第七話 ギルドのお話
宿屋に戻るとベットで大の字に寝ていたクルルは、不機嫌そうに起き上がるり俺をにらみつけた。
「やっと来たかのう…
まったく、この我をいつまで待たせる気だったのじゃ?
こんっの朴念仁がっ!」
「のわっ!!
いきなり飛びつくな!
クルル!」
飛びついたクルルは、あと少しで唇がつきそうな距離まで顔を近づけると、じっと俺の目を覗き込んだ。
「ずっと気になっておったのじゃが…
お主、女子に慣れておるな?
我が飛びついても驚くだけで顔色一つ変えぬ…
誰かのう…お主の中にいる女子は?」
クルルの突然の言葉に心臓が跳ね上がるかと思ったが、かろうじて平静を装う。
言われれば確かに、あの学園生活のお陰で俺は多少、女に対する耐性を身につけたといってもいい。
だが、それがこんなところで仇となってくるとは思わなかった。
いや、別に後ろめたさがあるだけで、俺が悪いわけではないのだ。
たぶん…いや絶対…
「…何のことだよ。
俺は学院に通ってた。
男女共学のな!
そのことはお前に話したし、別に驚かなくても不思議じゃないだろ?
それにお前、俺の心を読んだときに俺の過去まで見たんじゃないのか?」
俺の言葉にクルルは喉の奥でククク…と笑う。
「雑すぎる思考だぞアルス。
相手の心を読むことと、相手の過去を知ることとは明確な違いがある。
我はあの時、お主の感情や思考が、過去の何で構成されているかを語ったに過ぎない。
あの時お主の心には、人を助けたいという気持ちと、人を助けてきたという自信と、その困難を自らが乗り越えてきたという自負が垣間見えた。
だから正確には、我はお主が過去に、人を助けたということしか知らぬ。
お主が学院にいたことは聞いているが、そこでなにをしていたのか、はたまた何をしでかしたのかは知らぬよ。
我の母上ぐらい力をつければわからんがな…」
そこまで言われて俺は愕然とする。
別に、知られるのは後ろめたいが、話すのは苦ではない。
しかし、相手の事を正確に理解なければならない状況下でこの誤解はまずい。
俺が今後生きていくうえで命のやり取りをする場面は必ず来る、ならば少ない情報で相手のスキルやその手管を正確に理解しなければならない。
俺は気恥ずかしさを押し殺して口を開いた。
「ああ、すまない。
自分でも雑すぎだな…
最初の質問だが…」
しかし、俺が口を開こうとするのをクルルは一蹴した。
「よい!
お主が気になるが故の詮索だ。
いつかお主が自ら話したいと思った時に話してくれればよい。
今はその危機感を持ってくれたことだけで十分じゃよ。
フッフッフッフ…
あせらずともお主は我が落とす故、気にすることではあるまいて!」
そういってクルルは笑う。
笑っている姿はかわいいものだが、先ほどの言葉と言い、駆け引きと言いムスランブル卿…もといカルヴァを相手にしているような手ごわさを感じさせる。
「はいはい…
ところで、今からギルドに行くから、クルルも準備してくれないか?」
「むっ!?
俗にいうデートか?
夜にはムフフなイベントを期待してよいのかのう!?」
「違う!!
お前のギルドカードを作るのと、簡単な依頼を受けて感触を確かめたいんだよ!
ほら行くぞ!」
ニヤニヤするクルルを無理やり引きはがすと、俺たちはギルドへ向かった。
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扉をくぐりギルドに入ると内部はとてもにぎわっていた。
明らかに、迷宮に潜ることや魔物を狩ることを生業としている者たちや、子供連れの主婦などが絶えずギルド職員や仲間と談笑している。
基本的に冒険者ギルドは、その需要からたくさんの依頼を常に受けるため、いくつもの受付が設置されている。
その種類は様々で、ギルド間専門の受付や、迷宮専門の受付など日本でいうところの銀行の窓口が吹き抜けの2階も合わせて数十箇所存在する。
「すみません。
登録したいんですが…」
俺は人が居ない受付に小走りに近づき受付の女性に開口一番そう告げた。
俺たちが入ってきてから、いくつかの視線を感じている。
視線の先は間違いなく、俺の横で腕にしがみつきニコニコと始終笑顔なクルルだ。
アルビノであるクルルは人の姿も髪も肌も白くそして顔は、かなりかわいい。
母である悪龍ヴァルヴァデが美しいなら、子であるクルルは愛らしく将来が楽しみな外見だ。
だからと言ってはなんだが、人攫いに目をつけられたらたまったもんではない。
もちろん、彼女の身が危ないという意味ではない。
すぐ近くにいる俺が“クルルが暴れてできた後始末”に追われるのが嫌なのだ。
「はい!冒険者ギルドにようこそ!
では登録をする前に身元保証人は誰かしら?
見た所あなたは人で、お嬢ちゃんはドラゴニュートみたいだけど…
珍しい組み合わせね」
と受付嬢であるエルフは俺たちを見て驚いたように声を上げる。
彼女が言ったドラゴニュートとはいわゆる竜と人の中間のような種族だ。
起源は分からないが、その力は強大で、亜人と呼ばれる種族の中でも一、二を争うとまで言われている。
どうやら、クルルの身に纏う気配をエルフ族が持つ“精霊の力”とやらで変に感じ取ったのだろう。
「それで、登録というのはだれが行うのかしら?」
「こいつです、登録に必要な身元保証人には俺が。
これが俺のギルドカードです」
そういって、俺のギルドカードを見せる。
身元保証人になるにはそれなりにギルドに貢献していなくてはならない。
俺は、リックの元で武器屋に魔道具を下した経験がある。
それは、武器屋から職人ギルドを通し、冒険者ギルドの俺の功績として残る。
誰がいつどんなことをし、何をしているのか、それが筒抜けになる。
だからこその偽名なのだ。
「なるほど、身元保証人に必要な条件は満たしていますね。
では、登録を行いますのでお嬢さん…ええとお名前は…」
「クルルという」
「はい、ではクルルさん。
このカードに魔力を込めてください」
そういって受付嬢は2枚の対になったカードを取り出した。
「うむ!」
クルルが手をかざすとカードがぼんやりと光り、魔力がカードに込められる。
「はい、登録完了です。
以後はギルドの依頼を受けることも、逆に依頼を出すことも可能になります。
このカードは一枚は本人が、もう一枚はギルドで管理いたします。
紛失の際は、速やかにギルドに申請してください。
申請が遅れますと、あなたが冒険者として積み上げたランクも下がる可能性があるので注意してくださいね。
今回の登録は、身元保証人を通しての登録となりますので無料になります。
クルルさん、あなたのギルドへの貢献を期待していますね」
そういって、クルルの名前が刻まれたカードが渡される。
「クルルさんのギルドカードになります。
そして、こちらはランドールさんのギルドカードですね。
保証人基準に満たしていることが確認できたのでお返しいたします。
ギルドの詳しい説明は2階のカウンターで行っておりますのでわからないことがありましたらそちらでお伺いください」
そういってエルフはきちんと頭を下げる。
エルフは気位が高い種族だというのに、ここまでの対応をするとは正直驚きだ。
それだけギルドの教育が行き届いているということなのだろう。
「では行くぞアルス!
お主はギルドについて、一通り熟知しているのであろう?
我はすべてお主に任せる。
さっそく依頼を受けるのじゃ!」
「ああ…」
そこまで考えていると、クルルが引っ張るように俺を促す。
仕方なく依頼が張り出された掲示板に足を向ける。
すると、後ろでエルフの声が聞こえる。
「クルルさん。
悪いことは言わないわ。
そんなダートなんかと組むのはやめて、もっと才能あふれる人と一緒に依頼を受けた方がいい。
でないとあなた死ぬわよ」
いつもの雑音を俺は聞き流す。
しかし、クルルはよほど面白かったのか、口元に笑みを浮かべている。
その笑いは憐みが含まれていた。
「ふむ…エルフにしては見る目がないのう。
こんなにも強かな者など他にいないものを…」
「俺にはその言葉だけで十分だ。
さっさと行くぞ」
俺たちは雑音よりも依頼を受けるべく掲示板に向かった。




