第二話 新たな日常のお話
「なーんだよ。なんも来ねえのか!
つまんねえな…
な?アルスよう!」
そりを引きながらリックはぶっきらぼうに話を振ってくる。
「俺は、いない方がありがたい。平和が一番だ」
リックはなぜか好戦的だ。
鍛冶屋のくせに腕っぷしも強い。
だから、色々助かっている部分もあるのだが…
いや、鍛冶屋だから強いのか?
そんなことを考えていると、大木の根元に寄り添うように建てられた小屋が見えてきた。
「おーい!聞いてるかアルス?
もうすぐ小屋だ!
ついたらさっさと肉を後処理しとけよ。
俺は先に工房に入ってるからな!」
「へいへい」
小屋につくとリックはそれだけ言って中に入っていった。
いつもそうだが、自分が狩った獲物はすべて自分で解体している。
リックの方針だ。
その方が、何が素材かを身をもって体感できるし、何より次に同じ獲物と遭遇した時に殺しやすい。
解体することによってその生物の急所がわかるし、どこを傷つけたら素材として駄目になるのかもわかる。
だから得るものも多いのだが…
大きめのそりにうずたかく積まれた猪の残骸を振り返った。
「やるしかないか…」
文句は言ってるだけ無駄だ。
俺は解体用のナイフを取り出し慎重に皮と骨を剥いでいく。
素材となる皮と骨を荷台に戻し、剥ぎとった肉は小屋の横にある専用の燻窯で燻製にするのだ。
「っと、一丁上がり!」
皮を剥いだブロック肉を、窯につけられた鉄の鉤爪に肉をつるす。
「さてと…こいつで、終わりっと…
そろそろか…」
皮を集めて天日干し用の台に乗せると、一つだけ残しておいた肉のブロックを小屋から離れた場所に置いた。
コソコソ…
「よ!」
木の陰からコソコソとこちらを観察する子供に俺は元気にあいさつをした。
「こんちは…今日もいいの?」
おずおずとあいさつする子供の背中には、小さな羽がついている。
「ああ、たくさんあるんだ。一つくらいもってっても問題ないさ」
そういって、頭をなでる。
俺が名前も知らないこいつと、ようやく話すようになったのはつい最近だ。
翼人族と呼ばれる亜人にこの子は分類されるが、それにしては翼が小さい。
成人した翼人族は大きな翼が背中から生えており、彼らの中で翼がいかに大きいか綺麗か、がステータスと聞く。
そう考えると目の前にいる子供はあまりよく思われていないのかもしれない。
翼の未熟は先天性の障害ではないかと思う。
もしかしたら俺の杞憂で、ただ成長過程が人間と違うかもしれない。
そんな勝手な考えを振り払った。
そしていつものように、ブロック肉を子供に渡す。
「あ、ありがと…」
「ああ、じゃあな…」
少ない会話を終わらせて、俺は道具を片付け始める。
あの子供がどうして肉のブロックをほしがるのか、肉をもらった先で何をしているのかは俺は知らない。
ただこの時間になるとあの子は何処からともなく現れて、ものほしそうに、じっとこちらを見つめるのだ。
それがあんまり続くから、あげただけなのだ。
猫と同じだ。
あの子供ではなく、犬が来たとしても俺は肉を分けただろう。
ひょっとしたら、あの子は心の中ではしめた!と思ってるかもしれないが、俺は俺で満足心を満たせてちょうどいい。
リックが言っていたが、俺は俺で、持ちつ持たれつの関係をあの子と結んでいる。
そんなことを考えながら道具を片付け終え、リックの小屋から少し離れたところにある自分の小屋に入ると途端にやかましい声が響いた。
「遅いぞアルス!」
そう目の前にいる少女は人間にはない爬虫類独特の鋭い目を向けて、俺をにらみつけた。
「ただいまクルル」
「ただいまではない!
なんだ!あの子供は、お前は我と契を交わした契約者なのだぞ!
もっと堂々とせんか!」
「やだよ。俺は俺だ。
威張るのは好きじゃない、むしろ嫌いなんだ。
必要に駆られればそうするけど、そんなただ威張っていたって意味ないだろ?」
腕を組み、いかにも不満たらたらなクルルに俺は即答する。
「むむむ…では、いつまでここにこうしておる!
もう二年にもなるではないか。
確かにここは、住みよい良い場所じゃ。
お前がここで力を蓄えているのもわかる。
しかし、以前お前がいた、レグリニア王国のすぐ近く、お前にとって鬼門と言ってもよい国のすぐ近くなど、発見されるのも時間の問題なのだぞ!」
クルルの心配そうな声に俺は、冷静に答えた。
「大丈夫だよ。
アーメルは俺が見つかるのを恐れて遠くに逃げたか、竜共に今だ匿われていると思ってる。
だから、探さない。
大体の見当がついていて、おいそれと手が届かない場所にいるんだ。
そんな奴にずっと構っているような馬鹿じゃないよ」
そこまで言って、俺はギルドカードをクルルに見せた。
「俺は、すでに冒険者ギルドに登録してある。
身元保証人はリックだ。
もし出ていくんだとしても、それ相応の下準備はすでにできてる。
だから、焦る必要ないんだ。
ただ…」
そこまで言いかけて、俺は思い出したようにつぶやいた。
「俺が死んだあと、あの部屋がどうなったのか…
俺が在学中にアイディアを溜め込んでいたノートがある。
この世界の文化レベルで、俺が使えそうなモノを書き記した奴だ。
アーメルの手に渡っていたとしたら厄介だな…」
その言葉に不機嫌そうにクルルは答えた。
「ふん!
そんなものとっくに捨てられておるのではないか?
お前は同居人とやらと一緒に生活していたのだろう?
そやつが話の分かるやつであれば気を利かせ、もうとっくにこの世にはないであろうよ。
それに我の見立てでは、人間は一目で価値がわかるモノしか飛びつかん奴が多い。
そんな奴らの中では文字通りただのノートで埋もれていくのがおちであろう」
その言葉に、俺は学院での生活を思い出した。
つらい記憶もあるが、前世に比べ、かなりはっちゃけた生活を送れたと思う。
アーメルは俺一人の責任として暗殺事件を処理するようなことを約束してくれた。
どこまで信じていいかわからないが、一応の効果はあるだろう…
ならば、火の粉は彼女たちには降りかからないはずだ。
まあ、俺がいなくてもあいつらならうまくやれているだろう。
クーノはともかく、アロワとフランソワはしっかりしている。
彼女も孤独な学院生活を送ることはもうないだろう。
「そうだな…
じゃあ、これから俺はリックに自分の作った魔道具見てもらうけど、クルルはどうするんだ?」
「うむ、我もメアリ殿と所用がある。
夕方までは忙しいな…」
「なら、夕方でいい。
ちょっと組手に付き合ってくれ」
「それくらいなら構わぬ」
クルルに約束を取り付け、俺はリックが待つ工房に向かった。




