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第六話 痴漢出没注意のお話

朝、皆が起きるよりも少し早く起きるのが日課だ。

まだ夜が明かないうちに顔を洗い、練習用の剣を持って寮近くの森に出かける。

そしていつもの開けた場所にくると座禅を組み、目を閉じる。

これは俺がいつも心がけることだ。

そうすることで自分を整える訓練にもなるし、次に行う動作もスムーズになる。


幼い頃からの訓練に加え、練習用の剣を持って素振りに入る。

素振りが終わると、剣術の各技の練習に移る。

大体これがいつものメニューだ。


正直モンスターや人と闘いたいが一年生のダンジョン探索は禁止されているし、剣術など、元の世界の闘い方はこの世界では一般的でないようで知っている人が誰もいないのだ。


ちなみにこの世界、剣などを使った攻撃は大体がスキルで構成される。

模擬試合をみると、剣で2~3回で討ち合った後スキルを発動させるのが定番だ。

互いのスキルがぶつかり合い、攻めきった方が勝つ。

それがこの世界の剣術なのだ。

自分とはまったく違うスタイルであり、練習相手としては不足なのだ。

やはり、早く実践で剣を振りたい…

そう思いながら全てのメニューを終了し、汗でびっしょりになった体を洗い流すべく俺は寮に戻った。


――――――――――――


ルバーンさんと仲良くなってから数日、授業中はルバーンさんに教科書を見せてあげる日々が続いた。ルバーンさんが変に感謝してくるが適当にあしらうことにしている。

いじめの事を聞いてみると女子のほうは最近落ち着いてきたらしい。

ただ、言い寄る貴族の方は相変わらず続いているようだ。

なかなか地位の高い貴族であるため、やめさせるのは難しいらしい。

魔法の調子は相変わらすだ。

この前ようやく炎が木の枝からステッキ程度になってきた。進歩があるのでよしとしておきたい。


「ぅぅっ…えっ…」

今日もいつもの様に魔法の練習をして(ステッキがちょっと伸びた)帰宅する中、変な鳴き声が聞こえた。

気になるので声のする方へ言ってみる。

そこにはビリビリに破かれた服を必死で手でつなぎとめながら、声を押し殺して泣いてるルバーンさんが居た。


「こんばんは」

声をかけ辛いことはわかっているが、なんとか声をかける。

「あ…アルさん。えへへ、誘いを断ってたら襲われちゃった…」

ルバーンさんは気丈に笑ってみせると事の顛末を話してくれた。

どうやらレイプされかけたらしい。幸い武術には心得があるらしく彼女は返り討ちにしたとのこと。

しかし心は結構深いダメージを負ったみたいだ。

何で12歳の女の子を襲うんだよ…前世なら立派なロリコンだぞ…


「わかった、そんなカッコじゃあれだろ。ここから近いしちょっと俺の部屋よってけよ。服くらい貸してやるから」

とりあえずこの格好では風邪をひいてしまうし、とりあえず俺の部屋の方が色々と物もそろっている。なんとかなるだろう。

「うう…あ、ありがとう…ございます…」

落ち着いてきた事と再び襲われた時の事を思い出したのか、ルバーンさんはかすれた声でお礼を言った後俺の部屋に着くまで声を押し殺して泣いていた。


(アルスの部屋)

人目を気にしながらルバーンさんを俺の部屋に招いた。

「ほら何時まで突っ立ってるんだ?風呂は奥にあるから体洗ってこい。その間に服と飯を用意しとくから」

「…ハ、ハイ…ありがとう…」

「気にすんな」

さてと俺の服で着れそうなのは…

「あ、あの」

「ん?どした?」

「アルさんは、お、襲ったりしないですよね?」

「襲うか!さっさと入れ色ボケ娘!」

「は、はい!」

ダッタッタ…

まったく、なんで助けた娘を襲わにゃいかんのだ。

気を取り直して夕飯の準備に入る。

とりあえずパイ生地が余ってたはずだから、アルルのパイでいいか。

“火よ!ここに集え”<ファイア>

初級魔法を使い窯に火を入れる。

窯が温まるまでにパイの下ごしらえをしてしまおう。

アルルの実をイチョウ切りにして、フライパンに入れ煮詰める。

アルルの実は糖分が強いので適当な所で火からおろし、メイさん直伝の隠し味であるレントの実のしぼり汁を入れてよく混ぜる。

パイ生地の上に中身を広げパイ生地を網目状にかぶせていく。

後はこれを窯で焼いて完成だ。

「アルさーん上がりましたー」

浴室から声が聞こえる。

「よーし、そこにあるタオル使え、あと横にある服! それ着ろよ!」

「は、はい」

ドタドタ…

いつもより3倍増しで疲れるなこりゃ。


湯気を漂わせながら浴室からやってきたルバーンさん。風呂に入って落ち着いたのか心なしかスッキリとした表情をしている。

「ふいー気持ちよかったー」

訂正、スッキリしている。

「とりあえず、そこに座れよ。できたてのパイもあるし腹ごしらえといこうぜ」

「ハイ…何から何まですいません」

いくらスッキリした顔をしても、泣くってことは予想以上に体力を使う。

いつの間にか腹が減っているものなのだ。

しばらくお互い無言でパイを食べていたが、やがてルバーンさんが自分の事を話してくれた。


「わたしの家…。武門で名を馳せたっていっても、300年も前に繁栄を極めてあとはそれっきり、才能が高くなってきたのもここ100年近くで…私はようやく生まれた才能の高い子なんです。だから両親も喜んじゃって剣や魔法の稽古もきつかったけどそれ以上に両親が手塩にかけて育ててくれて。お父様なんか、大事にしてた剣を売ってまで私をこの学院に入れてくれたんですよ「お前なら主席も夢じゃない! 頑張るんだぞ!」って。でも私って入学早々からこんなことになって初日は話してた女の子たちも全員口をきいてくれなくなっちゃって…うっ…ねえアルさん私って何か悪いことしたんでしょうか?」


こらえきれない表情で俺に質問してくる彼女の顔に見覚えがあった。

いじめられた後、逃げ込んだトイレの洗面台に移った自分の顔に似ていた。

どこか張り詰めていて泣きそうなその顔を…

必死で込みあげそうになる何かを抑え、彼女をあやすように頭に手を載せて呟いていた。


「それは君のせいじゃない。君はなにも悪くないよ」

「なら…なんでこんなに苦しいのかな?私もっと楽しいものだと思ってました…みんなと一緒に授業受けて笑いあって、それが当たり前だと思ってたのに…どうしてあなたはそんなに平然としていられるの?どうして私に優しくしてくれるの?」

振り絞る彼女の声に俺はそっけなく答えた。


「気にするな。気にしたら負けだぞ、俺は気にしてない。俺が貴族で才能が低くてクラスで誰も話をしてくれなくても、他の平民の生徒から自分たちより低いダート貴族が居ると白い目で見られようが全然問題ない。俺はそれより今生きることを楽しんでいるんだ。そんなの雑音さ。ルバーンさんに接するのだって普通だぞ。教科書を貸したのは本当に、俺が全部知っている内容だからさ。それだけだよ」


「そうですか…でもうれしかったです。あの時間だけが私の救いでした。今でもこうしてパイを御馳走してもらって…私幸せです。」

泣いている彼女の頭をいつの間にかなでている自分が気恥ずかしくて適当に話を振ることにする。


「まあパイはひとりじゃ喰いきれないし毎回作っても2~3日しか持たないから…えっと…毎晩夕飯がパイになるから食べてくれるのなら万々歳だぞ、ほらもっと食え!」

ドモリすぎだろ俺落ちつけよ…


「はい!ありがたく頂きます!」

彼女はいつものルバーンさんに戻ったようで元気にパイを食べ始めた。

「逆にルバーンさんはどうして俺なんかの相手をしてくれるんだ?ダートの俺なんて、みんなみたいに無視してればいいじゃないか?」

と俺は常々気になっていたことを聞いてみる。


するとルバーンさんは恥ずかしそうに答えてくれた。

「わたしの両親が他の貴族からずっとそんな扱いだったから、小さいころから私は絶対そんなことはしないって決めてました。それに寂しかったし…いきなり話しかけられて最初は怖かったけど今は全然平気です」


なんだ、俺と大差ないじゃん。

それに話してみると最初は緊張してしゃべれない感じだったけど、慣れれば普通に会話できるみたいだし。今のしゃべりが誰に対してもできれば、こんな問題なんてすぐに解決しそうなものだけどな。

「今俺と話している時みたいな感じで誰とでも喋れれば、こんなことにもならなかったのにな」

取り合えず言っておく。

「あ、あう…だって初めて話す人って怖いじゃないですか。何考えてるかわからないし」


まあ、気持ちは分からなくはない、貴族社会にいたらだれでもそう思う。

特に小さい時から両親が他の貴族に冷たい態度を取られている所をずっと見ていたのなら、人が苦手になるのも無理はない。


「ルバーンさん、見ててアレだから言うけど、なんか行動的に動かないといつまでも奴らを付けあがらせるだけだと思うぞ」

とパイを頬張るルバーンさんに言ってみる。

「むぅいれふほう(無理ですよう)。んく。私口下手でただでさえ人見知りするのに今回のことで誰も私にはなしかけてくれないんですよ。」

そう言ってルバーンさんは肩を落とす。

まあ無理もないか。

登校初日に上流貴族に目をつけられている同級生をわざわざ助ける奴がいるとは思えないしな。

まあここは助けるついでに色々と協力してもらおう。


「なあ…俺がなんとかしてやろうか?」

「えっ!?ホントですか?でもどうするんですか?私口下手だから、いじめをやめるよう言っても全然相手は聞いてくれないし」

「まあまあ任せろって、その代わりと言ってはなんだが協力してほしい事があるんだけどいいか?」

「な、なんですか?あんまり無理なことは言わないでくださいよ」

さっきの喜びとは裏腹にいっきに心配そうな声を上げる。

そんなに無理難題じゃないけど簡単でもない話なんだ。


「やってほしいのは毎日俺の部屋に来て掃除と家事をしてほしいんだ。できるか?」

そうこれが現在の死活問題なのだ。

「え!?そんな簡単なことでいいんですか?任せてくださいよ!!私こう見えても家事は得意ですよ、フン!!」

なぜそこで鼻息を荒くするんだ…

簡単って結構大変だと思うんだけど、一応この理由を言ったほうがいいな。


「まあまあ、そんな慌てるなって、何でこの条件にしたかの理由を言ってやるから。

ちょっと話が長くなるけど、俺の実家は俺だけが才能が低くてね。

両親は俺を見せしめにこの学院に送ったんだ。

だから此処で何か問題が起きると俺は即退学なんだよ。

知識の方は自信あるんだが、実技がどうも心配でね。

だからより多く練習をしていたい。

それこそ、1分でも多くね。

そのために、俺の代わりに夕飯とか掃除とかやってくれる人が居ると俺はすごく助かるんだよ。

どうだ?この理由を聞いてもまだこの話に乗ってくれるか?それなら俺はお前を今の状況からなんとかしてやるぞ?」

プルプル…

なんだ?ルバーンさん震えてる…熱でもあるのか?


「うううっそんな理由があったなんて、いいです。大賛成です!私誠心誠意アルさんのお世話しますね!!」

ガシっ

なんか変な方向に行ってないこの人?

いやそんな手を握んなくても…

と心で冷静に突っ込んだことは内緒だ。

「ま、まあ、とりあえず、これからよろしくなルバーンさん。俺の事は適当にアルでもアルさんでも好きに読んでくれ」

「私もクーノって呼んでください。よろしくお願いしますねアルさん!!」

こうして、波乱の学園生活が始まった。


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