋肉があった。
それに、他の奴にはない、剣だこが手にできている。明らかに従軍経験者だ」
「お、お前、俺を突き出すつもりか?」
「確かに、脱走兵は何処の国でも死刑が相場だ。
敵前逃亡した人間を、緩い罪で釈放してしまえば、軍隊としての規律が成り立たなくなる…
ある意味当然だな。
だが…俺は何処の国にも属しちゃいない。
そんなことを強要する義理は何処にもない。
お前に埋め込んだ魔道具がいい証拠だ」
そう言うと俺は男の目を再度見る。
その眼に輝きはない死んだ魚の目をしていた。
「わかるな?」
「は、はい…」
「よく言った。
忘れるなよ…」
そういって俺は薬を嗅がせ男を眠らせた。
「クルル、こいつらの傷を治した後、街道に放置してきてくれないか?」
「本当によいのか…それで?」
「何がだ?傷も癒して、街道に放置する。最高の選択肢だと思うか…他にどんな選択肢があったんだ?」
「きまっておろう。
なぜ、殺さんのだ!
殺されかけたのに慈悲を与えるなど、正気とは思えん。
それになんだあの戯言は、そんな魔道具などあるはずもなかろう?」
クルルの言葉も当然だろう。
だが、この場合はこれでよいのだ。
「いいんだ。
俺がこいつに仕掛けた脅しはただの脅しじゃない。
同郷としてのよしみだよ。
それをこいつが理解しているかはわからないがな」
「ん??何を言っておるのだ?」
「まあ、いいじゃないか、それよりこいつらの件頼んだ。
俺は探究者に会ってくる」
「うむ、わかった。
しかし、帰ってきたら、かならず今の疑問に答えてもらうからの。
心しておくのだぞ!」
とクルルはいつもより語尾を強めて俺に迫ってきた。
まあ、自分だけわからないというのもそれはそれでつらいものがあるのだろう。
「はいはい、じゃあそれは頼んだよ」
そういって俺は洞窟を抜け不釣り合いな馬車が停めてあるアジトの小屋に向かって歩き出した。




