第五十四話 生き残る代償のお話
「ぅ…」
痛みと、地面からしみ伝わってくる冷気が、あの燃える馬車の中ではないと頭が冷静に告げていた。
目を開けると、そこは広い洞窟だった。
どことなく、見覚えのある雰囲気なのは、自分がさまよい続けた洞窟の一部だからと何となく考えた。
「あら?起きた?苦労したわよ~竜は気高く誇り高くあるものなの、あなたの一人の対価として、いささか不利な条件でも飲むよう穏健派や他の竜たちを抑えるのって結構大変だったわ」
以前、聞いたことがある声だった。
「…なぜ、助けた?助けても意味はないぞ…」
「あらあらご挨拶ね。お前には娘を助けてもらった借りがあるもの。
言ったでしょ…竜は誇り高いと。
あなたが死ねば命を救われた我が娘が、敵を討つため単身死にいく。
それは避けねばならないわ」
「…理由は分かった。助けてくれて…ありがとう…」
その言葉に、俺は納得するも体が冷え切っていうことを聞かなかった。
ただ、口だけを動かし、言葉を発する。
体が言うことを聞かない分精一杯、目だけ動かし声がする方を見た。
そこには、一人の女がいた。
その美しい容姿は美人という言葉では言い表せないくらいの女性だ。
だが、その身にまとう気配が人間離れしている。
その尋常ではない威圧感に、俺は嫌な予感がした。
「お、お前は…?」
「ああ、この姿?いいでしょう?
龍とは、長きにわたる時を経て竜が持つ強大な力を完全に制御し、その力を自らの為でなく、仲間のため種族のため、そして自らの認めた者のために使うことができる竜。
その力と貴さに、敬意を表し龍と呼ぶ。
この姿はその力のホンの一端よ」
「そうか…それは…すごいな…」
俺は、どのくらい寝ていたんだ?
早くここを出なくてはならない…
「そうでしょう?
それで、気分はどう?
お前が積み上げてきたものを全てを失った気分は?」
そのあからさまな挑発に、目だけでヴァルヴァデをにらみつけた。
体は疲弊しているが、腕からの出血は止まっていた。
血が止まっていればこっちのものだ。
俺はゆっくりと体に、力を込めて起き上がる。
しかし、疲弊した体は言うことを聞かず、自分を支える手がプルプルと震える。
片腕がない分バランスが悪いのだ。
その震えを無視して、俺はゆっくりゆっくりと時間をかけて起き上がった。
まるで、赤子のようだ…起き上がりながらそう思う。
ヴァルヴァデは何を思ったかじっと俺の様子を眺めていた。
だが、そんなことは気にしない。
ようやく上半身だけ起こして目の前の龍をにらみつけた。
「ご挨拶だな…
言っておくが、俺は何一つ失っていない!
むしろ、アーメルを利用して、不要なものをすべて捨てたんだ!
あの学園に居続ければ俺は、ぬるま湯に浸かって束の間の暖かさに自分を腐らせていただろう。
今頃アーメルは俺の言葉で正気に戻ったソフィリアを見てどんな顔をしてるか…
考えただけでも…
クックックッ!ゴホッ!ゴホッ!!」
無理に笑おうとして、咳き込んだ。
面目も糞も何もないが、無理やり笑顔を作る。
俺の強がりにヴァルヴァデはこらえきれないといった表情で笑い始めた。
「ふ、アハハハハハ!
いいわ!あなた!すごくいい!
特にその心!
何物にも屈しないその心!
もはや狂気を超えて眩しくすらあるその心!
ああっ!
なんて美しいのかしら!
人間の雌どもが心惹かれるのも無理ないわ!」
ヴァルヴァデの笑いに俺はただ黙るしかない。
悪龍の笑い声が洞窟に響き渡り俺を何重にも嘲弄しているかのようだ。
ひとしきり笑ったヴァルヴァデは俺を見下ろした。
「ねえ…私がどうして、“悪龍”と呼ばれているか知ってる?
私はね。
人が大好きなの、特に私たちと同じ在り様の者たち…人は正直者とか馬鹿とか言ってるけど…
そういった者たちが私は好きなの」
そういうと懐かしむように遠い目をした。
「だから惜しみなく力を貸してきた。
まだ若き竜だった私のところに一人の男が訪ねてきたの。
いいえ…そうね。
私を殺しにやってきたといった方が表現がいいわね。
彼は異世界から来た勇者だったわ。
その身に宿る強大な力を持って私を殺しに来たの。
恐ろしかったわ。
私の命がもうすぐ尽きるその時に、彼は何を思ったのか、私に襲ってきた理由を語り始めたの。
狙いは私の血、竜の血は万病に効くと聞いたと。
確かに成竜の血は病を癒す力がある。
彼が救いたかったのは、彼を召喚した国の王女だった。
一目ぼれだった、と照れくさく笑うのよ。
もちろん、私は喜んで手を貸した。
彼は真っ直ぐだったし、何より私は彼のその後が知りたかった。
真っ直ぐな意思を持った彼が、この先人間たちの世界でどんな輝きを見せるのか興味があったの。
…どこにでもある話よ。
でもダメだった。
私の血を手に入れた彼は、殺されたの…同じ人間に。
いとも容易く、だまし討ちにあってあっさりね。
殺した人間は、その国の貴族だったわ。
そして、勇者だった男の功績をすべて横取りして貴族は王になった。
それを知った私は怒り狂って暴れたわ。
それ以来、私の名は“悪龍”になった。
不本意だけど、自分でも気に入っているのよ」
そこまで言って、ヴァルヴァデはゆっくりと龍に姿を変えてゆく。
体は変化し皮膚は鱗に覆われ、その肩からは大きく雄大な翼が生えていく。
目の前の悪龍は問い続ける。
「ねえ?人が生きていくうえで最も必要なものはなんだと思う?
才能なんて所詮、可能性でしかないわ。
その時からずっと考えているの。
我が娘には、竜族らしく在れと真っ直ぐに育てた。
でも本当にそう育ててよかったのか、ずっと疑問なの。
我らの住処は時を追うごとに人間どもに削り取られ、数を減らされる。
それは、私だけが強くあっても意味がないこと。
我が娘もきっとその戦いの中に身を置くことになるわ。
そうなれば、ただ真っ直ぐあるだけの竜では、勇者の二の舞になってしまう。
そう思っていた時にお前が現れた。
力を持たず悪辣な人間の中にあってなお、輝き続けるお前が!
だから私はお前に賭けたいの。
力を与えた、弱くて強い心を持つ者がどうなるか…
私に見せてほしいの」
そういうとヴァルヴァデは自らの腕を掲げた。
「私と契約しなさい。
お前に私の腕をあげる。
私の力は強大よ。
いくら才能に恵まれた人間共といえども、契約したあなたに勝てる人間なんてそう居なくなるくらい、あなたは強くなれるわ」
そういうとヴァルヴァデの掲げた腕に、人間では不可能なほどの魔力が集まっていく。
もしも長い時を生きた龍と契約できれば、俺は確かに強くなれるのだろう。
契約とは、力ある存在と互いに力のやり取りを行うための儀式であり、才能にある程度左右されない数少ない力らしい。
だが、力ある存在が認めた小さい存在、そんなものが出てくるのは、もはやお伽話レベルでの話だ。
そして、一番重要なことは、俺が契約に関しての知識お伽話レベルでしか知らないことだ。
「ありがたい話だが、いらない。
俺よりもっと相応しい奴がいるさ。
俺は、俺だ。
それに話がうますぎる。
そんな便利なものに代償が必要ないはずないだろ!
言えよ。俺が手負いだからそんな玉虫色の提案に飛びつくとでも思ったか?」
そう強がると、ヴァルヴァデは嬉しそうにつぶやいた。
「フフフ…アハハハハハ…
駄目ね、私の昔話も持ってきたのにこの様とは…
でもね。
今の話と私の気持ちは本当よ。
あなたに知ってほしかったの。
そうそう、肝心の代償だったわね。
我が力を借りれば、あなたは私の知識、力、望むがままに引き出せる。
でもその分、あなたの体は我が腕に浸食され、やがては竜になる。
そして、…あなたは狙われるわ。
その腕を求めて来るあらゆる権力者や賢者、そしてあの忌々しい探究者があなたを追い詰める。
あなたはゴブリンを石で殴り殺したとき、外の世界に出てもやっていけると感じたかもしれないけどあんなの序の口なのよ。
世界は広いわ。
あなたが奇策で勝てたのはせいぜい箱入り竜までなの。
悪いことは言わない。
私の提案に乗りなさい」
俺は、目の前の龍を見た。
俺なんかでは及びもつかない力と知恵を兼ね備えた万能の生物、だがそんな彼女にも考えがあり悩みがある。
だからこそと俺は口を開いた。
「悪いな。
やっぱり駄目だ。
俺の答えは変わらない。
確かにマイナス面もあるが、俺にとっていい取引だと思う。
だが、俺ではお前の期待に応えられない。
心優しき勇者は殺され、頭の回る悪人は生き残る。
その中でどれだけ、自分の回りを守れるか…
それが人の世だ。
俺なんかでは輝くことはできない。
自分の身さえ守れぬ小物にその力は不向きだ」
そういうと俺はゆっくりと立ち上がろうと試みる。
長話のお陰で体はある程度動くようになった。
「駄目よ」
先ほどまで穏やかだった雰囲気は一変し悪龍が姿を現した。
「わかっていたことだけど、やはりあなたの意思は固いのね。
ならば私は、私の意思を強者として押し付けましょう」
その言葉と同時に振るわれた衝撃に俺は意識を失った。
悩みました。
悩みすぎて投稿が遅れてしまってすいません。
次こそは早めに投稿したいです。




