第三話 探究者とギルドのお話
リックの工房は、大きな炉とたくさんの工具が並べられていて、学院の工房となんら遜色ない。
しかし、よくよく見てみると、学院の工房よりも年季が入った工具や、見たことのない道具が所々にある。
そして、工房にある一番大きな机には、大量の羊皮紙と出来上がった武具を固定するための専用のチャック装置がみえた。
「で、見せる前におさらいだ」
「魔道具ってのは、魔力を通すことでその武器に込められた魔法を発動することだ。
ってのは、一般常識だが…
作り方は様々だ。
いくつかはお前も知ってると思うが、一番出回っているものとしては、
【魔法陣】型の魔道具だ。
使用方法は専用の魔法陣に魔力を通すことで魔法を発動する。
魔法陣は魔法使いが魔力を練り、発動するというイメージを魔法陣として特殊な【魔紙】に展開したものだ。
だから、展開した魔法使いによって、その形はある程度異なる。
その分、威力や性能は作った個人によってかなり差が出るものとなってしまったんだが…」
「だから、【共通魔法陣】があるんだろ?」
そこまで語ったリックに対し、俺は相槌を打つ意味で言葉を返す。
「ああ、その通りだ。
俺ら“探究者”と“魔法使いギルド”そして“職人ギルド”総出で作り上げた。
それが【共通魔法陣】だ。
こいつを道具に刻み込むことによって、魔道具を作れる。
一番簡単な方法だ。
しかし、単純なことしかできない。
たとえば、初級魔法の<ファイア>を出すことは簡単だが、ランタンのように常時、火を一定時間発動し続けるという高度なことはできない。
それを解決すべく作られたのが【回路】型だ。
使うものは俗にいう“魔石”を使用する。
こいつは魔力が結晶化したもので、主に“迷宮”の魔獣が落とすことが多いな」
そういってリックは透き通った結晶体を見せた。
「こいつを組み合わせて
魔力を供給し続ければ、大体の事はできる。
だが、こいつもメンテナンスの難しさ。
そして、【魔法陣】型に比べて値段の問題もあってな。
一般の人々にはあまり出回ってない。
他にもいくつかあるが、人が作れる魔道具で大きく分けられるのはこの2つだな…
で魔道具の種類をおさらいしたが、質問は?」
「よく、実現できたな…【共通魔法陣】
確か各ギルドは“探究者”とは敵対関係にあるんじゃなかったか?」
俺の質問にもリックは平然と答えた。
「いや、正確には目的の違いだ。
“探究者”はその名の通り物事を突き詰めるための組織だ。
だから、力関係はもちろん、才能があり結果を出せれば年や年齢、種族も関係なく上に登れる。
だがその分、自分が発見したこと、そして皆の利益につながることは、積極的に報告しなければならない。
これは“探究者”の基本概念だ。
自らが凝り固まり行き詰った時に、他者に頼ってでもその力を極める。
そして世界の真実を解き明かす。
それが“探究者”だ。
これは創始者である、賢者“フィルス・チャックマン”の提唱した考えだな。
対して、ギルドは正確には“探究者”ができた後に発足した組織だな。
その理念は、個人の著作の保護および、個人の利益の尊重だ。
当時は、賢者の考えのお陰で、発明しても利益が出ない。
他者にすぐ真似されてしまう。
そして、何より“才能”が高いものが恐ろしい。
という考えがあった。
自分が最初に見つけたモノでもタダで人に教えなくてはならないんだ。
そんな状態ではモノづくりは低迷する。
そして、賢者が見出し、世界に発表した“才能”が職人を苦しめたんだ。
最初は眉唾だった才能も、少し経てばその値が、本当がどうかがわかる。
昔は“才能XXXの鍛冶屋“と掲げた鍛冶屋なんかが、そこら中にあったんだとさ。
弊害も当然起きた。
技術がない者でも、才能が高ければ仕事の依頼が来るなんて馬鹿なことがあったし、逆に技術のある者が、才能が低いせいで仕事がないなんて状態があった。
まあ、ダートのお前さんにしてみれば、差別はなくなってないと思うがな…
考えてもみろ…ある鍛冶屋が弟子をとる。
だが、弟子の才能が師匠よりも高かったら?
師匠は、弟子を恐れて自分の秘術を隠匿する。
もしくは、その弟子に技術を教えない。
才能が見えるということはそれだけ、未来が…可能性が見えるってことだ。
師匠を追い抜き、優れたモノを作り出す弟子の姿が。
それは師匠の仕事を奪い取り、弟子が繁栄することを意味する。
そんな状況では何も生まれない。
だから、そんな人々を守るためにギルドが生まれたんだ。
個人が見つけたモノは、その個人に利益還元をするべきだ。
才能が低い者でも、一定水準の精度を維持すれば保護するべきとした。
そして、才能以上に必要なのは個人の技術であるとして、人々に解いて回ったんだ。
まあ、才能ってのは、いろんなところで生かされる。
今では多少ましにはなったとはいえ、そんな考えが昔はあったんだ。
だから、立場上、“探究者”と“ギルド”は正反対だ。
だが、利害が一致すれば、何の問題もなく協力する。
それが、今の両組織だ。
わかったか?」
「ずいぶんと長い説明ありがとう」
俺は皮肉で返したつもりだったが、以外にもリックはまじめに返してきた。
「アホ!
こういうことはしっかりと伝え広めんのも“探究者”と“ギルド”の仕事だ。
でないと、正確に人々に情報が伝わらない。
正確に伝わらない情報は何の価値もない。
逆に価値がマイナスになる。
これも、賢者の提唱した考え方の一つだ」
「へぇ~なんかすげーなその賢者…まさに聖者だ」
俺は予想外の正確な返しに驚く。
この世界は正直言って、情報の大切さに気付いてないと思っていた。
だが、はるか昔にそのことを説いていた人間がいたとは、これはかなりの予想外だ。
「まあな。
こんな感じで座学は終わりだ。
で、お前が作ったっていう武器を見せてみろよ?」
「ああ、こいつだ」
そういうと、俺は持ってきた武器を見せる。
それは剣にリボルバーをつけたようなものだ。
あの学院で魔道具を見つけた時から、考えていたことを。
「ここについてるのが、回転式の魔道具でこの筒状の穴一つ一つに【魔法陣】が仕込まれてる。
たとえばこの剣に今魔力を通せば、<ファイア>が放てる」
そして、俺は剣についている筒部分を回転させる。
「そして、いま魔力を通せば<フリーズ>が使える。
どうかな?
今までにない魔道具だと思うんだが…」
俺が見てきた魔道具は大体一つに一つ機能しか持たせられないものだった。
だから、戦闘には不向きであまり使われてこなかった。
だが、もしこのように複数の魔法を一つの魔道具で発動できるようになれば、魔道具はもっと使い勝手が良いものになる。
俺が道化に扮する露天商から、買った炎の指輪を見て考えたアイディアだ。
俺は期待に満ちた目で、リックを見た。
しかし、リックの口から出た言葉は意外なものだった。
「…駄目だ。
これは作れない。作っちゃいけない」
「っ!ど、どうして?
確かに好きなように魔法が放てるというのは魔法使いによく思われ…」
「違う!
お前はどうしてこの機構を知ってる?
これは最近レグリニア王国の国営工房が発表した新機構とまったく同じ考えなんだ」
その言葉に俺は、嫌な予感がした。
チャック装置…工作機械に加工対象を固定する工具。




