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第五話 クルルの礼儀のお話

俺がいつものように、厨房で夕飯を作っていると、メアリさんと話し終わったらしい、クルルがやってきた。

「アルス!我も手伝おうぞ!」

「いいけど、メアリさんとはもう話し終わったのか?」

「うむ!

“料理をアルスから教えてもらえば二人の仲は急接近!”作戦で行くことが決まったのだ!」

「…それを俺に話してお前はどうするつもりなんだ?」

俺のあきれた声にクルルはクスッと笑うと顔を近づけ小声で語った。

「お主が好きだからだ。

落ち込んだお主を慰めるというのもなかなか魅力的ではないか?」


「俺は別に落ち込んでなんか…いない。

クルル…

残念だが、お前が俺を好きな気持ちは幻想だよ」

「…ほう?

我の気持ちが幻想とな?」

途端にクルルの雰囲気が暗いものになる。


だが、俺は構わず続けた。

「お前がかかったトキソプラズマは、寄生虫が分泌する物質によって寄生対象者が精神的に不安定になりやすい病気だ。

たとえお前の体の中から虫がいなくなったとしても、分泌物は体内に残るからな…

そんなときに俺がお前に勝利し、命を助けた。

成竜の儀、突然の命の危機、それを脱したという安心感、そんな中でお前はたまたま俺に不必要な感情を抱いただけだ。

だから、結論として、お前の恋心は、虫による分泌物質による幻想だ。

俺なんか捨てて、さっさと竜の巣へ戻った方がいい」

俺はなるべく厳しく淡々と突き放す。


だが、目の前の竜は一切揺るぎもせずに答えて見せた。

「ぷ、アハハハ!!

なかなか面白い冗談だ。

だが、もし仮にその説が正しかったとして、そのおかげで我はお主を好きになったとしても、別になんら問題ではない。

重要なのは、我が自分の意思でお前を好いているということだ。

たとえ状況的に好きになりやすかったとしても、それはただの一要因というだけのこと。

なんら気にすることではないのう…じゃが」


ガシッ!!


クルルは突然、俺の頭を押さえると、一気に唇を奪った。

「ングッ!…ぷはっ!

我を怒らせたかったのだろうが、そんなことでは駄目だな。

それに、今更そんな話を持ち出すのは単独行動がしたくてたまらないと言っているようなもの。

何がお主を駆り立てたのかは大体見当がついておる。

工房で何かあったのであろう?」


いやいやいや…十分怒ってますよクルルさん。

とツッコミを入れたくなったが、我慢する。

「さあな。

少なくとも…俺には、今のところ力を蓄えるのが精一杯でほかに構っている余裕なんてないよ」

俺は何でもない事を装うとするが、竜の目はそれを許さない。

「本当に?

“お主が考えうる限り最悪の事態になっている可能性が高い”

そう考えていたのではないか?」


「おいクルル。

…俺の考えを読んだのか?」

わかってはいても嫌悪感を模様さずにはいられない。

そうやって手に入れた情報で、賢しらに追い詰められても出てくるのは負の感情だけなのだ。

俺が真剣な表情でクルルに聞き返すと、クルルはいつもの天真爛漫な少女のような笑顔で答えた。

「違うなアルス。

我はお主と契約してから、一度たりとも心を読んだことはない。

だが、お主の表情や仕草から感情を読み取ることはできる。

心を読まぬのは、我の番としての礼儀だ。

だが、我は心を読まなくなってからお主がどんな風に考えているか、知りたくてたまらない。

我の事を好いてくれているか?

我はお主の役に立っているか?

お主は、我をいつも温かい目で見てくれるが、それは特定の個人を見つめる目ではない。

我は苦しいのだ。

だから、我は我のできることを我なりにやるしかないと思った。

お主が、今苦しんでいることは、様子のおかしいお主を見ればあきらかじゃ。

だから、それを少しでも癒したいと思ったのだ。

大丈夫じゃ。

なんといってもこの我がいるのだからな」

そう自信満々に語るクルル。


俺はその自信たっぷりの声に、ただただ苦笑するしかない。

「…わかったよ。ありがとう」

「うむうむ!

我をどんどん頼ってくれてよいぞ!

そしてゆくゆくは…」


一気にニヤニヤと締まりのない笑顔になったクルルに、俺は呆れたように声をかける。

「まったくシリアスな雰囲気をぶち壊してくれてありがとうよ。

俺にとっては、それも演技だと思いたいけど…

締まりのない顔を見るに本音がダダ漏れだぞ?」


だが、俺が指摘してもクルルはにやけた顔を止めようとはしなかった。

「よいのだ。

我はお主に我のすべてを知ってほしい。

我は真っ直ぐに生きておる。

お前をほしいと思う気持ちに正直に生きるのみ!」

と、俺の横で包丁を振り回し宣言するクルル。


「はいはい、ほれ!

料理ができたぞ」

と、用意しておいたシチューとサラダ、そして燻製にした肉を大きめの皿にそれぞれ盛り付ける。


「なかなかうまそうではないか…ジュル」

「涎をふけ涎を!

ほれ、さっさと運ぶぞ!」

「うむ!

善は急げというからのう!」


子供の様に、はしゃぐクルルを横に俺は料理をリックたちが待つ部屋に運ぶ。

運びながら思った。

自分の全てを知ってほしいクルルと、自分をさらけ出すことに抵抗がある自分…

前者は相手のことがすべてわかるのに、後者に合わせてくれている。

竜族たちの中では一般的なのかもしれないが…

相手の気持ちがわからないというのは、それはそれでつらいものだ。

それはクルルなりの気遣いであり、今の俺には十分すぎる温かさだ。

ならば俺もその信頼には答えなくてはいけないと思った。



―――――――――――――――――――――――――



「ッカ~!!うめえっ!

アルス!おめえはいい嫁さんになる!!

クルル嬢ちゃんも、アルスがこんな料理がうめえと立つ瀬がねえな!!」


俺の料理を一口食べたリックの言葉に、クルルがシュンとうなだれる。

たしか、昼間話し合って結局結論は“アルスに料理を教えてもらう”だったはずだ。

「あらあら~リック、乙女にそんなデリカシーのないこと言うなんて、いつからそんな偉くなったのかしら?

これはベットで再教育が必要かしらね~?」

「お、おい!待ってくれメアリ!」

その言葉にリックはガタガタと震えだす。

ってか、どんだけ怖いんだよ。


「むむ!!

メアリ殿!

ベットで何を教えるのだ?」

「「ブフッ!!」」

クルルの言葉に俺とリックは思わず吹き出してしまった。

話題に出すメアリさんもそうだが、クルルの奴…完全にわかっていて食いついているのか、疑いたくなる。

たぶんわかっていないはず…たぶん。


そんなクルルに、笑みを崩さずメアリは楽しそうに答える。

「ふふふ…

クルルちゃんはもう少し体が出来てからかしら?

でもその年なら十分可能よね~

大丈夫よ~アルス君に聞けば一発で教えてくれるから…

でも~むしろ一発で収まらないのはアルス君の方かしら~」


このままでは、メアリさんの独壇場だ。

何とかしないと、とリックに視線を投げかけるとリックはあきらめたように首を振る。

「アハハハ…

め、メアリさんっ!ちょっとそういうのはもっと大人になってからに…」

「アルスッ!!

我が大人になれば、教えてくれるのか?」

「いっいや、そういうわけじゃ…」

「よいよい!

我は待っておるぞアルス!

メアリ殿、待つのも女の仕事なのであろう?」

「ええ、そうよ~

クルルちゃんは覚えるのが早いわね~」

女二人が笑いあう中、男二人で苦笑いを浮かべ、夜は過ぎていくのだった。




自分の理想の更新スピードと現実の更新スピードがあってなくてへこみます。

今年の更新はこれで以上です。

それでは皆様よいお年を!

そして、これからもこの小説を読んでいただけたら幸いです。

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