閑話 馬車の中の雑談のお話
「お疲れ様リデット。首尾は上場かしら?」
がたがたと動き始めた馬車に揺られ、リデットと呼ばれた少女は明るく答えた。
「はい、お姉さま!
アルス・マグナ
セクション名:木偶人形の可能性ステージ2のクリア基準である。
“核”の生成に成功しました。
選定目標である“モンスターを使った同調実験”にも成功しています。
で、ですが…」
「なにか心配なことでもあるの?」
「はい…“人形老”には不完全といわれてしまいました…
人の意識を持たせるには、まだまだだと…」
その尻すぼみになっていく声に、リデットの目の前に座る誰かはにっこりと笑う。
同じ学院の服を着ているというのに彼女たちの印象は真逆であった。
リデットが年相応で元気な印象を受けるのに対し、目の前に座っている“お姉さま”と呼ばれた女性は、学院の制服を着てはいるものの、少女というよりはむしろ女性といった大人びた感じの“少女”だった。
「気にしなくていいわ。
最初から十全なものは出来ない。
だからこそ各ステージ毎に、クリア基準を設けたのだから…
今頃、他の者たちも与えられた可能性をステージ2に昇華させている頃です」
その言葉に驚きで目を見開くリデット。
「そ、そうなんですか!?
月次報告書ではそんなこと何にも書かれていなかったのに…
てっきり、わ…私が一番だと思っていたのに…」
「それはしょうがないというものよ。
あなたは遺産断片の解析結果がいつでも閲覧できる学院ではなく、遠くはなれたこの町に拠点をおいているのだから。
むしろ、そういった“遠征組み”ではあなたはトップよ」
「あ、ありがとうございます!おねえさま!」
そう元気に返事をしたリデットだったが、とたんに声のトーンが落ちた。
「しかし、本当によろしかったのですか?
いくらあの糞ジジ…いえ、“探求者”たちが欲したとはいえ遺産断片の解析結果をそうやすやすと渡してしまうというのは、少し悔しい気がします」
あくまでこちらの利益優先というリデットに対して、目の前の女性は相変わらず笑みを崩さない、もし彼女と親しかった誰かが見たならば、明るく美しいその笑みは、どこか、虚構を向いていると答えていたに違いない。
「大丈夫よ。
こちらも、それ相応の技術を対価として要求しているわ。
それに彼らも懲りたでしょう。
鼻で笑っていた遺産断片を元にして私たちが強力な魔道具を生成しているんだから、いまさらその価値に気付いて、頭を下げて来たのよ。
かかる費用、対価として用意してくれた技術…もろもろ当初の予定よりかなり良いものが得られているわ。
すべては、“あの方”のために…」
「はい!すべては“あの方”のために!」
そういって、合言葉のように復唱するリデット。
その顔は夢見る乙女であり、絶対の神を信仰する狂信者のそれに近いものが宿っていた。
彼女たちは進む。
小さな馬車に大きな狂気を乗せて。
念のため、アルス・マグナの添え字が違うのはわざとです。




