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第七話 メイド育成計画のお話

パイも食べ、お互いの身の上話も済ませた。協力関係も結んだことだし今日はもう話すことはないな。

「そうと決まったら今日はもう遅い、女子寮まで送って行ってやるからまた明日な…」

ガタッ

今日はお開きにしようとクーノに切りだすとクーノが突然立ち上がった。

「大丈夫です。アルさんはちょっと待っててください。すぐ戻ってきますから」

「おいおい、ちょっ…」

バタンっ

…行っちゃったよ。なんかあるのか?

まあいいや飯も食ったし部屋の片づけでもするか…

戻ってくるって言ってたけど何するんだろ?

そう思って部屋の片づけをしていた時、俺は甘かった。仲良くなった人物に対してのクーノの行動力は危ないと気付くべきだったのだ。


一時間後

何やってんだ?クーノの奴もう寝ちまうぞ。

…ドカドカ…ドカドカ…

ん?なんだこの足音は?どんどんこっちに近づいてくる。

怖い、すごくいやな予感がする。

バタン!

「お待たせしました!アルさん!」

「ク、クーノ!?ど、どうしたんだ?そ、その荷物は大体想像ができるけどなぜ来た?」

勢いよくドアが開いたその先には、何故か大きなリュックを背負い、俺の部屋を出たまんまの姿のクーノがいた。しかし、連れてきたときとは違い目がキラキラしてさっきまでの落ち込んだ姿からは想像ができないくらい輝いている。

そう、輝いている…変な方向に。


「はい!もちろんさっきの約束を果たすためです!私、アルさんの部屋に住みます!

じゃないとお世話なんてできませんから。アルさんもその方が良いですよね?」

そう言ってテキパキ荷物を置き始めるクーノ。

おい冗談だろ…


「いやいやいや、待て待て。落ち着こう?たしかに行動的な方がいいとは言った。言ったがそれは行動しすぎだ。もう少しおちついて…ほら若い男女が同じ部屋ってのも学院で問題になるだろ?」

なんとか説得しないと、いくら貴族用の部屋で広いからといっても若い男女はいかん。

思春期の男の子は秘密が多くなるものなのだ。

何とかしないと、と思いとりあえず思いついたことを言ってみる。


「大丈夫です。女子寮と男子寮は名ばかりですし、貴族は例外的に許されているじゃないですか!」

「それは、そうだけど…」

いかん。ここで、ここで押し切られては俺の男としての色々なものが…

「それに私女子寮の女の子にもいじめられてたんですよ。もうどこだって同じです。それにここならいつでもアルさんと一緒です。もう一人でいじめられるのは嫌です!一人は寂しいんです!」

ガシ!!

そういって抱きついてきた。そして締め上げてきた。

なんだこの馬鹿力人間じゃねえ…

「わ、わかった…ぐるじい…わがっだがら…も…い…が…」

「いやです!ここに置いてくれるまで離しません!」

クーノにものすごい力で抱きつかれた俺は、力を強めてくるクーノの抱擁に意識を刈り取られた。


結論

押し切られた。


―――――――――


俺の目の前には大蛇が居る。しかも周りは壁であり逃げ道はない、くそっどうしてこうなった?

甘かったのだ。

ダンジョン実習の前に一人で下見しておこうなんて思った自分が馬鹿だったのだ。

そう思いながら護身用に持っていたナイフに手をかけ、せめてもの臨戦態勢を整える。

大蛇の方も下をチロチロさせていたが、今は動きを止めこちらをじっと見つめている。

両者とも相手の動きを探るために一歩も動かない。

このままじゃ埒が明かない。なんとか状況を打破しなければ。


ジリ…ダッ!!

最初に動いたのは俺だ。大蛇の脳天めがけナイフを振り下ろす。

ガキンっ!

大蛇を貫くかに見えたナイフは一見、薄そうな鱗の前に無残にも砕け散った。

そして大蛇は無駄のない動きで俺に絡みついてきた。

「くっくそっ!!」

絡みついた先から万力で絞められたような痛みが全身を襲った。

糞…短い人生だったが精いっぱいやることはやった悔いはない。

そう思って目をつぶる。

…?

おかしい締め付ける痛みは変わらないのに、蛇は俺を呑み込もうとしない。

俺はもう覚悟したんだ、ひと思いにやってくれ。

そう思って恐る恐る目をあけると…


「ムニャムニャ…」

「おい…」

幸せそうな顔したクーノが俺にしがみついていた。



「それで今後どうするか話し合っておきたいんだが、いつまでしょぼくれてるんだクーノ?」

「…はい。ごめんなさい」

目の前には俺に怒られてショボンとしているクーノがいる。

昨日、俺はクーノにしがみ付かれそのまま気絶してしまったらしい。

クーノもクーノで俺が何も言わないのでそのままじっとしていたら眠くなって寝てしまったとのこと。なんてことだ。


「そうそう確認しておきたかったんだけど、お前”加護持ち”か?」

「えへへ、そうです“戦闘の女神セクメトの加護”授かってます…私の事怖いですか?」

落ち込んでいたのはどうやら、自分が加護持ちだとばれることが原因だったらしい。


加護持ち…この世界では様々な神様と宗教がある。それだけなら前の世界と同じだが、こちらの世界は実際に神様が存在する。彼らは様々な人々に影響を与える。お告げ、魔法、などなど、様々な手段で世界に干渉してくるが、“加護”というのはこの干渉の最たるものといってもよい。


…気に入った人間に自分の力を分け与える。

加護とは簡単に言えばそんなところだ。

だがこの加護持ちも国単位では喜ばれるが個人単位では化け物として恐れられることが普通だ。何しろ何万分の一とは言え神の力を授かるのだ。与えられた者は全てにおいて強化される。


才能も飛躍的に上がるし、身体能力も強化される。だが力が強い分、すぐ物を壊したり親以上の力を発揮してしまい、育ての親が持て余してしまうことが多いと聞く。

そして、クーノがコミュニケーション障害気味であることの原因も少なからずここにあるのだろう。

小さいころから相当苦労しているはずだ。


恐る恐るきいてくるクーノに俺はなんでもない事のように切り捨てる。

「何言ってんだ、そんなのちっとも怖くないね。むしろどんどん見せろ!!俺はそう言った不思議な力が好きなんだ。“嫌いになるんじゃないか?“なんて遠慮したらぶっ飛ばすぞ」

「えへへっ あ、ありがとうございます、安心しました」


俺自身そういった中二設定は心が躍る。目の当たりにしたらなおさらだ。

そんな俺の様子を見てクーノも安心したらしい。俺は改めて色々聞いてみる。

「それで、クーノはその加護を制御できるのか?」

「は、はい、ある程度は制御できます…」

ふーん…

「クーノ、これ切ってみて」

と昨日の残りのアルルの実と包丁を渡す。

「はい! 任せてください」

簡単、簡単と笑いながら包丁を持つクーノ。


メキョ!


「…」

「おーいクーノさん。机に包丁めり込んでますよ」

「えへへ、すいません実は包丁持ったことないです」

「…それでよく料理得意って言ったな。…ちょっと待て、実家は別として学院では何時も何食ってたんだ?」

「はい、学校がある日は学食で、安息日は節約のために干し肉とパンで済ませてます!」

「なぜ胸を張って言えるのかわからん。掃除はしたことあるのか?」

「もちろんです。私大得意なんですよ掃除。実家のメイド長のマーチに教えてもらった直伝のやり方です。学院に来る前に「お嬢様立派になられました…」って言われるくらいになったんですから!」

「そうか。それじゃあやって見せてよ」

「はい!」


うーん不安なんだけどクーノって元気だけはいいよな…

てっきり台所にある雑巾を使うのかと思いきや クーノは部屋の窓をすべて開けて部屋の隅に立つとそのまま動かなくなった。

「おーいクーノさーん。何してんの?」

あー嫌な予感してきた。絶対これ当たってるぞ。

「何って掃除ですけど。」

「それ!掃除じゃないから!お前それメイドに騙されてるから! どうせ「風が自然にホコリを運んで行ってくれますので、その間風の妨げにならないよう隅でじっとしているのが掃除の正しいやり方です」とか言われたんだろ?」

「なんでわかるんですか?すごいですねアルさん!」

「いや、予測できるから! 何度も言うけどそれ掃除じゃねーから! クーノが居ない間メイド達が”本当の”掃除してっから!その掃除方法は“すぐ物を壊すから部屋の換気だけやってくれればいい”って裏の意味あるから!

…非常に言いにくい事だけど、本来掃除っていうのは雑巾とか箒を使って部屋を綺麗にすることなんだよ」

「そ、そんな…ちょっとショックです。そうですよね。私が”掃除”した後、食事を済ませて部屋に戻るといつも綺麗になってて…えへへみんな立派って誉めてくれたのに…私騙されてたんですね」

真実を知ってかなり落ち込むクーノ。

まあそりゃしょうがないか。

「大丈夫だ。これから俺が一から教えてやる。今度家に帰る時には、みんなを見返してやるくらい掃除も料理もできるようにみっちり仕込んでやるからな。覚悟しろよ」

そう言って頭を撫でてやる。

失敗や間違いは誰でもある。

要はそこから改善していけばいいのだ。

「ホントですか!!やったーアルさんありがとうございます」


ハア…

これでやることが増えた。

まあしょうがない、一からメイドを育成すると思ってビシビシ鍛えますか。

けどクーノの世間ずれのひどさは異常だぞ。

全く親は何やってたんだ。手抜き育児する親の顔がみたいよ全く!

俺の親も似たようなもんか。


「アルさーん。急に黙っちゃってどうしたんですか?」

「いや、別になんでもないぞ。ちょっと面倒くさいとかそんなことは思ってない。そうと決まればこれからの事についてだけど、朝と夜に家事と掃除のやり方を教えるから覚えてくれ。最終的に一人で出来るようになってくれればそれで良い。でだ、昼休みと放課後に俺はいじめ対策の仕込みをするから…」

「嫌です」

きっぱりと否定の意志を示すクーノ。

「嫌です。私のいじめをアルさんがなんとかする代わりに”お世話する”って決めたんです。

いつでもどこでもお世話するためについていきます。それに私の問題は私が見なくちゃいけないんです。私の事をアルさんだけに任せて自分だけのうのうと休みを取るなんてできません。私はもう子供じゃないんです」

うーん

それはいい事なんだけどな、良い事だけどね。

「いいのか?”寂しいから一緒に居てください”とか安易な気持ちで付いてくるのならやめとけよ。今までお前が才能が高い事で見逃されていた汚れた部分を見ることになるぞ?

俺は一度敵と認識したらとことんやるタイプなんだ。特にいじめはな。どんな卑怯な手でも使うつもりだ。その時になって”やっぱり見ていたくない”とか”止めてあげてください”とか言う事だけは許さないぞ」


良い所だけみたい、悪いところは見たくない…そんなことじゃあ何時まで経っても進めない。

清濁併せて呑み込んで底から這いあがらなくては意味がないのだ。

子供が純粋で大人が純粋でない理由は、生きていくために全てを受け止めているからに他ならない。

自分に降りかかる全てを受け止め、綺麗なもの汚れたものにまみれながら前に進む。

だから成長できるのだ。

純粋な輝きではなく自分の中から輝くことができるのだ。


「馬鹿にしないでください。これは自分の事です。私が責任を持つ必要があるんです」

俺はクーノの目をじっと見つめた。

クーノも俺を見返してくる。

「…わかった。そこまで言うなら俺は何も言わない、ずっとついてこい」

「はい!ずっと付いていきます」

そしてクーノは今、自ら輝こうとしている。

今まで守ってくれた大人はココには居ない。

居るのは自分と他人、その中で必死で足掻いている。

俺はそこにただ、たまたま手を差し出しただけなのだ。

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