第一話 新たな旅立ちのお話
ここから少し時間が飛びます。
森の中を一匹の猪が土煙を上げて駆け出した。
猪と言っても、その体は人より大きく、その特徴的な牙は左右に3本ずつ生えている。
その足は一直線に目の前に立つ青年に向かっていた。
男は、ゆっくりと腰にある刀に手をかける。
男と猪が接触する瞬間、猪をギリギリで避け、太くて頑丈なその足を、刀で一瞬のうちに切り付けその腱を断ち切る。
ドォン!!
腱を切られ、制御を失った猪は無残に転がり木に激突した。
だが、猪はまだ生きている。
自分の腱を断ち切った青年を憎々しげに見つめると、再び立ち上がろうとする。
しかし青年はそんな暇を与えず、一瞬で猪に詰め寄ると、小さく声をかけた。
「ごめんな…」
プギィィィィ!!
威嚇すように声を出した猪の脇腹に刀を突き立て、目的の部位である心臓を一気に貫いた。
手際の良い殺し方に見えたが、その動作をつぶさに観察する者からの罵声が飛んだ。
「やっぱおめえ、才能ねえな…
駄目だ!駄目だ!
なんで足を切るなんて手間増やしてんだよ!
正面切って、猪受け止めて一撃で心臓だけ丁寧に傷つけなきゃ、毛皮も肉も売れねえだろ!
次行くぞアルス!」
掛け声が青年…もといアルスに浴びせられ、アルスも負け時と食って掛かった。
「なんでだよ!
俺には、あんたらみたいに体を強化する〈骨格強化〉や〈鉄壁〉なんてスキルもってないからな。正面切っての追突勝負なんてやったらこっちが持たないんだよ!
それに、こいつで三匹目だぞ。
さっさと家に戻って血抜きしないと、こいつら腐っちまうぞ」
アルスが返す男の後ろには、大きなそりが引かれ、猪2匹の死骸が積まれている。
「いいんだよ!
ここいらの山には凶暴な魔物が多い。
帰り道をゆっくりいきゃあ、血の匂いに引かれて、いくらでも湧いてくるさ。
才能が1543しかねえ、俺でさえできたんだ!
おめぇもその糞努力で何とかして見せろい!」
「はいはい!
わーったよ!
ったくっ…」
そういいつつ、腰についた手拭いで刀からきれいに血を拭きとると丁寧に腰のさやに収めた。
「おうおう!
なかなかさまになってるじゃねぇか!
どうよ?俺の作った刀は?
初めて作ったが、鍛造ってえのはおもしれえ。
ちゃんとお前さんの指示通りの一品に仕上がってんだろ?」
その言葉に俺は猪の死体をそりの中に強引に押し込みながら答えた。
「ああ、まったくもってすげえよ。
さすがは、元(鍛冶の探究者)リック・トラスルだ」
そう返すと、男は途端にいやそうな顔をした。
「やめろってぇ。
俺はあそこの空気が嫌で抜けたんだ。
特に(知の探究者)…マルクス・マルフェオスにはうんざりしたんだからよ。
だから気をつけろ。
お前なんかすぐに奴のお気に入りになっちまうからな。
特にお前さんのその知識はよ。
奴の大好物だからなぁ」
そういうと、リックはぶるっと体を震わせた。
「あ~あ、ほれ!
変な奴のこと思い出したから鳥肌立っちまったじゃねえか!
残りをさっさと積み込め。
帰ったら、お前に魔道具の作り方のコツってやつを教えてやるからよ」
「ああ、ありがとう…」
とかみしめるようにアルスは感謝を述べた。
「気にすんな。
持ちつ持たれつだ」
そう、いい加減に返事をするリックにアルスは改めて感謝の意を告げる。
「いや、本当に感謝してるんだ。
2年前、行き倒れの俺たちを助けてくれて、そして俺に刀と魔物相手の戦い方を教えてくれて…本当に感謝している」
その言葉に、照れくさそうに頭をかきながらリックは答えた。
「だから、いいんだって。
本当なら、お前らなんて放っておくつもりだったんだからよ。
だが、あの嬢ちゃんが鱗くれるっていうから、お前が起きるまで面倒見ただけだ。
そんで、起きたお前は、医者としての知識でメアリの命を救ってくれたろ?
だから俺はその恩に報いているだけさ」
「ああ、まあそれならいいよ…
でもなぁー最近クルルの奴、最近様子が変なんだよ。
何かにつけてイライラしてるし、妙にスキンシップとるし…」
アルスの不満げな声にリックは盛大に笑い出した。
「ダハハハハ!
そりゃお前、決まってんだろ!
お前にイライラしてんのさ。
この朴念仁が!
まあそれだけじゃないとは思うが…
いつまでもこの山奥で引きこもってるわけには、行かないだろ?
たまに、町まで武器を下しに行ってもらってるが、自分がどういう風に世間に認識されているか、わからんでもあるめえに…」
「ああ、まあわかっていたけど…そんなもんだと思っていたよ」
俺は町の人々の対応を思い出して…確かに、学院での対応は真実だったなと改めて感じた。
俺は何度か町まで武器を下しに行くことがあった。
その時の人々の反応は大方よくない。
武器を下している武器屋はリックの顔が利いているが、それ以外の場所ではあからさまな視線や敵意を受けた。
「まあ…そりゃね。
もう少し、魔道具で小金稼いで、ちょっと経ったら行商人でも始めようかと思ってる。
のんびりぶらり旅も悪くないさ」
「ダハハ!!
そりゃいい。
なら、俺が一筆、推薦状でも書いてやるよ。
一応これでも、世界共通の巨大組織「探究者」の頂点の一角だったからよ。
俺の名前はそれなりに聞くぜぇ?」
「ああ、そんときゃよろしく頼む」
そのありがたい申し出に、照れ隠しも込めてぶっきらぼうに返事を返した。
「でも驚いたなぁ。
お前の事だからてっきり、冒険者にでもなるかと思ったんだが…
言っておくが、お前の我流剣術は、対魔獣戦ではともかく、対人戦じゃあなかなかだと思うぜ?
お前がダートってのを疑うくらいには強いってことは、覚えとけよ」
その言葉にうんざりしたように俺は答えた。
「いいんだよ。
クルルの奴にも言ったが、危なくなったら冒険者まがいの仕事もやるつもりだ。
だが、俺は基本平和が好きだからな。
戦わなくてもいい職業に就きたいんだよ」
「ふーん。
まあお前さんがいいなら俺は何にも言わねえけどさ。
俺から言わせてもらうと、そいつはなかなか難しいと思うぜ…」
そう、つぶやくリックの視線はじっとアルスの包帯まみれの腕に注がれていた。




